23本目×ザ・ブラックタイガー

炉端焼きの居酒屋。

俺は1人でカウンター席に座り、一心不乱にエビの殻をむいている。

ドリンクは、もちろんコークハイだ。


「お待たせ!」


ウェーブのかかった茶髪にハットをかぶり、夜なのにサングラスをかけ、シルバーのピアスとネックレスをギラギラさせた、年齢不詳のチャラい男が隣に座る。

学生の頃、一緒にバンドを組んでいた松井だ。

松井はギターとオリジナル曲の作編曲を担当していた。

今はサウンドクリエイターの仕事をしている。


「遅かったな」

「打ち合わせが長引いてな」

「何、頼む?」

「う~ん、お前はまたコークハイか。俺は…、生にするわ!」


松井も大阪に住んでいるので、数ヶ月に1度のペースで会っている。

他のバンドメンバーは、社会人になると同時に東京へ行き、次第に連絡を取ることもなくなった。


「最近、バンド解散したわ」


松井は、俺と一緒にやっていたバンドを解散した後も、趣味でバンド活動を続けている。

社会人がバンド活動を続けるのは難しいらしく、”バンドが解散した”や”メンバーが抜けた”という話を、これまでもよく聞かされている。


「今回はどうした?」

「何か楽しくなかったのよねー」

「いつもみたいにメンバーが結婚したとか、転勤したとかじゃないの?」

「いや、ただ楽しくなかっただけだな」

「お前のわがままか」

「そうだな。この写真を見てよ」


松井がスマホを取り出し、画面をこちらに向けてくる。


「一緒にバンドやってた時の写真か。懐かしいな。これが何よ?」

「んー、何かさー、この頃が一番楽しかった的な?」

「それ、おじさんがよく言うやつだろ!ついにお前もそうなったか!」


松井をおじさん呼ばわりして笑うと、松井は怒った顔でスマホを引っ込めた。


「そんな若者風な格好してても、やっぱり中身はおじさんになるんだな!」


昔と全然変わらないと思っていた松井が、おじさんみたいなことを言い出したのが面白くて、ここぞとばかりに追い打ちをかける。


「うるさいな!思い出補正なのは分かってるわ!」

「もう10年以上も前のことだからな!松井くんもよく見るとシワが増えましたな!」

「うっせーな…。でもさ、そう思わない?」


松井が改まった顔で、同調を求めてくる。

正直、俺の人生のピークは、バンドでボーカルをやっていた頃だと思っているので、松井が言っていることには激しく同意する。

でも、”おじさん”とバカにしてしまった手前、そう簡単に合わせる訳にはいかない。


「まー、そうだなー、お前がそう言うから、そんな気もしてきたかもなー」

「そうだろ?じゃー、バンドやろうぜ!」

「えっ?なに?急にどうした?」


バンドを解散して10年以上が経っているので、今さらこんな誘いを受けるとは思ってもいなかった。

びっくりして反応に困る。


「だからー、また昔みたいにバンドやって楽しもうぜ!真中も楽しかったんだろ?やろーぜ!」

「急すぎるだろ…。今さら歌なんて歌えないぞ!」

「楽器と違って歌はなんとかなるだろ!」

「おい!歌、舐めんな!」

「俺は真中の歌、好きだったけどな。その声に可能性を感じて、バンド組んだ訳だし」

「どうした?ハズいやつだな…」


今さら歌を褒められて、むず痒い気持ちになる。

ボーカルをやるくらいだから、もちろん歌は好きで自信もあった。

でも、だからといって、今さらボーカル復帰?

いやいや、それはない。


「お前の歌ではプロにはなれないけど、趣味ならいい線いってるよ!」

「それは褒めてるのか?一応、あの頃はプロを目指してた訳だし…」

「実際、なれなかったしな!まーそんなことはいいのよ!」

「おい!プロになれなかったの、俺のせいみたいに言うなよ!」

「あの頃は俺のギターもダメだったよ。唯一、クオリティが高かったのは、俺の作った曲だな!プロになったし!」


バンドをやっていた頃、俺たちは”一応”プロを目指していた。

当時は本気でやっていたが、今になって思い返すと、全然足りていなかった。

俺のボーカルも、松井のギターも、ベースもドラムも、全てが実力不足だった。

それも今となっては笑い話だ。


「プロの歌手と仕事してるんだから、その人たちとやればいいだろ!」

「アホか!プロを趣味のバンドに誘えるか!俺は趣味で楽しくやりたいのよ!」

「それもそうか…。でもなー、今さらバンドかー」

「何でそんな悩むことがある?結婚もしてないし、それどころか彼女もいないし、どうせ暇だろ?」

「失礼だな!それが人を誘う態度か?暇じゃないと言えば嘘になるけど…」

「だろ?”ザ・ブラックタイガー”を復活させようぜ!」


高校1年生の夏休み、俺たちはバンドを組んだ。

バンド名は、ザ・ブラックタイガー。

バンド名に色が入っていると売れるという話を聞きつけ、いくつかの候補の中から、満場一致でこのバンド名に決まった。

当時の俺たちは無知だった…。

まさか…、”ブラックタイガー”がエビの名前だったとは…。

十脚目クルマエビ科ウシエビ。別名、ブラックタイガー。

エビの名前だと知ったのは、バンド活動を始めて1年ほど経ってからだった。

当時、出演していたライブハウスでは、陰で”ザ・ウシエビ”と呼ばれていたらしい…。


「せめて名前は変えない?」

「何で?ザ・ブラックタイガーでいいだろ!」

「もうちょっとカッコいい名前にしたい!」

「例えば?」

「ん~、急に言われても思いつかないけど…」

「なら、もうザ・ブラックタイガーで決定な!」


結局、ザ・ブラックタイガーで押し切られてしまった。

どうせなら、もっとカッコいいバンド名がいい…。

あれ?何だかバンドをやる流れになっていないか?


「って、おい!まだやるとは言ってないぞ!」

「大丈夫!もう来週の土曜日にスタジオを予約してるから!」

「いやいや、そんな手には乗らないぞ!お前は昔から勝手に進めていくところがあるからな!スタジオはキャンセルで!」

「それがもうベースとドラムも決まってるのよ!2人とも俺らと同い年!楽しくやろーぜ!」

「知らん!解散しろ!」


松井は昔からやたらと行動力がある。

バンド活動も松井が先頭に立って進めていた。

でも、かなり強引なところがあるので、注意しないといけない。


「強情だな。仕方ない…、真中くんに良いことを教えてやろう!」

「どうせ、ろくなことじゃないだろ!」

「真中くん、バンドマンはモテるぞ!俺の最近できた彼女は、めっちゃ可愛い女子大生だぞ!」

「ふ、ふーん。また彼女…、変わったのか。35歳で女子大生と付き合うとか、ど、どうかと思うけどな…」

「4回生だから22歳だし、何も問題ないだろ?というか真中くん、君はそんなこと言えるのかね?」


松井がニヤニヤしながら、俺の肩を突いてくる。

何だろう?嫌な予感しかしない…。


「前さ、すっげー久しぶりに、浦野から連絡がきたのよ。で、真中くん。君、新卒の女の子に恋してるらしいね!」

「は、はぁ?しし、してねーし!」

「そう言うなよ!別にいいだろ!」


松井が大笑いしながら肩を組んでくる。

嫌な予感が的中した。

浦野は昔から口が軽い…。

浦野め…、よりによってこんな面倒くさいやつに…。


「新卒ってことは、俺の彼女と1つしか変わらないよな?俺のこと言えないな?え?どうなんだい?真中くん?」

「が、学生と社会人は、ち、違うし…」

「おや?おやおや?好きなのは認めるんだね?」

「べ、別に…、そんなんじゃねーし!」


松井がジョッキに3分の1ほど残っていたビールを飲み干す。


「ぷはー!真中くんよ!バンドマンはいいぞー!若い子にモテるぞー!その子も落とせるぞー!」


そ、そういえば、本田さんも以前、演奏しているバンドを見て、”カッコいい”や”憧れる”と言っていた。

い、いや…、だが…。


「そ、そんな簡単な訳ないだろ…。まぁ、じ、実際のところ、ど、どうなの?」

「本当にモテる!真中も知ってるだろ?バンドやってた時、お前が一番モテてたし!」

「いや、それは若かったからだろ?30超えた今はどうなんだよ?俺が今、バンドを始めて、本当にモテるのか?」

「必死か!」


興奮して取り乱してしまった…。

コークハイを飲み干し、気持ちを落ち着かせる。


「モテるのは間違いない!俺が保証する!どうだ?バンドやるか?」

「やる!」


こうして、”ザ・ブラックタイガー”が復活した。

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