5本目×美しい目
地下鉄梅田駅。
月に1度のレポート報告のために、本田さんと2人でクライアント先へ向かっている。
本田さんにとっては、初めてのクライアント訪問となる。
「地下鉄って風が強いですよね!髪がぐちゃぐちゃになりました!」
駅に電車が入ってくる時、強い風が吹いた。
本田さんは電車の窓を見ながら、風で乱れた髪を整えている。
「この時間だと梅田でも満員じゃないんですね!」
視線を窓から俺の方に移し、電車内の状況を伝えてくる。
この時、俺は本田さんの視線を全力で確認した。
俺は、ここ数年で”良い人間”と”悪い人間”を見分けられるようになった。
強い風を受けたことで、今、俺の前髪はめくれ上がり、いつもの3倍ほど後退しているはずだ。
この状況で俺の生え際を見ない人間は”良い人間”だ。
逆に、いつもより後退している俺の生え際を見るような人間は”悪い人間”だ。
もし、俺が生え際を見られていることに気づき、相手をぶん殴ったとしても正当防衛が成立する。
さて、本田さんが”良い人間”か”悪い人間”か、確認させてもらおう。
“悪い人間”だった場合は、今後の接し方を考えないといけない。
「なんばで乗り換えですよね?」
「う、うん…」
本田さんの視線は、真っ直ぐ俺の目を見ている。
綺麗な二重まぶた、赤みのある茶色い瞳、とても美しい目だ。
「何分くらいなんだろー。座りたいなー」
本田さんの視線は電車内を見渡している。
間違いない…。本田さんは…、”良い人間”だ!
訪問が終わったら、お昼をご馳走してあげよう。
堺東駅に到着した。
クライアント先は駅から10分ほど歩いた場所にあるので、歩きながら本田さんに今日の流れを再度説明する。
「最初に担当の方と名刺交換してもらうけど、名刺は持ってるよね?」
「持ってます!」
「担当は福井さんっていうおじさんと、伊原さんっていう女性の2人ね。2人とも優しいし、先月は広告の成果も良かったから、特に何も起こらないと思う!」
「名刺交換以外は何もしなくていいですか?」
「うん。最初だからどんな感じでやってるか見といて。あっ!議事録だけやってもらおうかな」
「任せてください!」
「緊張はしてない?」
「意外と大丈夫ですねー。私がレポートの説明してもいいくらいです!」
「じゃーやるか?」
「無理に決まってるじゃないですか!冗談ですよ!えへへ」
駅前の商店街を楽しそうにキョロキョロしながら歩く本田さん。
部署に配属された時の自己紹介では明らかに緊張していたし、部長からも人前が苦手だと聞いていたけど、今日は特に問題なさそうだ。
「このビルの5階ね!」
クライアントが入るビルに到着した。
エレベーターで5階まで上がり、会社の入り口にある内線電話で担当の福井さんに繋いでもらう。
「お世話になっております。株式会社オメールの真中と申します。11時のお約束で福井様お願いできますでしょうか」
「お待ちしておりました。そちらに参りますので、少々お待ちください」
内線電話の前で福井さんが迎えに来るのを待つ。
そういえば、本田さんは内線電話の使い方を知っているのだろうか。
就活の面接で企業を訪問しているはずなので、知っているとは思うが一応確認しておこう。
「本田さんは内線電話の使い…えっ!?」
隣に立つ本田さんを見ると、明らかに様子がおかしい。
綺麗な二重まぶたはピクピクと痙攣し、赤みのある茶色い瞳はグルグルと揺れている。
あの美しかった目が、この世の物とは思えない、悪魔に取りつかれたような目になっている。
そして、顔色は青白く、口は半開きで金魚のようにパクパクしている。
何が起こっているんだ?体調が悪いのか?
「えっ!?どうした!?大丈夫か!?」
「緊張してきました…」
「えー!?さっきまで大丈夫って言ってたよね!?」
「会社に入ると急にリアルに…緊張してきました…」
本田さんの膝がガクガクと震え、そのせいで声まで震えている。
緊張しているからといって、こんな状態になるものだろうか…。
なんて悠長に考えている場合ではない!
こんな状態の本田さんを福井さんに紹介できない。
福井さんが迎えに来るまでに、本田さんを何とかしなければ…。
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