第7話 迷惑者?

「こんちゃーっす」


 そいつは今日も。何も変わらず友人の家に遊びに来るような感覚でやってくる。いつもはというか、もう気にしないようにはしていたんだが、今に限ってはそういうわけにもいかん。というかなんでこの前の紡希といい、今日のあいつといい。やたらと局地的にセンサー機敏な人がいるんですか。

 部屋に入ってきたそいつに対して、俺は首から上だけをそいつの方に向けて軽蔑の眼差しを送った。


「んだよその顔は。いまさら門前払いってか?」

「そもそも正式に認めた覚えはないからな」

「そのくせ入れてくれんじゃねぇかよお前は」

「もう諦めたんだよ。労力の無駄だと悟ったんでな」


 そんな奴の名は氷見山ひみやま恭輔きょうすけ。犀桜に入学してからできた友人で、さっき王生さんに説明したここに入り浸っている野郎というのがこいつだ。

 こんなちゃらんぽらんではあるが、まぁ悪い奴ではないことは理解している。俺の執筆がどうこうを気にすることはあっても作業の邪魔はしてこないし、活動のことを他の誰かにいたずらに言いふらすようなこともしちゃいない。そういうこともあるから、こいつがここに入り浸ってるのは黙認している節はある。

 しかし今日に限っては別だ。お取込み中だから、お引き取り願おうか。

 そう言おうとした直前で恭輔は王生さんの存在に気が付いてしまったようで、一度彼女の方を見てから、俺の方を見る。


「そんで……そこの可愛らしい子はいったい? まさか文哉! 俺の知らないうちに彼女作ってここでイチャコラしてたとでもいうのか貴様?!」

「飛躍しすぎだ馬鹿タレ。まだ知り合ったばっかでそんな関係じゃねぇっての」

「いやいや。お前がどうやったらこんな子とお近づきになれるっていうんだおい」

「俺のことを何だと思ってやがる」


 右手の人差し指でそこに直れとだけ促し、恭輔はその通りにする。大人しくなったのを確認してからことの次第を話していく。


「見学者。お前が思ってるような色恋沙汰とかいかがわしいこととかは、一切合切ないっての」

「ほぉーん……。こんな何もない場所にねぇ。なんて騙して連れ込んできたのよあんた」

「いい加減シメるぞお前」


 こうして顔を合わせてしまった以上、何もしないというわけにもいかなくなった。不本意ではあるが、王生さんにこいつのことを紹介せねばなるまいな。王生さんに恭輔のことを簡単に、そして雑に紹介してやる。

 それが終わったら、見学に来た経緯を話す。出会った時のことまで話すことになるからあまり話したくはないんだが、その辺のことも話さないと齟齬が発生しまくることにもなりかねないし、何よりこの部は……自力で探し出すのはほぼ不可能に近いレベルで難しいからなんだ。


「よろしくねー」

「氷見山さん、ですね。よろしくお願いします」


 俺からの説明が終わると、王生さんは恭輔に向かって深々と一礼した。


「まぁ名前だけ覚えておけば問題ないと思うよ」

「ひでぇ言い草だなおい。確かにここの部員じゃあないけどさぁ」

「それを認めてくれたようで何よりだ」


 わかってくれたのであればそろそろお暇してもらおうか。今日は忙しいんでな。

 しかしそう俺に言わせることなく、恭輔は王生さんにあれやこれやと質問してくる。あまり個人のプライバシーに関わるようなことは聞いてはいないみたいだが、彼女の方が勢いに負けて困りだしてるからやめんか。

 そんな恭輔を引っぺがしたところでようやく落ち着き、恭輔は空いてたパイプ椅子に腰かけた。俺も適当に腰かけたところで、恭輔が聞いてくる。


「まあ暴走気味になったことについては謝罪申し上げよう。そうはともかく、活動のことはちゃんと話したのか?」

「見学来た相手に嘘も誇張も詐欺紛いの説明もしちゃいねぇよ。てめぇが来るまでの間にその辺についてはとっくに話してある」

「だそうですが。そこんとこどうなんです?」


 恭輔は王生さんの方を見て聞く。いきなりのことで話振られると思わなくて驚いていたが、そこまで取り乱すことはなく恭輔の問いかけに答えた。


「この部のことについては、蔦町先輩からお伺いしています。今日までの活動へと至ったこともお話ししてくださって」

「おぉ……」

「熱心なんだなぁと思いました。それにこうして自分のやりたいことをのびのびとできるのがとても楽しそうだと思いまして」


 少し緊張しながらも王生さんは自分の言葉で思ったことを話してくれる。

 王生さんが話し終えたところで、恭輔が俺の右肩に手を置いた。


「お前。この子のこと大事にしてやれよ。こんないい子中々いねぇよ」

「お前は親か。というかお前の中でどこまで勝手に進めようとしてるんだよ」

「いやあれじゃん。出会いのそれからしてもう運命と言わずして何か? という感じだし? そっからいい感じに話し合って意気投合しちゃって? まだ数日とはいえ結構いい感じみたいで? ベタなアニメとかラノベとかなら、もうこんだけでとっくに友達以上の何か特別な関係になってしまうみたいな?」

「あのさぁ……」


 頭お花畑どころの問題じゃあねぇだろ。ショート寸前どころか到にオーバーヒートしてんじゃねぇかと思う。あいつなりに後押しはしてくれてはいるんだろうが、もうちょい言葉は選んでくれたまえよ、と。


「どうよ詩音ちゃん。良ければこの同好会に」

「なんで部外者のお前が勧誘してんだ」

「少なくとも入部をお断る理由なんてないだろう。むしろそんなことしたら罰当たんぞおい。天誅されることになるぞおい」

「宮司か怪しい宗教勧誘の輩かおまえは」


 俺自身もそうだが、王生さんの方まで困惑させてどうすんだおい。ただでさえ知り合ったばかりでおたがい知らんこともまだまだ多い状況なんだおい。頼むから変なイメージを植え付けんでくれ。


「私ここの雰囲気は、嫌いじゃないかもしれない……というよりも、なんだか落ち着くような感じがして」

「そうか? 部長の俺が言うのもあれだが、正直辛気臭い場所かもしれんのに」

「そんなことはない、です。もし蔦町先輩がよろしければ、入部してみようかな……なんて」


 なんて心配は杞憂なんてものじゃなく。王生さんのこの場に対する印象というのは好感触そのもの。まだ仮入学期間であるにもかかわらず、入部を前向きに考えてくれてるのがなんともまぁ。


「おいおいおいあいおい。二度と来ないかも知れねぇだろこんなチャンスよぉ。というか俺ですら今の状況疑いたくなる」

「あんだけぐいぐい来ておいて何をいまさら。というかいいのか王生さん。こんな即決で」


 正直言ってうれしありがたいをはるかに通り越して恐ろしく感じる。将来変な輩にでも騙されかねないかと我が子のように不安にさえなってくるほど。

 他の部の見学にはまだどこにも行っていないと言っていたし、何よりここに案内してからまだ十数分の説明くらいしかしていないというのに。


「もしかしたら部活、決まらなくて入らないかもなんて考えてたので」

「だそうですが。いかがなさいますボス?」

「誰がボスだ」


 とはいえ入部について否定する理由はない。本人にその意思がはっきりあるというのなら、受け入れてやるのが筋ってものだ。

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