2本目×タメ口と緊張

「まず、私から部署の説明をするので、それが終わったら教育係のもとで業務を教わってください。説明が終わったら教育係には声をかけます。それでは、本日もよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


毎朝のミーティングは、部長が連絡事項を伝えるだけで、いつも10分程度で終了する。

俺は自分の席に戻り、教育係のことを考えた。

連休明けで仕事が山のように溜まっているのに、さらに新卒の面倒まで見ないといけないのか?

なぜ、前もって言っておいてくれない?

そもそも新卒の教育係って何をすればいいんだ?

あー、面倒くさい…、イライラする…。

いや、ダメだ!

こうやってストレスを感じると、さらに抜け毛の数が増えてしまう。

会社のストレスで抜け毛が増えたら労災になるのだろうか。


「真中くん!たばこ吸いに行きましょう!」


ストレスによる抜け毛の増加を心配し、頭を抱えて震えていると、後ろから営業の小山さんに声をかけられた。

小山さんは同じ部署の先輩で、いつも一緒にたばこに行く仲だ。


「教育係になってたな!聞いてたの?」

「全く聞いてないです!連休明けで仕事も溜まっているのに、本当に面倒くさいですね」

「そんなに忙しくないだろ?忙しいふりをするのはやめろよ」

「忙しいですよ!窓際の小山さんと一緒にしないでください!」

「窓際は言い過ぎだろ!ガハハ」


小山さんは営業の成績はパッとしないが、お喋り好きで”ガハハ”とよく笑い、会社の皆から好かれている。

営業の小山さんとコンサルの俺は、よく一緒にクライアント先を訪問する。

面倒くさがりで文句が多いところが似ていて、一緒に訪問しているうちに仲良くなった。


「教育係って何するの?」

「知らないです。あとで部長に聞いてみます」

「雑用を押し付けて楽できるな!」

「パワハラですね。部長に言っておきます」

「最近、部長冷たいのよ。エロい目で見てるのがバレたかな?」

「セクハラですね。早くクビになってください」

「まだ大丈夫!部長って絶対に年齢を言わないけど、いくつくらいなんだろ?」

「40って誰かが言ってましたよ」

「いいよね!大人の色気があって!」

「上司をエロい目で見るとか本気で気持ち悪いですね…。大人の色気とか言ってますけど、小山さんの方が年上でしょう?今年60ですよね?」

「36!真中くんの1つ上!ガハハ」


小山さんとの会話は、基本的に中身が無い。

中年太りの小山さん、前髪が後退している俺、喫煙所でのおじさん2人の会話なんてそんなもんだ。




「真中さん、ちょっと来て!」


オフィスに戻ると、部長に呼ばれた。

部長は髪型や服装、そして顔立ちも少し派手だが、その中に上品さがあり、いわゆる美魔女といった感じで男性社員から人気がある。

小山さんが言うように、確かに大人の色気があってエロい。

でも、同じ会社の人、しかも直属の上司をそんな目で見るのは罪悪感があるので、できるだけ意識しないようにしている。


「朝のミーティングでお伝えした通り、真中さんには本田さんの教育係をお願いします」

「前もって言っといてくださいよ。何も準備してないですよ?」

「誰に任せるかはゴールデンウィーク中に決めたのよ。ごめんね。レポートの作り方を教えて一緒に同行したり、あとはWebマーケティングのことも少しずつ教えてあげて。期間は3ヶ月で考えてるけど、様子を見て伸ばすこともあるかも」

「最終的にクライアントを任せますか?」

「そうね。小規模の案件を引き継いでもいいかも」


担当しているクライアント数が多いので、小規模の案件であっても引き継げると助かる。

これは小山さんが言っていたように、ちょっとは楽ができるかもしれない。


「あと、本田さんのことでちょっと気をつけてほしいことがあって…。あの子、慣れてくると敬語忘れちゃうのよ」

「タメ口になるってことですか?」

「そうなの。大丈夫だとは思うけど、もしお客さんにタメ口で話したりしたら大変だから注意して」

「それは怖いですね。見ときます」

「私の前だとちゃんとしてるんだけど、真中さん優しいから舐められないようにね」

「別に優しくないですよ。それにこっちは12歳も年上なんで大丈夫です」

「そっか。真中さん、私と同い年だったね」

「いや…、そういうことにしときます…」


部長はいつも俺と同い年だと言い張る。

何の意味があるのかは分からないが、面倒くさいので同い年だということにしてあげている。


「あっ!それから…」

「まだ何かあるんですか?」

「本田さん、人前が苦手で凄く緊張するのよ」

「人前では緊張して、慣れたらタメ口って極端ですね…」

「そうなのよ。ちょっとその辺を意識して見といてあげて。今、休憩に行ってもらってるから、戻ってきたら真中さんの席に行かせるわ。よろしくね!」


何だか面倒くさそうな新卒の担当になってしまった…。

最初は楽ができるかもと期待したが、Webマーケティングを1から教えたり、レポートの作り方を説明したり、一緒に同行したり、よく考えると業務量がかなり増えそうだ。

どうにか他の人に押し付ける方法はないだろうか…。

給料を3倍にしてもらわないと割に合わない。


「す、すみません、あの、ここに来るように言われたのですが…」

「あっ、新卒の…」

「ほ、本田と申します!よろしくお願いします!」


他の人に押し付ける方法も思い浮かばず、もちろん給料が3倍になることもなく、俺は新卒の教育係になった…。

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