異世界転生した先は断罪イベント五秒前!【全6話・完結】

春風悠里

第1話 断罪イベント

 金髪碧眼の、いかにも王子様といった男が突然目の前に現れ、亜麻色の髪の華奢な女の子の肩を抱きながら私を鋭い瞳で見つめた。


 彼がゆっくりと息を吸い――、そして。


「レイナ・トリソニア公爵令嬢、お前との婚約はこの場をもって破棄をする! チェルシーへの悪質な嫌がらせが何度もあったそうじゃないか。将来の王妃に相応しいのは、優しくも気高い彼女だ!」


 この会場の誰もに聞こえる声でそう言い放った、その男の顔……そして聞き覚えのある名前。まさに記憶にある、あのゲームと同じだ。


 目の前にきらびやかな会場と派手な衣装を着た人たちが現れたと思ったら、私に断罪イベントが差し迫っていた。というかもう開始されてしまっている。


 あまりの現状に現実感がない。

 

 この乙女ゲーは「彼に心を奪われて」とかいうイマイチなタイトルの同人ゲーだ。設定も杜撰で18禁だった。PCゲーでもある。そっちの描写に全振りという……私もそっち目的で購入をした。攻略対象は三人。王子様を選ぶとちょっぴり不幸な人(私)が発生するというゲーム製作者の意地の悪さも特徴の一つだ。小説ではよく見かける断罪イベントをシナリオに持ってきたあたりも、このサークルらしい。ヒロインが監禁や軟禁される鬱エンドもあった。


 これ……まさか漫画や小説で流行りの異世界転生とかじゃないよね……? 死んだ記憶はないし夢だよね……? いや、でも最近目眩やふらつきが続いていた。もしかして……。


「なんとか言ったらどうなんだ!」


 あー……色々考えたいのに王子様がうっさい。アーロン・サリシフォン第一王子だ。ただし、国王陛下の愛人の子という微妙な立場ではある。


 この王子と男爵令嬢であるヒロインがベストエンドを迎えるためには、学園内デートで清い仲ながらも軽く盛り上がり、この十年おきの建国記念ダンスパーティでさくっと婚約破棄を私として、あらためて婚約をヒロインと結ぶとめくるめく18禁世界が広がるはずで……。あまりこの婚約破棄イベントは作り込まれていなかった。私によって行われた嫌がらせも、せいぜい罵られたことがあるよ程度の僅かな回想があったくらいだ。プレイヤーの目的はエロ部分だろうし、そこは脳内補完しておいてねということだったのだろう。


 ふむ……これならまぁ、なんとかなるか。大学の心理学部一年生だった私を舐めないでほしいわね!


「そうですわね……チェルシーさんに今一度、ご自分の行いを反省していただきたく、苦言を呈したことはあったかもしれないですわ」

「反省すべきは、お前だろう!」

「チェルシーさん、あなた……アーロン様ったら簡単に私に落ちるのよ、チョロイったらないわとお友達にご自慢されていたわよね」

「はぁ!?」


 全部嘘だ。

 しかし、この場で身を守るためにはこれしかない。そして……嘘を本当に見せかけるには、事実を織り交ぜることがベスト。別に心理学部で習ったわけじゃないけど、これまでの浅い人生経験からそう確信している。


「世界中が敵になっても味方になってくれるらしいわって嘲笑っていたわよね」

「い……言ってない、言ってないわ! アーロン様、信じて!」

「一生の間ずっと幸せな人間なんていない、今幸せというだけで十分だとかなんとかでしたかしら。刹那的な思考ですわね、アーロン様? 彼の言葉をベラッベラと人に話すのはさすがに品性に欠けるわ。私が苦言を呈するのは当然かと」

「チェルシー……お、前……」

「ちが! ちょ、あんた! 違うの、アーロン様!」


 必要以上にチェルシーが取り乱している。より怪しく見える。可哀想に……彼女はシナリオ通りに進んで今日を迎えただけだろうに。

 

 彼の印象的な台詞を覚えていてよかった。どうやらここでも、ゲームのアーロンルート通りに進んでいたらしい。二人きりの時に自分が吐いた台詞を私が知っている。チェルシーに疑いの目を向けさせるだけなら、それだけで十分でしょう。


 話しながら頭をフル回転させる。


 う……ん、これで婚約破棄の理由が曖昧になって、破棄をやめてもらっても困るわね。ヒロインに恋した男がいきなり私を好きになるわけがないし……断罪イベントを起こしたこの男との先にいい未来があるとは思えない。夢かもしれないけど、それも避けなくては。


「でもね、チェルシーさん。私はずっと、あなたとアーロン様が上手くいきますようにと願っていたのよ。苦言を呈したのも、アーロン様に相応しい方になってほしくてだったの」

「はぁ!? 意味が分からないわ。いきなり何よ。あんた、アレね。あんたも転生――」


 転生!?


 話をややこしくさせないためにも、急いで彼女の元へ駆け寄ると手を握りしめた。畳み掛けるように矢継ぎ早に彼女を褒める。


「あなたはとても可愛らしいわ! きっと民も歓迎してくれる。学業の成績も悪くはないものね。大丈夫、アーロン様の婚約者に相応しいのは、あなたよ」

「え、な……」


 彼女の耳元でそっと囁く。


「誰かを不幸にすることで掴み取る幸せは、長続きしないわ」

「――!」


 さっき彼女は転生と言いかけた。ということは、私より早くこの世界に来たのかもしれない。


 流行っていた乙女ゲームへの転生に、断罪イベント。私はいつもそのストーリーに違和感を持っていた。目覚めたらよく知る乙女ゲー世界。シナリオをなぞれば大好きなキャラとイチャイチャできると知っていたなら……そこを避けようとするだろうかと。シナリオに断罪イベントが組み込まれていたのなら、乙女ゲーマーとしてなぞるでしょう、普通。それもある種の聖地巡礼だ。


 ――だから、目の前の彼女も悪くないと思う。


 でも、罪悪感は持ってもらいましょう。そうでなければきっと、私が幸せになれない。


「チェルシーさん。実際には、私からたいした嫌がらせは……されていないわよね? 悲劇のヒロインを装わなくたって、あなたなら愛してもらえるわ。ねぇ、アーロン様!」

「え……いや……」


 あれ、アーロン様がやや引いた目で私たちを見ている。疑惑の芽を植えつけすぎたかな。


「アーロン様の恋、全力で応援しますわ! 婚約破棄を受け入れます。むしろ望んでいましたわ。彼女はあなたと育んだ恋に浮かれて、つい令嬢らしからぬ言葉を発してしまっただけ。若かったのよ、許してあげて。反省をしてこそ人は成長するものよ」

「ま、待ってくれ。少し頭を……」


 やめて、頭は冷やさないで。

 このまま婚約を継続するのは私が困るのよ。現実かどうか分からないけど、この状況で私がゲームとは違って幸せを手に入れるには、私の評判を落とさずに断罪イベントを発生させたコイツとの婚約破棄を成立させなくてはならない……ような気がする。


 ――パチパチパチパチ。


 シンとした会場に拍手が鳴り響く。

 出処は第二王子のレヴィアスだ。


 藍色の髪と瞳。イケメンだけれど、いかにも腹黒いですという顔をしている。国王陛下と正妃の息子でアーロンと王位継承権を争っている。各方面からの支持のより大きい方へ継承をするという、陛下の意志によるものだ。

 実はどっちの王子も王位を欲しがってはいないものの……それはゲームで彼らのルートを辿らなくては分からないし、表には二人ともそれを出してはいない。特にレヴィアスは強く望んでいるような雰囲気を普段は出している。建前ってやつだろう。


「なんて優しく慈悲深い……あなたこそ、この国の王妃に相応しいかもしれませんね」


 そう言ってるわりには、気持ちを感じない。


「私は未来の王妃に相応しい方を自分の目で見定めたいと婚約者をもうけてはいなかった。今までお断りをしていました」


 そう……コイツには婚約者がいない。

 

 アーロンとヒロインが結ばれた場合、さすがに婚約破棄までするのは……と貴族からの支持が下がり出自もよくはないので、アーロンはヒロインの家の男爵位を継ぎつつ王家からも領地を分けてもらってエロエロに暮らすという平和なエロエンドだった。王位はレヴィアスが継ぐ。私の扱いについては一文あったかどうかで……覚えていない。学園を退学してどこかに逃げるように嫁がされたんだったかな……私の印象も悪くなってしまうので、レヴィアスと結ばれるなんて展開にもならない。

 レヴィアスとヒロインが結ばれた場合は、私とアーロンが愛のない結婚をする。アーロンが愛人の子なので釣り合いのためにも私が婚約者ってことになったんだろうけど……彼の好みは庶民系の女の子だからなぁ。仲よしとはいかない。王位はアーロンが継承することになる。レヴィアスが、身分違いの愛を選んだ自分は引くべきだという信念のもとに継承権を放棄するからだ。ヒロインはややエス気味の彼と青空の下でのドエロエンドを迎える。


 ああ――、どうして私はこのような世界に――!


「私と婚約をしていただけないでしょうか、レイナ嬢。全てを許しながらも人を諫めることのできるあなたと、この国の平和と安寧を目指したい」


 彼が跪いて、恭しく私の手をとった。


 ここにいる貴族の支持率をより上げるためのパフォーマンスだ……私を道具にしか思っていない。


 彼は義務感も強い。王位に拘っていなくても、王位を望んでいると周囲に思わせるのも自分の仕事だと割り切っている。正妃の子……最初から貴族の支持も自動的に彼の方が大きい。王子様らしい顔をしているのはアーロンだけれど、レヴィアスは孤児院などへの寄付ついでに温かい言葉をかけに直接出向いたりと自分の印象をよくすることに余念がない。このままいけば、彼が王位を継ぐ。その責任感だ。


「ま……待て! 僕はまだ彼女との婚約を破棄していない!」

「……何を言ってるんですか、兄上。彼女は受け入れると言った。破棄は成立しましたよ。チェルシー嬢と婚約をなさるのでしょう」

「ま、待ってくれ……僕はどうやら頭がおかしくなっていたようなんだ」


 え……なんでそうなったの。いや、レヴィアスも正直、ノーセンキューだけど。エス寄りだし……ゲームならまだしも、リアルならどっちもいらないわ。


「そうですね。頭がおかしくなった兄上よりも私の方が王位に相応しいと、ここにいる誰もが思ったことでしょう。そして彼女こそが――」

「違う! 何か大きな力に洗脳されていた気がするんだ。今、正気に戻った。皆もすまなかった。頭を冷やしたい。もう少し冷静に考えてみようと思う。僕の今日の言葉は全てなかったことに――」

「兄上、それは虫が良すぎるというものだ」


 グダッグダだな。周りの貴族の人たちもヒソヒソ話をし始めた。


 とりあえず婚約破棄を言い渡すところまではゲームのシナリオ通りだった。私が変なことを言ったことで、おかしな方向に?


「静粛に」


 壇上から威厳のある声が響いた。国王陛下だ。


「どうやら私たちは皆、悪いものに憑かれていたようだな。今宵は夢。何が起きてもおかしくはない夢だ。この地をお創りになられた神が、記念すべきこのパーティーの日に私たち全員に不思議な夢を見せたのかもしれないな。全てを忘れ、今宵は踊ろうではないか」


 場が鎮静化する。


 え、夢ってことになっちゃうの? なかったことにしちゃうの?

 

 うわぁ……王妃様の顔が能面のようだ。彼女にも愛人がいるものの、色々と思うところがあるのだろう。


 レヴィアスが短くため息を微かにつくと、私に嘘くさい微笑みを向けた。


「私と踊っていただけますか、レイナ嬢」


 ダンスへと私を誘う。

 

「……よろこんで」


 どうしよう、これ……。まとまったようで何もまとまっていないでしょ……。


 苦虫を噛み潰したような顔のアーロンと、だんまりになってしまった放心状態のチェルシーを横目に、楽団の音楽に合わせて彼とダンスを踊る。レイナのこれまでの記憶や知識もあるので、ダンスも体が覚えているようだ。


 結局、婚約は破棄されたの!?

 されてないの!?


 何もかも分からないまま、私はレヴィアスにエスコートされつつこの夜を過ごした。


 

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