第5話 前世戦禍で鍛えた竹槍の技


 私はぎゅっと竹槍(棒)を両手でしっかりと握り腰を落として構えると、そのまままっすぐ巨大ウルフたちの方へと飛び込んだ。


「はぁぁぁあああっ!!」

 確かウルフの弱点は────っ!!

「胸の白い丸い胸毛の……ど真ん中ぁぁああああっ!!」

「ぐぉぉおおおおおおっ!!」


 中央のウルフの丸く整えられた胸毛。

 その真ん中へぐっさりと突き刺さる竹槍(棒)。

 と同時に、ウルフは耳をつんざくほどの大きな叫びをあげ、そのまま後ろへと倒れ、動かなくなった。


 あー……魔物の弱点丸暗記しててよかったー……。


 っと、ほっとしている暇はない!!

 まだ二体もいるんだ。集中しなければ。


「グライン様!! ウルフの弱点は胸毛のど真ん中です。そこを深く一突きすればすぐに息絶えますわ!!」


「胸毛の、真ん中……!!」


「そちらはお任せしましたわよ!!」


「は!? 待っ──!! シュトラーゼ公爵令嬢!?」


 グライン様の声を無視して、私は再び竹槍(棒)を構えなおすと、また姿勢を低くして左の巨大ウルフへと突っ込んだ──!!


 可哀想に。

 ここの作物はもうだめだ。

 大きなクレートとなって荒れてしまい、無残に散らばっている作物を、走りながら横目で見る。


 でも大丈夫。

 土地はまだ、生きてる──!!


「たぁぁぁああああっ!! 食べ物を粗末にするやつはぁぁああああ!! いねぇかぁぁぁああああああああっ!!!!」

「ぐおぉぉおおおおおおおおっ!!」


 まっすぐに真ん中へ突き刺さった竹槍(棒)と、ウルフの叫び。

 それと同時に隣からも同じようにウルフの野太い叫び声が響き渡った。


 グライン様の方も片付いたみたいね。──と、私が彼の方へ視線を向けた刹那。


「っなんってバカなことしてるんですか!!」

「ぴゃっ!?」


 穏やかな印象の好青年顔が一変、般若のようになったグライン様が私を怒鳴りつけた。

 突然のことに頭がついていかない私は、ただ茫然と彼を見上げる。


「待っていろと言ったではないですか!! こんな……こんな危険な場所に、木の棒一本で……。しかもドレスを破り捨てるだなんて……。何考えてるんですか!! 死ぬかもしれないんですよ!?」


 正論だ。

 普通の令嬢ならば間違いなく死んでいたし、足手まといにはなっていただろう。

 私だって例外ではない。


 だって、ただちょっと他の令嬢よりも王妃教育で武術を嗜んで、魔物の特徴を詳しく知っていて、前世100歳の経験と記憶があるだけの、基本普通のスペックしかない令嬢なのだから。


 一歩間違えば、グライン様の足を引っ張り、危険にさらしていたかもしれない。


「グライン様」

「なんでしょうか?」

「……ごめんなさい」

「え」


 え、ってなんだ。

 自分に非があるのだ。ごめんなさいが当り前だろうに。

 なにをそんなに意外そうな顔で見てるのかしら。


「私の勝手な行いで、あなたを危険にさらすところでした。軽率でしたわ。本当にごめんな──」

「何を言ってるんですか、あなたは」

「へ?」


 今度は私の口が間の抜けた声を発する番だった。


「私は、そんなことを言っているのではありません。あなたの身に何かあったらどうするつもりだったのかと言っているんです」

「私の、身?」


 未だその言葉の意図に気づけず首をかしげる私に、真剣な表情のままグライン様が口を開いた。


「はい。あなたが怪我をするかもしれなかった。最悪、死んでしまうかもしれなかった」

「ぁ……」

「もっと、ご自分のことを考えてください。あなたは女性なのですから」


 女性……。

 自分のことを考える……。


 あぁそうか。

 足手まといになる可能性を怒っていたんじゃない。

 この人は、私の身を案じて叱ってくれているんだ。


 次期王太子妃として、公爵家の令嬢として、幼い頃から失敗は許されなかったし、完璧であろうと努力を重ねてきた。

 それでも私は超人ではなく普通の令嬢だ。

 できることは限られる。


 そういえば、王妃教育で叱られることはあっても、こんなふうに私のことを本気で心配して叱る人は、私の周りにはいなかったわね。


 そう、すとんと心に落ちてきたお叱りの理由に、自然と頬が緩む。


「グライン様」

「なんですか?」

「ごめんなさい。あと……ありがとう、ございます」


 ほかほかとしたぬくもりを感じながら、目の前で砂ぼこりにまみれた男に微笑む。

 すると彼の頬が一瞬にして真っ赤に染まった。


「っ、い、いえ。こちらこそ申し訳ありません。助けていただいたのに、女性に対して怒鳴りつけるなど……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。

 律儀に大真面目に謝罪をしてきたグライン様に、苦笑いをこぼす。


「いいえ。あなたは私のことを思って叱ってくださったのでしょう? 突然『妻になりました』だなんて押しかけてきた女を本気で心配して。だからあなたが気にすることなんて全くありません。むしろ私は嬉しかったですしね」


「シュトラーゼ公爵令嬢……」

 何とも言えない表情で私を見るグライン様。


「さ、とりあえずウルフを荷台に運んで帰りましょう」

「え、放っておけば土に吸収されますが……」

「もったいないですわ。ウルフの肉は干せば旨味も増し、保存食として使えますのよ」


 ともすれば兵糧としても使えるほど滋養強壮にも良いのだけれど、それをトリス殿下に進言したら「そんな魔物料理、人間の食すものではない」と一蹴されたっけ。

 しまったわ。せっかく仲良くやっていけそうな気がしたけれど、早速こんなことを言ってしまってはトリス殿下のように──。


「すばらしい知識ですね……!!」

「へ?」


 想像していた反応と180度違う反応に目を瞬かせる。


「確かに、もし非常事態でも起きて屋敷に籠城でもせねばならなくなった時、保存食は役立ちそうです。それにここは冬になれば極寒となり、領の物流も減ってしまいます。保存食はいくらあってもいい。さっそく屋敷に運んで干し肉にしてみます」


 うそ……。

 私の案が、通った?

 妙な女だと蔑むことなく、意見を聞いてくれた、ですって?


「……つくづくおかしな方」

「はい?」

「いいえ。なんでもありませんわ」

「そうですか? では、行きましょうか」


 差し出されたのは大きな手。

 だけどすぐにそれはひっこめられてしまった。


「すみません。先ほどの戦闘で汚れているのに、手なんて差し出してしまって」


 これではあなたが汚れてしまいますね、と申し訳なさそうに笑ったグライン様に、私は妙にたまらなくなって、ひっこめられたその手を取った。


「シュトラーゼ公爵令嬢!?」

「汚れなんて、気になるものですか。ふふ。この大きな手が、この領民を、領地を守っているのですね。さ、行きましょう。屋敷に戻って荷馬車を持ってこなければ」

「っ……はい」


 私たちは穏やかにほほ笑みあうと、青と薄橙の混ざり合う空の下、屋敷へと足を向けた。




―――あとがき―――


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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