親ガチャ

@hayate12sukoshi

第1話

 この世には当たりか外れのどちらかしかない。そして、紛れもなく自分は全てに外れてきた。

 周りからは浮かれた話声が聞こえてくる。自分が当たりの人間であることを誇示しているかの如くだ。

 テーブルの上のお皿にはナプキンがきれいに飾られている。佐藤友晴はネットで予習したことを思い出しながらナプキンを手に取り、恐る恐る膝の上にのせる。隣の席の勝村武も同じようにしているのを見て安堵する。

 本当はこんなところに来てはいけなかった。後悔すると分かっていたはずなのに。

「幸せをもらうってこういうことだよなあ」

 武が受付でもらった席次表を見ながら呟く。席次表には写真がプリントされている。平井陽と奥さんだ。どの写真も幸せそうにこちらに笑いかけている。

「お裾分けされてるよなあ」

 武の隣に座っている小岩聡も席次表を見ながら頷いている。

 聡も武も高そうなネイビーのスーツを着こなしている。武に至っては蝶ネクタイをしており、何故か似合っている。

 友晴は自分の黒の礼服を見る。スーツ量販店で購入した時はこんなもの、と思っていたが、周りからはスーツに着られているように見えているような気がしてくる。周りを見渡しても男はスーツを着こなしているし、女はドレスで綺麗に着飾っている。

「やっぱ結婚式に出席すると羨ましくなるなあ」

 聡が席次表をジャケットの内ポケットにしまって、背もたれにもたれかかる。

「そうだろ」と武が自分の結婚式でもないのに、得意気に言う。

 武は一年半ほど前に結婚した。友晴たちのグループの仲では最初だった。さっき見えたスマホの壁紙は赤ちゃんの写真になっていた。高校生の頃は当時の人気アイドルの写真にしていたのを思い出す。

「友晴は良い人いないの?」

 聡が無邪気な笑顔で聞いてくる。

「なかなか縁がないから……」

 友晴は一生懸命、自分も今の生活に満足しているという表情を作ってみせた。

 自分みたいな人を好きになるような人はこの世にいないように思えてくる。結婚式に来ると余計にそうだ。

 友晴と武と陽と聡は高校時代に同じバドミントン部のメンバーだった。同級生はこの4人だけだったので、必然的に4人でまとまって行動することが多かった。おかげで高校時代は傍から見たときに、独りになることだけは避けられた。

 武と聡が仲良さそうに話している。内容は聞こえてこない。一緒にいてくれるが、たまに自分はいない方がいいのではないか、という感情が押し寄せてくる。

『久しぶり、元気?』と三カ月くらい前、急に陽からLINEが来た。そして矢継ぎ早に、結婚したことと結婚式の出欠確認をしたい旨のメッセージが届いた。

その頃の友晴は仕事を辞めて、無職生活に少し慣れてきた頃だった。

 同級生だったはずなのにどんどん遠いところに行ってしまう。

 友晴は『おめでとう! 行かせてもらいます』と少し時間を空けて返事した。

 本当は行きたくなかった。でも、ここで行かずに変な噂をされるほうが辛い。

「聡は良い人いないのかよ」

 武の声を耳がとらえる。

「こんなところで言う話ではないけど、この前彼女と別れちゃってさあ」

 聡は声を潜めた。

「まあ、お前ならすぐに良い人見つかるよ」

 武はそう言って聡の肩を叩く。叩く手の薬指には指輪がつけられている。

 友晴は式場スタッフの様子を見る。せわしなく歩いたり、インカムで何か話しているが、まだ披露宴が始まる様子はない。

「友晴も彼女作らないとな」

 武が今度は友晴に照準を合わせる。友晴は曖昧に笑った。

「そういえば、友晴は今何しているんだっけ?」 

 聡も友晴のほうに体を向ける。

「今は転職活動中かな……」

 友晴は用意していた答えをそのまま言った。

「へえ。今は売り手市場だし、すぐ決まるよ。がんばれ」

 聡は優しい笑顔でそう言った。

「ありがとう」と口では言えたが感謝の表情ができているか分からない。

 武は大企業、聡は外資系企業で働いている。ここに来るまでに今はどんな仕事を任されているか2人で誇らしげに話していた。友晴は空気になるように徹していたおかげでそこでは話を振られずに済んだ。

 武も聡も、友晴を同じ人間のレベルだと思って話してくる。それが逆に見下されているようにしか思えなくなってくる。

 友晴は内ポケットから席次表を取り出して開く。披露宴には新郎友人、新婦友人がそれぞれ十人程度と、親族だけが出席のようだ。仕事関係の人は来ず、陽の夫婦にとって気が楽な人だけで構成されている。そのメンバーに入ったのは光栄なことのように思えたが、それは勘違いだ。武と聡を呼びたいから、友晴にもついでに声をかけただけとしか思えない。

 席次表には2人の出会いが書いてある。『新入社員研修のグループワークで同じ班になったこと』とあった。その文字の下にまだ初々しさが残るスーツ姿の陽と奥さんのツーショット写真が印刷されている。

 陽は大手企業でエンジニアをしていると風のうわさで聞いた。そこで出会った同期との結婚とは、まさに勝ち組だ。

 友晴はスマホを触りたくなるのをぐっと我慢した。

「うわー。ほんとお似合いだね」

 席の後ろから女性の声が聞こえた。

会場の後ろには陽と奥さんの写真がハート形になるようにたくさん飾られていた。それぞれの出会う前の写真が端にあり、真ん中になるにつれ二人の写真になっていく。

「披露宴までまだ時間ありそうだし、写真、見に行かね?」

 武がそう言って膝に置いたナプキンを置いて立ち上がる。聡も立ち上がるので友晴もそれに倣う。

 写真を見ていた女性二人組が和やかで楽しそうな表情で席に戻っていく。心から二人のことをお似合いと思っていたのだろう。

「懐かしいなあ」

 聡が写真に顔を近づける。その写真には県大会で三位になって表彰状をもっている陽を囲んでいる友晴たちの写真だ。

「陽は本当にバドミントン上手かったからな」

 聡がしみじみ言う。

「大学でも体育会で続けていたんだから、すごいよな。しかもそれなりに強い大学だぜ?」

 武は陽が大学の名前が書かれたユニフォームを着た姿でバドミントンをしている写真を見ながら言う。

「しかも国立の大学の理系なんだよなあ。俺たち文系学部とは違って忙しいだろうからな」

「おい、俺も忙しかったぜ」

「お前は麻雀で忙しかっただけだろ」

 武と聡の二人だけが昔に戻ったみたいだ。その空気に入れる気がしない。高校の時からそうだった。陽と聡と武が楽しそうにしていても表面的に笑うことしかできなかった。傍から見て自分が浮いていないかだけを気にしていた。

 ハート型の真ん中の写真になるにつれて、陽が少し歳をとっていく。それに比例して自信に満ちた、自分は間違った選択をしてこなかったんだ、というような顔つきになっている。

 陽は所謂、文武両道だった。勉強も部活も友達付き合いも何でもできた。高校自体のレベルは高いわけではなかったが、ずっと上位にいたから、高学歴の仲間入りを果たした。部活でも1年生の頃から結果を残していた。当時の通っていた高校では史上最高戦績だった。学校に大きく垂れ幕が飾られたのを他人事のように見ていたのを思い出す。

「奥さんも美人だよなあ」

 武が、陽の奥さんの学生時代と思われる写真を見ている。大学の準ミスに選ばれたことがあるらしく、その時の写真があった。たしかにテレビに出ていても不思議ではない、劣等感を刺激してくる美人だ。

「お前、子どももいるのにそんなこと言っていいのかよ」

 聡が武を小突く。

「それとこれとは別。素直な感想だよ」

「でも、言いたいことは分かるぞ。ウエディングドレスもすごかったもんな」

 友晴の目の高さに奥さんと陽が有名テーマパーク内の城の前で仲良さそうに頭をくっつけて撮った写真があった。頭には人気キャラクターの耳をつけている。誰が見てもかわいいと言うだろう写真だ。何もかもに恵まれて、自分たちは正の人間だと言わんばかりだ。

「しかも、性格も良いらしいぞ。皆に優しくて好かれるタイプらしい」

 知らない間に武は陽と話をしていたらしい。友晴は陽とは結婚式に関する連絡以外はしていない。学生の頃は仲が悪いわけではなかったが、一対一で遊びに行くような仲でもなかったから仕方ないと思うことにしている。

 友晴は座席のほうを見る。陽の親戚か陽の奥さんの親戚か分からないが、まだ歩けるようになったばかりであろう男の子がよたよたウロウロしている。それを見ている周りの大人たちは優しい目をしている。

 陽みたいなスペックの高い夫婦の親戚だから、この子も将来は約束されたも同然だろう。まさに『親ガチャ』に成功している子だ。友晴はまだ小さい子に妬ましさを覚えることに情けなさを感じる余裕はなかった。

 ふと横を見ると、「なあ」と言って武が友晴に手招きをする。何か話を共有したいときに武がよくやっていた。少し離れた所にいる友晴を仲間外れにしないための配慮なのかもしれないが、居た堪れなくなってくる。

 友晴が武に近づくと「あんま大きな声で言えないけどさ、この二人の子どもって相当なイケメンか美女だよな」と囁いた。

「そうかもな。てか、何で声潜めてるの?」と聡が笑う。

 武は少し周りを気にしてから「今話題の親ガチャ成功ってやつだろうな」とニヤニヤしつつも細心の注意を払うように言った。

 身震いがした。さっき脳に浮かんだワードを見透かされた気分だ。

 友晴は恐る恐る聡の表情を窺うと、聡は怪訝な目をしていた。

「なんだよ、親ガチャって?」

 聡は知らないらしい。

「この前観たテレビで話題になっていた言葉だよ。Xでもバズってた。親次第で子どもの人生が左右されることを揶揄してんだよ」

「なるほどね。産まれもった容姿や才能とか、家庭環境とかは親による影響が大きくて、それを子どもは選べないってことを今風に表しているってことか」

 聡も昔から頭が良い。武の説明で全てを理解したようだ。

「俺も聞いたことある」

 友晴はなるべく感情を出さないように慎重に声に出した。

「でもこんなところで言うことではないな」

 聡はぴしゃりと言う。

「それはそうだけど、ふと頭によぎってさ。この言葉を好んで使っている人はそう言いたくもなるだろうなって思っちゃったんだよ。勉強もスポーツもできる父親と美人で頭が良い母親の子どもで、その上、陽も奥さんも同じ大手企業勤めだから、お金で苦労することもない」

 そう言いながら、武と聡が席に戻ろうとするので、友晴も後を追う。

 友晴の頭には『親ガチャ』というワードが渦巻いている。この単語が出てくると思わなかった。友晴はスラックスの右前に入ったスマホを触る。

「親ガチャってすごい言葉だな……」

 聡は淡々と言った。

 友晴も何か反応しないといけないと思ったが、何も出てこない。この二人がこの言葉に良い感情を持っていると思えなかった。

 皆が席に座っている。披露宴のスタッフも心なしか慌ただしくなってきた気がする。

「なんていうか……、都合のいい言葉って感じ」

 聡の顔に笑みはない。

「親ガチャってただの言い訳だもんな。努力をしなくていい言い訳に使っているだけだよ。陽とかすげえ努力していたから、そんな言葉を当てはめるのはどうかと思う」

 武は真面目な顔をして話す。

「お前さっきは陽の子どもを親ガチャ成功だって言ったじゃねえか」

 聡が容赦なく突っ込む。

「冗談に決まってるだろ。親ガチャって努力を否定する言葉だから、好きにはなれねえよ」

 武は真面目な顔を崩さない。

「そういえば、今の話で思い出した噂があるんだ……」

聡も周りを気にして声を潜める。

「あくまで都市伝説みたいな話なんだけどな、親が子どもの才能が気に入らなかったら変えられるらしいぞ」

「親ガチャと逆ってことか」

 武が少し聡のほうに身を乗り出す。

「そういうことだな。くだらない都市伝説なんだけど、なんとなく思い出しちゃったな。親ガチャって言葉を聞いてさ」

「皆、そんなに才能を気にして生きているんだなあ」

 武がしみじみ言う。

「まあ、楽だからね。努力をしなくていい言い訳ができる」

 楽しているのはお前たちだろ、とつい口から出てしまいそうになるのを友晴はぐっとこらえた。

 武は大企業に入って、若いうちに結婚をしている。聡に関しては結婚こそしていなくても、外資系企業で楽しそうに働いている。才能があったからこそ、今が充実しているのではないのか。

「てか、結婚式で話す内容じゃないよな?」

 急におどけたように武が言う。

「お前が始めた話題だろ」

 聡もふっと表情が和らいだ。

 武も聡も今まで話していたことがなかったかのように、結婚披露宴に馴染んだ表情をしている。

 友晴は納得できないでいた。才能があり、親にも恵まれたやつらが才能を軽視して努力してきた、というのは傲慢すぎる。武も聡もここにいる皆も才能にも環境にも恵まれただけの奴らのくせに。

 披露宴会場の照明が消えた。司会が披露宴の始まりの挨拶をしたと思ったら、スクリーンにムービーが流れだした。司会によると陽がこの日のために作った披露宴のオープニングムービーらしい。

「こんなこともできるってやっぱすげえな」

 武が呟くのに聡も頷いた。

 仲良くしているかと思ったら、少しのすれ違いで喧嘩もする。でも、すぐに仲直りする。夫婦の仲良さやこれから人生を共に生きていく覚悟みたいなものをおしゃれに演出された動画だ。

 奥さんが美人なことを陽が一番分かっているのだろう。奥さんが映えるようにしている。

 そのムービーの終了と同時に陽と奥さんが入場してきた。

 二人の姿がまぶしすぎて、友晴には何も見えなかった。

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