第5章94話:旅立ち

冬がおとずれる。


寒い冬だった。


雪が降り積もる、真冬まふゆのある日。


夜。


既に、アイリスは寝静ねしずまっていた。


クレアベルが、リビングで、ランタンのあかりをたよりに、しょを読んでいた。


私は声をかける。


「お母さん」


「ん?」


クレアベルが、書から目を離さぬまま、返事をする。


伝えなければならないことがあった。


けっして、私は口にした。


「私、旅に出ようと思います」


次のページをめくろうとしたクレアベルの手が、止まった。


クレアベルがこちらに目を向ける。


「旅に出たい……そう言ったのか?」


「はい」


私はハッキリと肯定する。


冒険をしたい気持ちは、私の中で、強いねつびている。


この世界を旅してみたい。


いろんな場所を観光してみたい。


いろんな魔物と出会い、人と出会い、食べ物や、景色に触れてみたい。


それが今の、いつわらざる本心だった。


クレアベルは、私をじっと見つめた。


やがて、微笑んだ。


「そうか」


クレアベルは、小さく、納得したように言った。


「実は私は、お前に一つ、選択肢を提示しようと思っていた」


「……?」


「学園だ」


と、クレアベルが書を閉じながら、言う。


「この国の学園は、15歳になれば、好きに通うことができる。まあ学費はいるが、学園に通いながら稼ぐ制度もある」


「そうなんですか」


「お前なら、その制度を利用して、学園に通い続けることもできるだろう。一度、考えてみたらどうだ?」


「はぁ」


学園……か。


そんな選択肢もあるのか。


前世だったら、義務教育があったから、当たり前のように学園に通っていたが。


そういえば、ヘンリックくんが学園への入学を目指して、努力していたっけ。


なんて思っていると。


「だが、そうか。もう……そんな年になるのか」


と、クレアベルがしみじみとつぶやいた。


「まあ決断ができたら、また言ってくれ。旅に出るにしろ、学園に通うにしろ、私はお前の選択を応援するつもりだ」


「……はい。ありがとうございます」


そう告げる。


話は終わったので、私は、おやすみのあいさつを告げてから寝室に入った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る