第29話 翳り
「……ふふ」
ニル婆から話を聞いた後、すっかり日が暮れてしまった帰り道をシュニーは独りで歩いていた。
街の中とはいえ少々不用心なのかもしれない。
けれど同時に、緩んでいる頬を誰かに見られるのは情けなかったので丁度良かった。
ニル婆と最初に会った時と変わらない、既に誰も住んでいない家々。
数件だけは人の気配が感じられるが、そのような家にも灯りはなく、生活の場というよりは雪と夜を凌ぐためだけの場所として扱われていた。
治安維持の不足に、諸経済活動の鈍化による生活水準の低下。
相も変わらず静寂に包まれている寂れた街外れは、領主としての不出来の証に等しい。
だがシュニーの表情には、最初にここを通った時の失意は欠片もない。
「きっと今に、一面の灯りが輝くようになるとも」
自信満々に、シュニーは少し前まで目を背けたがっていた周囲の現実を堂々と見回す。
今すぐに、とはとても言えないだろう。
今現在シュニーが最優先で取り組んでいるのは、領地の分断問題だ。
これが奇麗に解決したところで民の生活が直接に改善するわけではないだろう。
だが、少なくともある程度の活気が戻る。
民たちの気力が、多少なりとも回復する。
それらはきっと、長期的な視点で見れば何よりも大事な要素に違いない。
自分は領地を再び一つにする事ができるし、そうなれば皆が喜ぶ。
シュニーが領民から集めた情報で判明したいくつかの事実は、自分勝手にやってやると決めてなお不安で揺らいでいた自信を固めてくれた。
「余った時間はまあ……ボクの個人的な興味に使わせてもらおうか」
現在、シュニーが帰ってから五日目の夜。
再びフィンブルの町に赴くまでの十日という期限の内、半分の時間で計画の土台となる情報は既に集まっていた。
本当なら今すぐにでも向こうの町に乗り込んで成果を披露してやりたかったが、焦るのもよくない。
ちょうどごく個人的な目的の為に調べたいものがあったため、残った時間はそちらに回すかと予定を立て始めるシュニー。
現状では全て順調に進んでいて、今自分は領主として領地を俯瞰して考えられているのではないか、という全能感があった。
「……こんなトコにいやがったかよ」
「む?」
そんなシュニーに水を差すように、低い声がかけられる。
「おや、ラズワルドにラルバじゃないか」
背後からの気配と声にシュニーが振り向けば、そこには少年がふたり立っていた。
シュニーも知るフィンブルの暴力担当とそのお付きである。
「こんな微妙な時間にどうしたんだい? まさか買い物をしにきたわけじゃないだろう?」
夕焼けの逆光で目がちかついてしまったものの、シュニーは明るくふたりに尋ねた。
気安い、知り合いと道端で出くわして軽く雑談をするような調子だ。
出会いこそ誘拐犯と被害者という最悪の関係だった領民たち。
そんな相手に反射的に出たのがこんな和やかな態度だったのは自分でも意外で、けれど不愉快ではなかった。
「テメェを連れに来たんだよ。黙って付いてこい」
「……なんだって?」
そんなシュニーに答えたのは、重く低い声だった。
話の内容から態度まで、まるで最初に連れ去りに来た時のような。
「一体どうしたんだね? 十日後、という話だったじゃないか」
シュニーはラズワルドの態度ではなく、発言内容に意識を取られた。
唐突な話に、怒りや不満というよりも困惑が先立つ。
「予定が変わった。会談は明日だ」
「それは……ずいぶんと急じゃないか。まったく無礼な客だね、こちらにも準備があるのに」
事情を語られても、シュニーの感情は変わらない。
「ちげぇ。こっちから早めるように提案した」
「ふむ、そうかね。あまりお行儀がいいとは言えないが、向こうが納得しているならいいんじゃないかな」
変わらないし、そう重くも考えなかった。
予定が崩れたのは仕方ない。
物事が上手く行かないのは領主になってから慣れっこだ。
それに、上手く行かないにしても余裕があった。
シュニー自身が定めた必要最低限は、既に完遂している状況だ。
「ま、急ぎボクが必要だというなら仕方あるまい。セバスには明日の早朝にでもちゃんと使いを出してくれたまえよ」
鷹揚に頷き、シュニーはふたりへと歩み寄る。
別に予定を早められたとしても、致命的な話は何もない。
むしろ、外部との会談が早く済めばステラ達に成果を発表するというシュニーの本題も必然的に早まる。
領地の問題解決は早く進めた方がいいに決まってるし、これはこれで悪くないというのがシュニーの認識である。
「……」
「こんな無理が利くのも今の内だぞ? これからは執務も増えてどんどん多忙になっていくだろうからね! 時勢の良さとボクの温情に感謝したまえよ!」
無言で身を翻し街の外へと先導するラズワルドの後を、シュニーは口数多めで追う。
想定外なだけで、状況は悪くない。むしろ見方によっては幸運とまで考えられるのかもしれない。
二度目のフィンブルの町に向かうシュニーの足取りは、雪に足を取られてなお軽い。
思わずステップを踏んでしまいそうなくらいだ。
「おう、ありがとなシュニー……」
「……?」
ただ……もう必要もないだろうに、監視役のようにシュニーと隣り合って歩くラルバの声が随分と沈んでいるのが、少々気になった。
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