26本目×ライブとダイブ
18時00分。
いよいよライブ開始の時間だ。
ステージ袖からお客さんの状況を見る。
150人…、かなり多いな…。
これだけ多いと、本田さんがどこにいるのか分からない。
それに、やっぱりお客さんは若者ばかりだ…。
物凄くアウェイ感があるが、そんなことはもう関係ない!
俺たちの音楽で、ここをホームに変えてやる!
「よし!ブラタイの復活ライブだ!楽しもーぜ!」
松井を先頭にステージに上がる。
ステージの立ち位置を示したバミリの上に立つ。
松井や佐藤兄弟が楽器のセッティングをしている間、俺もマイクスタンドの高さを調整しつつ客席を眺める。
朝からずっと緊張していたが、ステージに上がった今は落ち着いている。
何だか、とても静かだ。
そういえば、昔もライブの時は、こんな感じだった。
松井と佐藤兄弟を確認する。
皆、準備が整ったようだ。
「はじめまして!ザ・ブラックタイガーです!」
ライブはボーカルである俺の挨拶からスタートする。
「えっ?ちょっと待って!めっちゃおじさんじゃない?」
客席の一番前の真ん中にいる、ギャル2人の残酷な会話が聞こえた。
あぁ、そうだね。俺たちは、おじさんだ。
今日は、おじさんのカッコよさを教えてやるよ!
そのために、とっておきを用意してきた。
俺が学生の頃に憧れたミクスチャーロックバンドのボーカルが、いつもライブでやる煽りを一発ぶちかましてやろう!
これは絶対に盛り上がるぞ!
「ミクスチャーローーック!元気かーー!!」
“シーーーーン”
あれ?あれれ?
こんなに沢山の人がいるのに、誰も反応しない。
な、何か…、思っていたのと違う…。
“ゴォー”
おや?おやおや?
こんなに沢山の人がいるのに、空調の音が聞こえる。
もしかして、皆、知らないのか?
これが”ジェネレーションギャップ”ってやつか…。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
見かねたドラムの先攻さんが、カウントを出して演奏を開始する。
ドラムの位置からは、ステージ上も客席もよく見える。
良い判断だ!
1曲目は激しく疾走感のある”Eearly rising”を演奏する。
この曲で変になった空気を一変させてやる!
[Wake up before the sunrise
朝日より早く起きる
Wait for the sun to rise
朝日が昇るのを待つ
Today is my victory too
I'm looking down at the sunrise
この時のために準備してきた
誘惑に負けずに準備してきたんだ]
「えっ?ちょっと待って!めっちゃ良くない?」
さっきのギャル2人がリズムに乗っている。
その隣も、後ろも、客席全体が動き始めた。
いける!いけるぞ!
[早起き 今日も早起き
そのために早く寝た
早起き 今日も早起き
さあ始まりの時だ
明日もEearly rising]
1曲目の演奏が終わった。
最初の変な空気から一転、めちゃくちゃ盛り上がった。
完全にライブハウスの空気を掴んだ!
「1曲目、Eearly risingでした!」
「ウォー!いいぞー!!」
客席全体から拍手が起こり、歓声が上がる。
今日は2曲を演奏する予定で、次は”Summer fireworks”という曲だ。
”Summer fireworks”は、激しく切ないロックラブソングで、もとは”Summer sea”という曲だったのだが、今回のライブのために歌詞を書き直した。
今日、こうやって十数年ぶりに歌っているのは、本田さんを好きになったからだ。
本田さんと出会い、俺は変わった。
年齢が上がるたびにコンプレックスが増えていき、”もう、どうでもいいや”と諦めていた俺が、少しずつだけど前に進めるようになった。
そして、人を好きになることで得られる、喜び、信頼、期待、驚き、恐れ、悲しみといった、様々な感情を思い出した。
そんな本田さんへの想いを歌詞にした。
本田さんに、伝えたい!
「次の曲、聞いてください!Summer fireworks!」
[モノトーンな日常に 君が色を加える
あんなに離れていたのにね
気づけば隣はいつも賑やかだ
大丈夫だよそのままで
大きく吸い込めば ほらいつも通り
抱きしめたいと思うのは
僕が弱いからかな
いくつもの違いを数えて
目を閉じようとする
肩が触れるほど 近くにいるのに
心の奥まで彩る打ち上げ花火
そばにいる ただそれだけで
失った感情が蘇るんだ
想いよ届け]
松井のギターソロに入る。
客席は大熱狂だ。
ライブハウス全体が揺れている。
気持ちいい…。最高だ…。
「ウォーーー!!」
俺は叫びながら、客席にダイブした。
力を抜き、両手を広げる。
お客さんが俺を持ち上げ、頭上を運んでいく。
「真中さん!」
客席の後方へ流されていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
聞き慣れた、優しい声だ。
声の方を向くと、笑顔の本田さんがいた。
本田さんと目が合った瞬間、この空間には俺と本田さんの2人しかいないような気がした。
そして、心の奥から、本田さんへの想いが溢れてきた。
「本田さん!好きだ!俺と付き合ってくれ!」
「わ……ま………す……」
本田さんが何かを叫んでいるが、俺はさらに後方へと流されて聞こえない。
“ゴツン”
人がいない場所まで流され、俺は頭から地面に落下した。
急いで起き上がろうとするが、力が入らない。
段々と視界が狭くなっていく。
ヤバい…、松井のギターソロが終わ…ってし…ま…う……。
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