第49話 騎士見習いドッグラン
「早くしないと日が暮れちゃうよ、新人冒険者の領主殿っ!」
「ま、待ってくれたまえ!」
お散歩に昂奮した大型犬に振り回される飼い主は、このような気分なのだろうか。
「いくつか紹介しなきゃなんだから、急いでー!」
今現在、シュニーは大はしゃぎのマルシナに手を掴まれて大通りを引きずられている。
「どうしてこうなったんだ……」
半分死んだ目でのぼやきとは裏腹に、今に至る経緯はシュニーの中で明確だ。
観劇が終わったまではいい。
皆と感想や考察を語り合うのは大変に有意義な時間だった。
事態が急変したのは、マルシナに「休憩時間に言っていた“冒険に行ってみないか”とはどういう意味だい?」と尋ねてから。
「まだはっきりと答えていなかっただろう……!」
マルシナの返答は、輝きに満ちた目でシュニーを見つめながら手を握ることだった。
思ったより小さな手が柔らかくて暖かい、などと感じられたのは一瞬だけ。
直後、体が宙に浮きあがったと勘違いするほどの勢いで体を引きずられた。
さすがに今すぐ行けるわけじゃないけど、準備が大事だからね! 領主殿に色々紹介しないと!
そう早口に語るマルシナを止める暇などなかったため、シュニーは視線で助けを求めた。
結果、ラズワルドとステラに薄笑いで見送られた。
止めなくてもいいけどせめて同行してほしかった、というのがシュニーの叶わぬ希望だった。
「でも領主殿、冒険行きたいんじゃないの?」
「それは……」
そろそろこの暴走騎士見習いを叱った方がいいのではないか。
説教の内容を考えていた矢先にもうひとつの内心を見透かされ、シュニーは言葉に詰まる。
冒険。
心躍る響きなのは否定しようがない。
仮に否定したところで、信じてもらえないだろう。
英雄と呼ばれる者たちの生き様を描いた演劇に息を呑み、クライマックスで思わず立ち上がった姿はしっかり見られている。
そんな多感な少年が今更大人ぶったところで手遅れだ。
「興味がある! って顔してた気がするけど!」
「そう、だが……」
だが、という逆接には『自分は現実を知っているんです』という背伸びが込められていた。
冒険者の旅が過酷なものであるのはシュニーだって承知している。
多くの者が道半ばで命を落とす。酒を酌み交わし夢を語らった友を失う。
魔法で治療できない程の深手を負い、若くして道を閉ざされる者もいる。
資金繰りで首が回らなくなり、冒険に出ることなく破滅する場合もある。
しょせんは実感を伴わない創作物からの情報だが、夢破れた冒険者の真に迫った描写は過酷な実情をシュニーに教えてくれた。
「大変だけど、楽しいよ?」
「う……」
知った上で、シュニーは“楽しそう”と思ってしまった。
己の生家である公爵家のように必要なものを必要なだけ買い揃えられるわけでなく、限られた費用でやりくりするのはきっと大変だ。でもたぶん、面白い悩みだ。
仲間とたき火を囲んで話すのは、狭いテントの中で休むのは、どんな気分だろう。
戦いは心休まる暇なんてなくて、だからこそ日々の苦悩を忘れられるかもしれない。
税として民から徴収したものではない、自分たちの手で掴み取ったわずかな報酬には、如何ほどの価値を感じられるだろう。信じられる人たちと窮地を切り抜けた果てに見る風景は、どれだけ美しいだろう。
「僕だけじゃなくて、他の子ともいっしょに行こうよ!」
ああ、そうだ。それはとても……充実していて、楽しいに違いない。
その感想が真っ先に出た己の思考を、シュニーは心底意外に思う。
冒険に憧れていたことそのものは昔からだ。
自信に満ち溢れ尊大な自己評価を持っていたかつての自分なら、何も考えず冒険に行く! と気勢をあげていたに違いない。
でも己の臆病さと責任を多少なりとも自覚できた今なら、違う判断を下すのではないかと考えていた。
実際は、全くそんなことなどなかった。
シュニーの冒険に出るという行為に対しての感想は、いつだって肯定的なものが先立つ。
「……」
ひとしきり今の自分と冒険について考えた末、シュニーは返事をしなかった。
代わりに、抵抗を止めてマルシナに引っ張られるがまま町を行く。
領主を人形かなにかと勘違いしているのかという程物理的に振り回してくる騎士へのお説教は、ひとまず心の内に留めておいた。
──────
「それじゃあ最後に……冒険者になるために必要な儀式を紹介するね!」
「そんな仰々しいものなのかい?」
武器、防具、消耗品。
冒険者が世話になるという店をひとしきり紹介して回った後、マルシナは唐突にシュニーへと振り返った。
「先輩冒険者が新しい子のことをちゃんと大切にするよ! ってやつだから! すっごく大事だよ!」
「なるほど、一理あるね」
マルシナの説明に、シュニーは一応の納得を得る。
なんだかんだ言っても、冒険者は縦社会だという。
先達や新入りとの関係は重要なのだ、そのような儀礼があってもおかしくはないだろう。
「じゃあまず、僕の剣を持ってね」
「おっと……!?」
シュニーの納得に満足げなマルシナが、腰に差していた得物を手渡してくる。
ずしりと体に響く重量で、シュニーの体が傾いた。
ただこれでもマシな方ではあった。
今のマルシナは鎧姿ではなく布を巻きつけたような平服で、だからか剣もフィンブルの城でラズワルドと交戦した時の大剣ではない。
もしそちらを渡されていたなら、シュニーには持ち上げることすらできなかったかもしれない。
「次に、こう」
おっかなびっくりで剣を持つシュニーの前で、マルシナが片膝を地に付けてかしずく。
マルシナの本職である騎士(見習い)らしい、堂に入った所作だ。
「ん……?」
……なのだが、しっかりしているからこそシュニーは微かな違和感を覚える。
「それでね、剣を僕の肩に置いて……そうそう、平らなところで叩くみたいにね」
「こうかね?」
言われた通りにシュニーは剣を持ち上げて、マルシナの左肩に添える。
やはり、何かがおかしい気がした。
まるで自分が主君でマルシナが配下のようだ。
冒険者の先輩後輩とは、先輩が新入りに命を預けるような契りを結ぶような関係なのだろうか?
ちらりとマルシナの顔を見れば、なんだかだらしなく頬が緩んでいる気がする。
まるで何かを期待しているような、自分の思い通りに物事がすすんでしめしめ、というような厳粛さには遠い表情だ。
「うんうん、上手! それからこう言うの。『大いなる主に育まれたこの地に~」
「一旦止まりたまえ」
「だめだめ、一気にやっちゃうのが大事なんだから! ささ、続きを」
そこでシュニーは手を止めた。
少しでも剣を振れば、首を刎ねてしまえるような立ち位置に尻込みしたから……だけではない。
「……これ、叙勲式でやる手順じゃないかい?」
両者の位置関係とその大仰な文句を、記憶から掘り起こしたのだ。
これはもしかして、新たな騎士に位を与える際の儀礼ではないか。
「エェー? ソウナノー? ボク、アンマリクワシクナイカラワカンナイヤー」
「相変わらずごまかす気があるのかね……?」
気まずそうに逸らされた目と、急なカタコトが答えだった。
主君がそうと知らない形での叙勲は、認められるのだろうか。
冒険者に必要なのはしたたかさというが、騎士としてはダメなんじゃないか。
というか嘘がヘタすぎてしたたかとはとても言えないのではないか。
「……とりあえず、これは無しでいいかい?」
「リョーシュドノガソウイウナラショウガナイナー」
シュニーは指摘しようとしたが、可愛そうなくらい冷や汗を流していたのでやめておいた。
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