300年後のあなたへ捧ぐ天使の歌っ!

おねショタ書きyamabiko

第1話 300百年後の貴女から

それは暗黒から這い出た邪神の手。目の前の腰を抜かした男を一瞥もせず、その巨体を闇の中から這い現す。数百年前の神魔大戦で、時の英雄に追い詰められた邪神は未来へと時を飛んで逃げ延びた。そう、英雄もその仲間も寿命によって枯れ果て死に絶えたその先の未来に。


遠い時間の先に飛ぶことは出来ても場所までは指定できない。流石に深海の底や遥か地中の岩の中等、致命的な場所へ出る事は無いが‥


ここは何処か?薄暗い広々とした空間全体には奇妙な気配をそこかしこから感じ取れる。読めない何処か異国の文字が無機質な灰色の壁に書き込んであった。


「なんだこいつは?!聞いてないぞこんな怪物は!ここは表層で安全じゃなかったのかよ!」


先程から鬱陶しく狼狽する目の前の男が徐に殺気を飛ばしてきた。しかし腰には剣も無く、杖も無い。したらば武闘家かと思えば武の気配を碌に感じさせない不恰好。体内に秘めたる魔力は凡愚。耳障りな騒音を消そうと邪神はその手の大きな爪を振るい───


「うわあああああああああ!!」


男が両手で構えていた黒い鉄の塊が火を噴いた。いや、実際に出たのは無数の黒粒。それは余りにも速く邪神の知覚を以てしても反応すら危うい。


宙で急激に加速し更に一回り大型化した無数の粒は邪神の体を瞬く間に粉砕した。


かつて英雄の渾身の一撃を受け止めた絶対防御、如何なる魔法も防いできた邪神障壁、そしてそれ以上に頑強な邪神の血肉。その全てが常軌を逸した衝撃に砕き潰される。この男はまさか英雄の末裔か?そんな事が──


闇の中で横たわるバラバラの肉片を放心した顔で男は覗き込む。


「へ、へへ。びびらせやがって。このっ!何が巡回警備だ!こんな所辞めてやるクソが!」


事前の情報に欠片も無かった正体不明の怪物の出現に男は激情を爆発させ肉片を蹴り飛ばす。こうして神話の世界から降り立った邪悪な1柱が悪を成す前に消え去ったのだった。





剣と魔法の世界は既にサイバーパンクで塗り潰された。


数百年剣と魔法を振りかざし、馬に跨り野を駆け続けた人々がどうしてもう数百年でこうも様変わりしてしまったのか。かつての英雄の冒険譚は吟遊詩人に唄われず、世界の何処かで起きた事件がまとめニュースサイトで拡散される。


『オキヤマ社管轄ダンジョンで新種の怪物現れる?!みんなの反応纏め』


邪神の訃報もしっかりとまとめサイトの隅っこに掲載され、しかし邪神を討ち倒した男の名は語られず。既に英雄無き世の中は文明の開花を極めていた。


これは異世界に国土ごと転移し数百年、国土の6割を既に手放し「未踏地」と化してしまったニホンコク。そんな未踏の大地を拓く開拓者に憧れた、一人の少年の物語────





──────草原を汽車が真っ直ぐに。吐いた煙は輪を作り空へと消えるドーナツのよう。メルヘンに薄っすら輝く空気は草原をキラキラさせ、遠くに見える山脈には時折ドラゴンが羽ばたく。車内に差した日の光が、薄暗い客車を照らし出す。“おもちゃ”の汽車の乗客は二人。


長い赤毛の女性は白衣を纏い、客席に腰を下ろして向かい合って座る少年を見やる。美しい金髪を伸ばした天使のような少年は、空色の瞳に景色を映していた。


「この汽車の行先は?」


少年に語りかける女性の声色は優しく、ピクリと反応した空色の瞳が白衣を映す。


「わかりません。どこか、ずっと遠く。」


「ははは、そうかい。」


笑う声が少しだけ空気を暖め、汽車が小さく揺れた。草原の果ては見えず、地平線の彼方は青空の向こう。隣に続く山脈も地平の果てまで途切れる様子はない。


「不甲斐なくてごめんよ。ダメだよな、アタシたち大人がこうじゃ。」


「いいえ、◯◯◯さんはずっと頑張ってました!」


「一緒に行けたら良かったんだけどなー。ははは、ちょっとだけしか来れなかった。」


二人は汽車の車窓にて語り合う。それはまるで母と子の会話。


「これからの未来について話そうか。」


その言葉に会話が区切られ、少年は両手を膝の上に姿勢を正す。


「これから先、沢山苦労するだろう。辛い思いも痛い思いもするだろう。それに‥前へ進むのが怖くなる時が来るかも知れない。」


何処かで小鳥が鳴いた。小さな雲が日を遮り車内が薄暗く陰る。


「いいかい?ラフィは悪くない。これはアタシ達が望んでやった事だ。悪いのはアタシ達‥過去から今に至るまでの全ての大人だ。だからラフィは躊躇わなくていい。良いんだよ。」


雲は通り過ぎ、暫時の陰りは何処かへ。再び車内に日が差し込み女性の顔を照らし出した。その顔は笑っていた。


「これから先の未来。ラフィは沢山のヒトに出会い、笑い、支え合って進んで行く事になる。ラフィ一人じゃ難しいと思う。だから皆を巻き込んで一緒に戦えば良い。」


少年の目から涙が一筋、伝う。


「ラフィはアタシ達の全てだ。目一杯暴れて全てを変えてくれ。そしてアタシ達を───」


「消してくれ。」





首都トウキョウシティから未踏の大地を挟んだ遠くの街。タマシティの郊外のはずれにある孤児院でボクは育った。都市を覆う見上げるような壁の外、都市から溢れた人々の住んでいる住宅街のそのはずれ。隅っこにある孤児院はフェンスを挟んで未踏地に面していた。


アスファルトで舗装された地面がフェンスで途切れ、その先には青々とした草原が続いている。定期的に整備されているせいか草木生え放題のぼうぼうって感じじゃ無いけど、フェンスを挟んだその向こうは文明から置き去りにされてしまった大地だった。


聞いた事がある。


文明から手放された未踏地は常識の通じない異空間のような場所だって。目の前の景色も、偶に草刈りされるフェンスのすぐ側はともかく、その向こうに続く草原はそれ以上草が成長する気配が無くていつも同じ景色のまま。


未踏地から吹き抜けた風がボクの頬を撫で、誘われるようにフェンスに歩み寄った。いつも穏やかなフェンスの向こうはボクの遊び場。いつも通り孤児院裏手に空いた小さなフェンスの穴からにゅっと顔を出し、ぱぱっと外へと駆け出した。


ふふんっ、気分は開拓者!ボクだって将来はあのカッコいい羅針盤を懐に遺跡を探検するんだから。これはその予行練習なんだ!


いつも通る道の傍ら、浅い池の水面に映ったボクの姿を確認する。サラ先生に褒めてもらった綺麗な金髪はもう腰まで届いてる。そろそろ少しくらい切ろうかな。女の子みたいでちょっと恥ずかしいし。どうせ伸びるからって、エステルさんが送ってくれた白いワンピースのお洋服はぶかぶかで。袖から手先の見えない手で、髪先を弄っていた。


周りの子よりも一回り小さいボクが、このお洋服を着こなせる日は来るのだろうか。ズレた白帽子を直して池の橋を渡る。


『都市の外は危険ですから行ってはなりませんよ。未踏地には危険な怪物がいますからね。特にラフィ君。』


サラ先生の言葉をふと思い出す。そうは言ってもゲートの向こうは静かで。危険な気配は無いよね。この辺りで怪物を見たなんて話向こう数年は聞いていない。日本有数の平和な街だって話も用務員のおじさんから聞いた事あるんだし。


少し行った先にある小さな丘を登ったボクはその先に見える小規模な遺跡群を見下ろした。


廃墟となった何個かのビルとコンビニだけが草原の直中にある。


今日はあの遺跡群まで行っちゃう?まだ行った事ないんだよね。どうしよっかな?


迷う素振りも既に探検に傾いた心と向き合うまでのちょっとした準備時間。きゃーっ!ってはしゃいですぐに丘を駆け降りた!


なんの気配もない小さな廃墟をキョロキョロして回り、ビルの中を覗き込む。薄暗いビルの入り口からは少し開けたエントランスと、上階へ続く階段が見える。でも入り口の透明なドアは押しても引いても動かない。うう。ちょっとだけ覗こうと思ったのに。


どうしようかなって考え込んでいると。


「ちょっと。アンタ何してるのよ。」


ひゃいっ?!


「あわわわっ!すいません!勝手に出ちゃってぇ!」


振り返って慌てるボクを、見慣れないお姉さんが腰に手を当てて見下ろしてきた。


長い黒髪を揺らした、フード付きの黒パーカーのお姉さん。そして頭の上の猫の耳がピクピクと動いている。先っぽの白い黒尻尾といい、もしかして獣尾族?!本で読んだ事あるけど見るのは初めて!


「だ〜か〜ら〜。何してんのよ。アンタ開拓者じゃないでしょ。格好見れば分かるわよ。」


お姉さんはジト目で睨んだままボクのおでこを突く。あうっ。


「近くの孤児院のラフィです。ここには遊びに来ちゃっただけです!」


「ふーん。アタシは開拓者のタマよ。この辺りの猟師からダンジョンに変異してないか調査を依頼されたのよ。どーせ、心配性な老人の戯言だけどね。金が出んならやるわよ。」


やる気無さそうな素振りのタマさんはボクを尻尾で突いてきた。


「一般人の子供見つけちゃった以上、保護しないわけにもいかないし付いてきなさい。あっ、先に中を見てくるわね。また戻ってくんのメンドイし。」


タマさんの尻尾がほっぺをしきりに突き、頬を尻尾が撫で上げ、ボクの首に巻き付いてきた。ついて行きますからからかわないで下さい!


わたわたと尻尾から逃れるボクは急に手を握られ、そのまま透明なドアの前に移動します。さっきは押しても引いても開かなかったのに、どうすんだろう?すると、タマさんが手袋をはめた左手をかざせば音もなくドアが横にスライドして開いた。


その時タマさんは微妙な表情を一瞬浮かべ、ボクの手を引いたままさっさと中に入ってしまった。


あれ?さっきのドア壊れて無かったの?


疑問に思う間にもタマさんは一階を無駄なく調べ上げ、2階へ向かった。暫く建物を探索した後、適当な部屋に引き込まれたボクは、ソファーの上に座るよう促される。


「ねぇ、単刀直入に聞くけどラフィってこう、不思議な力とか使えない?」


急にどうしたんですか?


「ええと、不思議な力って言われても。あっ!そうです。みんなにボクと一緒にいると勉強に集中できるって言われます!それと、用務員のお爺ちゃんの肩を叩いたらすっごい楽になったって。」


ちょっと自慢げなボクがむふっと鼻を鳴らせば、タマさんは少し疑り深い目で覗き込んだ後、おもむろに両手でほっぺを包んできました!きゃっ?!なな、何ですか?!


暫くほっぺをむにむにと好きにされた後、急にボクを抱えてひょいと膝上に。恥ずかしさにジタバタするボクの非力な抵抗は簡単に抑えられ、ドキドキしながらも長い間そのままだった。


「あの。そろそろ。」


「うん?ああ、そうね。やっぱりアンタ何かあるわね。」


「くっ付いてると妙に癒されるのよ。疲れが取れるっていうか、温泉で寛いでる時みたいな感じ。それに頭も随分冴えるわね。レーダーの情報量と感知範囲も明らかに広がってる。めっちゃ演算捗る的な。」


そう言いながらタマさんはボクの頭を撫で回した。


「そう言われても何もしてないですよ。」


「これはね、ギフテッドってやつよ。孤児院に居たんじゃ見つからない訳よね。」


キョトンとした顔のボクにタマさんは軽く説明してくれた。世の中にはギフテッドって言う不思議な力を持ったヒトが偶に生まれる。どういう理屈で異能が顕現しているかは不明だけど、少なくともその力を持つ者は皆世に大きな影響を与える存在になると言われているんだって。


それから暫く黙ってボクをモフっていたタマさんは、急に耳をピコンと揺らして上階を見つめた。


「ラフィ、ついて来なさい。」


「は、はいっ。」


タマさんに手を引かれて階段を上がっていく。最上階の廊下に続くドアを前に、タマさんはおもむろにボクを抱き上げて言った。


「いい?じっとしてなさいよね。危ないから動くんじゃないわよ。」


急にお姫様抱っこされて慌てるボクは強い衝撃にぴえっ?!と声を漏らす。いつの間に目の前のドアがひしゃげて吹き飛び、タマさんが蹴ったんだって理解する前に一瞬内臓が浮くような浮遊感に襲われ目を瞑る。激しく揺さぶられる間怖くて殆ど目を開けていられなかったけど、僅かに見えた光景は常軌を逸していて。


ボクとタマさんを高速で撃ち出された銃弾が襲い、見えない壁がそれを弾いて火花を散らし、廊下の奥まで赤い光線が何度も照射されていた。


【狙】【撃】【撃】【壁/防】【撃】【撃】【撃】【撃】


頭が少し熱っぽくなり、意識の片隅を激流のような勢いで漢字が流れていく。ボクじゃ一切制御出来ない文字の濁流。なのに規則正しく整然としたムラの無いテンポで漢字が浮かんでは消えていき、目の前の光景と一挙一動全てがシンクロしていた。


照射される光線、弾ける火花、今この場のやり取り全てを漢字で表現したようだった。


だけど次第に恐怖感が薄れていく。ボクを支えるタマさんの腕はしっかりとしていて、見上げた顔は真剣だけど落ち着いた風で。激しい攻撃に晒されているのに、何処よりも安全な場所で守られてる気がした。


キュッと袖で頭を隠して目を瞑っている間に全てが終わったのか、タマさんは楽しげな足取りで静かになった廊下を進んでいた。


「あの・・・」


「念の為に暫くそのままでいなさい。しかし、これから大変ね。まさか本当にダンジョン化してるだなんて。」


「ダンジョン化ですか?」


機嫌がいいタマさんはボクを抱いたまま適当な部屋のドアを蹴り開け、簡単に説明してくれた。ダンジョンとはそもそも強大な力を持った動かぬ捕食者で、洞窟とかに擬態して口を開けて獲物を待つ。中には獲物が好む餌を用意し、獲物を狩り殺す怪物を生み出して捕食するらしい。怪物が獲物を口にすればそれがダンジョンの栄養となり更に大きく成長するのだとか。


「世界史は知ってるわよね?ほら、数世紀前にこの世界にニホンコクとかいうでかい島が転移してきたでしょ?」


「はい、当時色々あったそうですけど。沢山戦争が起きて、この世界の文化と交わって今の状態に落ち着いたそうです。」


タマさんはそのまま続けます。転移があってから暫く後、ニホンコクの建物を取り込んで擬態するダンジョンが現れた。中には餌として、人間の好みそうな謎技術で作られた超常的な力を持つアイテムが転がっていた。多くの人間が貴重な餌を求めてダンジョンに挑み、少なくない人数が糧となる。そうして大きく成長したダンジョンが、子供を作り周辺の建物に取り憑かせて数を増やす。


「でもそれじゃどんどん増えちゃうんじゃ。」


「勿論ダンジョンは殺せるわよ。最深部のコアを破壊すればただの建物や洞窟に戻るのよ。」


説明しながらタマさんが廊下の先のドアを蹴り開け、一瞬の激しい戦闘の後に残った輝く宝石をボクに見せる。壁と一体化した宝石は白く輝き、鼓動するかのように明滅している。


「これを壊せばこの依頼は完遂っと。」


視界の隅を小さな何かが横切り思わず目で追った。それは宙に浮く三角形の機械のよう。そして静止したまま頂点から放たれた一発の赤い光線がコアを貫通してしまった。


これって、もしかして魔具?!


──それは、太古の昔。魔法は才能に左右される不確かな物だった。だけどニホンコクのもたらした科学技術と融合する事により新たな技術、“マギアーツ”が生まれた!

マギアーツの発展により魔法は機械に組み込まれ、大勢の人々の生活を支えて文明を一気に躍進させたんだ!そしてマギアーツを組み込んだデバイスこそが“魔具”!誰でも魔法が扱えるおもしろ機械!きゃーっ!タマさんの魔具もっと見せて下さい!


「ちょっと?!急に興奮してどうしたのよ?!暴れないでったら!」


急に目を輝かせ、宙に浮かぶ三角形の魔具を目で追うボクにタマさんは困惑しているようだった。


魔具がタマさんのパーカーのフードの中へ姿を消すとボクは自然と落ち着き、ため息を一つ漏らしたタマさんは近くのソファーにボクを座らせた。そして隣に腰を下ろしてボクを覗き込んでくる。


「ねぇ、ラフィって開拓者に興味ある?」


何気なく投げかけられたその言葉に、ボクは心をノックされた気がしてピクリと反応してしまう。


開拓者。かつて一度は文明の及んだ大地を再び拓く者の名。大勢の開拓者達の歩みが都市と都市を繋ぎ、人類の生存圏を踏み締め広げていく。何処までも自由な歩みで荒野を切り拓く背中にボクは憧れていた。


「はいっ!!」


勢いの良い返事にタマさんはクスリと笑い、尻尾でボクを突いた。



「ならさ。アタシと組まない?」



ボクの心に風が吹いた気がした。現実味を帯びた憧れが"もっと遠くへ"と体を突き動かす。湧き上がる嬉しさや感動でどうしていいか分からず、ボクはちょっと潤んだ目でタマさんを必死な顔で見上げた。


「アンタみたいな特異な力を持つ奴ら・・・ギフテッド持ちは開拓者なんてやらずにとっとと大企業に名を売る奴が多いけどさ。開拓者として経験と実績を積めばもっと上の巨大企業に就職だって夢じゃなくなるのよ。世間知らずのガリ勉野郎より、世界を拓いた経験のある利口な奴を企業は求めてんの。」


「勿論アンタを安く買うつもりはないわ。アタシの見立てじゃアンタのギフテッドは“相当価値の高い”巨大企業が喉から手が出るくらいに欲しがるような一級品。適当に騙して安く買い叩いたら、将来的に怖いしね。でもアタシに付いていけば、巨大企業に世間知らずと舐められる事は無くなるわよ?」


タマさんと組む?で、でもまだボクは10歳だし小さいし。


「ああ、大丈夫よ。開拓者は10歳以上で試験さえ突破出来れば問題無いの。昔の制度の名残が未だそのままってだけだけど。ま、普通は初期投資分のお金を用意出来ないとか実力的な理由で成人してから試験に挑むもの。でもそういう子も偶にいるのよ、気にしないでって。」


どうしようかモジモジしていると、タマさんの尻尾が頬をくすぐってくる。


「じゃあ先に報酬の前払いって事で。何でもしてあげよっか?そういう副業はしてないけど、アンタだけ特別にどう?」


急にどうしたんだろう?ニヨニヨと怪しく笑うタマさんは、パーカーのチャックをゆっくりと下ろして身を寄せてくる。ち、近いよ?タマさん、恥ずかしいからもう少し離れて下さい!


変な空気に呑まれたボクは首に巻きついた尻尾に引かれ、チャックの開いたパーカーの中に顔を突っ込まされてしまった。微かな汗の匂いに、ふんわりと甘い香水の香り、そしてあったかな体温に包まれて。急に鼓動の速くなったボクは固まったまま、タマさんの甘い声を聞かされる。


「ねぇ、何でもしてあげるからさ。どうしたいのかしら?」


な、何でも。


ピンっときたボクは顔を上げ、見下ろすタマさんに思い切ってお願いした!


「じゃあっ!さっきの魔具を見せて下さい!ええと、触ったり、したいですっ!」


──気恥ずかしそうにチャックを閉めるタマさんの隣で、ボクは宙をふわふわ浮く三角形の魔具を突いていた。黒い金属で出来た掌サイズの小さな魔具は、突いても握っても宙に固定されて動かせない。気付けば4つもの魔具がボクを囲んで宙に浮いていた。


「・・・軍の横流し品の訳ありだけど、改造してあるし動作は問題ないわ。シブサワ重工製、追従型自動迎撃ビット・通称ブラックキャット。不安定で気まぐれな性能なせいで直ぐに配備が中止されて、格安で卸されたのよ。」


ボクが知ってる魔具なんて、生活必需品指定を受けた簡単なやつとか駅前のお掃除ロボットくらいなのに。すっごい精巧でカッコいい!さっきはこんな小さな魔具で戦ってたんだ!


「アンタが近くに居るとコレも操作が安定すんのよ。自力じゃ1個動かすだけで演算容量がカツカツなのに、アンタの隣に座ってるだけで4つも同時に操作出来るわ。これ、軍用AIで取り回すのが前提の作りだから強力だけど取り回しが辛かったのよ。」


ボクに背を向けたまま説明するタマさんに、もう一つだけお願いしてみる。


「あと、その。タマさんの羅針盤、見せてください!」


開拓者がみんな持つ羅針盤は組合から支給される身分証であり、開拓者が未踏地で向かう先を迷わないよう導く踏破の象徴。タマさんが懐から取り出した羅針盤はキラリと光沢を放ち、ボクの掌に収まった。その時、針が揺れた気がした。タマさんの羅針盤の針がボクの行く道を指してくれたように感じたんだ。


ボクの小さい手には少し大きく感じるけど、しっかりとした質感と重量に手が震えた。タマさんが指先で羅針盤を突くと、急に宙へタマさんのプロフィールがホログラムウインドウに投影されて声を上げてしまう。


「きゃあっ?!」


「何よ、女の子みたいな声出しちゃってさ。自己紹介代わりよ。」


登録名、タマ。獣尾族。20歳、開拓者ランク25。ええと、エステルさんに聞いた話だと20で丁度一人前って感じじゃなかったっけ。


タマさんってやっぱ凄いんだ!照れたようにボクの視線をパーカーのフードで遮るタマさんは、誤魔化すようにイジワルな表情で。


「予備がまだあるし、アンタを抱いた状態なら最高幾つまで動かせるか試してみようかしら?」


悪い笑みを浮かべながら迫るタマさんに簡単に抱き上げられてしまい・・・満足するまで弄ばれたのだった。





     ※※──────────────────────────※※

冒頭の伏線が回収され、1話目のタイトルの意味も回収される第1章に当たる内容は完成済みです。

おねしょたを楽しみながら、サイバーパンクな世界で様々な哲学を中心としたエピソードを楽しめる作品です。

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