第5話 進展は?
それから金曜と土日の休みを挟んだ月曜日。学校に行って授業を受けて、放課後は部室にこもってプロットを書き。休みの日は課題を片付けてからずっと執筆活動に勤しみ。そんな普段と何ら変わらない日々を送っていた。
あの後は王生さんからのメッセージは来ていないし、俺の方からも何か送っているわけでもなく。元々こういうやり取りをするような柄じゃないから。少し時間あるから雑談でも……なんてしないし、そもそも何を話すんだと。そう言い訳つけて、単に話を切り出す勇気がなかっただけなんだ。
当然ばったり会ったなんてこともない。金曜の放課後は図書室には行かずに部室に籠っていたし、土日は家から一歩も出てはいない。たまに気分転換で土曜の午前中だけ部室に行くなんてこともあるにはあるが。てかそもそも王生さんは一年だ。四月のこの時期はまだ部活に入ってはいないだろうし、土日に学校行くなんてことはないか。
電車通学って言ってたから、住んでる場所もそれなりに離れているだろう。道端で偶然ばったりなんてこともほぼないだろう。
でも何も進展がなかったわけではない。王生さんとの会話がいい刺激になったのか、まだプロット段階とはいえ結構面白いと思えるネタがいくつかまとまった。なるべく早いうちにまとめ上げて、文章という形にしていきたい。
あとは隙間を縫って、王生さんに薦めようかと思っている本もいくつかピックアップしておいた。そう思うと次に会うのがちょっと楽しみだ。
午前中の授業が終わりお昼休み。いつもはクラスの友人と食べるのだが、委員会の仕事があって無理だとのことで今日は俺一人だけだ。一人教室でというのはなんか寂しいもんだし、たまには部室で食べるのも悪くないか。せっかくなら何か飲み物でも欲しいと思い、一階の購買近くの自販機へ向かうことに。
いつもは弁当を持ち込むから購買や食堂に行くことはめったにないのだが、やはりお昼時は混むものだな。そう思いつつもその雑踏の中に立ち入ることはなく自販機に向かい、無糖の缶コーヒーを購入。にしても何でここの自販機にしかコーヒー置いてないんだよ。教室近くのやつにも置いてくれっての。
さて部室の方へと向かおうと振り返った時だった。
「あ」
「あ……先輩」
ちょうど目の前を通り過ぎていく小さな女子生徒が一名。俺が気付くよりも少し遅れて向こうも気づいたのか、彼女の方も足を止めて俺の方を見つめだす。
そしてお互いに同じような気の抜けた反応になってしまう。まさかこんなところでばったり会うことになるだなんて思わなかったのだから。まだそこまで親しいわけでもないし、次に何を話すとかどこで会うとかはっきりしてないうちなもんだから。余計にびっくりしてしまうわけで。でもこうして目が合ってしまって何も話さないのはいかんな。
「これからお昼?」
「購買でパン買おうと思いまして。先輩もですか」
「いや。飲み物欲しかったからそれで」
左手に持っている缶を王生さんに見せると、なるほどといった表情を浮かべていた。
会話が途切れてしまう。でもこのまま部室に向かってしまうのはなんだかもったいない気もして。そう考えていたら、王生さんの方から声を掛けてくれる。
「あの……もしよろしければ、なんですけども。お昼、ご一緒してもいいですか? せっかくなので、またお話ししたい、です」
「いいよ。今日は友人の都合がつかなくて一人だったから、どうしたもんかと悩んでいたところだし」
よもやこんな形で王生さんとまたこうして話ができる機会がこようとは。
いやしかし。しかしだ。元々俺はこの後、部室で昼食をとる予定だった。しかしそこに王生さんが現れ、一緒に昼食にしないかと提案してくれる。それはいいんだ。思わぬ棚から牡丹餅に俺としても願ったり叶ったりではあるし。
問題は昼食とる場所なんだ。さすがにまだそこまで親しくはないし、いきなりある種のプライベート空間ともいえる部室に招き入れるというのはいくら何でもがっつきすぎなんじゃなかろうか。他者の視線が介入しないというのは大きな利点ではあるが――、
「先輩?」
「あ、すまんなんでもないんだ。ただ場所どうしようかって考えててさ」
「そうですね。あ、先に購買行ってきてもいいですか? 今ちょうどすいてきたみたいなので」
「そっか。じゃあここで待ってるよ」
王生さんが戻ってくるまでに決めておこう。ひとまず部室に行くのはなしとして。あと落ち着け。俺の方が取り乱すというか冷静になれなくてどうすんだ。
屋上は、四月のこの時期だとまだ少々肌寒いだろう。それに今日は風もあったから落ち着いて食べるには不向きか。
あとすぐに思いつくのは……まぁそこか。食堂の中を覗き見てみる。ほとんど席は埋まっているようだが、ぽつりぽつりと空いている席はあるようだし、食べ終えて退席する生徒も少なからずいる。歩き回って他に場所を探すよかそこでいいだろうか。
というかやめよう。下手にややこしい考え方しようとするの。そうやって凝った原稿書こうとしてめちゃくちゃになって何回ボツやらかしたと思ってんだ。
王生さんが戻ってきたところで食堂の隅の方に空いていたスペースまで移動し、向き合う形で腰を下ろした。にしても目に入るのは。
「……多いな」
「やっぱり、そうですよね……」
「いやまぁ、俺がどうこう言うもんじゃないだろうから、気にしなくてと思う」
王生さんの前に置かれているのは赤色の水筒と、購買で買ってきたであろうパンが少なくとも六個はある。一個一個はそこまで大きくないにせよ、やはりその数を食べられるのはすごいというべきか。俺なら三つあれば十分腹いっぱいになると思う。
「普段はもうちょっと少ないんです。今日は午後に体育があるからそれで、それで……あと燃費あまりよくないもので」
「うんわかった。気にしてないから! 思う存分食べればいいと思う」
「そ、そうですか?」
「限度はあるだろうが、下手にやせ我慢とかするのは良くないと思うんだ。場合によっちゃストレスにもなるだろうし」
「あ、ありがとう、ございます」
結構恥ずかしそうにしながらも王生さんは顔の前で手を合わせると、一つ目の袋を開けてほおばっていく。
それにしてもなんだ。初めて間近で見た時もそうなんだが、頭頂部の横がぴょんとはねた髪型と低身長が相まって、小動物のようなかわいらしさがある。あの時は子犬っぽいと思ったが、今の彼女はハムスターのようだ。小さい口でもごもごと食べている姿なんかまさにそれだ。
というか弁当に手も付けずに眺めてばっかはどうなんだ。せっかくこうして一緒にいるわけだし、何より王生さんの方からお話ししたいと誘ってくれたんだ。先輩である俺の方が尻込みしててどうするんだ。
「そういや、この前のメッセージ見たよ」
「迷惑じゃ、なかったですか?」
「全然。むしろ会話のきっかけにもなるから嬉しかったよ。特に用がないときにただ話がしたいとかってなると、何話すもんか変に悩んじゃうし」
「なら、よかったです」
「でもそっから返せてないんだがな。すまん」
あの後、返答に悩んでたのもそうだが、じゃあ王生さんに何を勧めようかとあれこれ吟味してたら返せずじまいだったんだよな。
「前にファンタジー系とか恋愛もの好きって言ってたから、そういった類いのものがいいかな? それともまた別のジャンルとか」
「おススメしてくれるなら何でも、というのは困っちゃいますよね。それじゃあ――、」
食べながら、時折箸を止めては会話を楽しんでいた。四柳さんとは委員会での関係になってしまうから、本絡みとはいっても事務的な会話になってしまうことが多いから、違った面白さがある。
それから20分くらいかで食べ終えてしまう。あの大量にあったパンはすっかりなくなっていた。
ちょうど会話のネタがなくなってしまったのでどうしたもんかと悩んでいたが、近くを通りかかった女子生徒の口から、部活に関する話題が聞こえてきたので、それについて話すことにしようか。
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