39 -虐殺と庭園

 キメラにされた者の無念を製作者であるケプシャルに刻みつけ、悲鳴を上げさせた広場にも大きな門が控えている。


 分厚い壁は高くそびえ中央地区をぐるりと囲み、守りはとても厳重だ。そこにある門も、先に燃やした門より立派で強固な作りとなっている。


 門の横には小さな扉があった。

 ここも門と同様、頑丈な作りをしているし、魔法での防御も幾重にもかけられ、小さいながら燃やした門より遥かに堅く、簡単に壊せるものではない。


 ここを通ればいよいよ中央地区。

 兵士や貴族などの特権階級者が住まう地域だ。そしてハーララの王が座する城もここにあるのだから、門や扉の作りが他と違うのも当然であろう。


 門の中には気配を隠し潜む者が居る。

 しかし、新月丸に対して気配を隠す、なんて小細工は通用しない。隠れている者の気配をしっかり読み取っていた。ただ単に「気配を隠すのが下手くそなんだよな……」と新月丸に思わせただけである。


 中に控える人数は数十人という規模では無い。数百名規模の気配がしており、先の門番より遥かに強者なのも感じ取れる。ここで新月丸達を不意打ちで倒すか拘束をした後に、の前に引きずりだす、という作戦なのだろう。


 念話テレパシーでウデーに連絡をする。


「その荷を奪われないように、そして砂に気をつけてくれ。ウデーは荷を守ってほしい」

「わかりました。荷を守ることを最優先と致します」

「うん、頼んだ」


 そう言う新月丸の顔は微笑んでいた。ウデーは不意に向けられた笑顔につい、見惚れてしまう。

(このお方は時として可愛らしく見えて困る……)


 門に手をかけた感じ、鍵は閉められていないようだ。気配を消し急襲するつもりなのだから、簡単に入れると油断させたほうが良いのかもしれない。


 軽く手をかけ門を押し開ける———振りをして、一気に門を破壊する新月丸。


万物砂塵サヴァニツニ・サンド


 大きく頑丈な門が一瞬で砂に変じ、大量の砂が内側に向かって流れ行く。その砂は中で待ち伏せる兵士の半数程を、埋めてしまった。大量の砂は重く、身動きが取れない上に鼻からサラサラと入ってきて、呼吸をしようと口を開けても激しくむせるだけだ。


 砂の下からは咳き込む音と、呼吸をしようともがく苦しみの声がしてきた。

 新月丸とウデーは、それを意に介さずその上を歩き、先へ進む。


 残った兵はまだ約100名以上は居る。

 集められているのは、それなりに精鋭部隊なのだろう。先の門番とは違い、この状態を見ても戦意の喪失をせず陣形を立て直した。


「素直に通すのなら、お前達にこれ以上は何もしない。しかし、邪魔をするのなら現世への転生が出来ない、消滅死でお前達を消す」


 新月丸はそう告げたが


「我らの命は我が王の為にある、神の信徒たる我らに敗北はない」

「我らの命は我が王の為にある、神の信徒たる我らに敗北はない」

「我らの命は我が王の為にある、神の信徒たる我らに敗北はない」


 を繰り返すのみで、戦いの姿勢を崩さない。


「そうくるか……仕方ないな……」


 左手を前に出し兵士に向けて再び、同じ魔法を唱えた。


万物砂塵サヴァニツニ・サンド


 この魔法は門などの物質であれば、サラサラと瞬時に砂になる。


 しかし。生あるものは、砂になるまでの一連の過程が異なっていた。身体に開いている無数の穴———毛穴や汗腺といった極小さいものから耳や鼻、その他全ての穴という穴から血液や体液が滲み出て身体はみるみる乾燥する。


 ミイラのように変貌してから砂へ———残酷な死。


 その間、僅か36秒程だが、砂になる直前まで兵士の意識も苦しみも続く。


「信徒共を楽に消してやる義理はないからな……」


 新月丸は味方や身内には優しい。特に自身が愛した存在であれば、甘過ぎるくらいに甘い。しかし敵対者や不品行な者、他者を踏み躙る者やマナーやモラルに欠けた者であるのなら、そこに一切の容赦がない。


 今回は先に「素直に通すなら」と声をかけただけ、優しかったと言えよう。


「さて……」


 辺りを軽く見回すと、見えない箇所にもけっこうな人数が潜んでいたようだ。そこかしこに砂の山が出来ていて、砂に変えられた兵の多さが解る。


「新月様が手をかざしていない所に居た者も、砂になるのですか?」


 広範囲に潜む兵が砂に転じる様を眺めていた、ウデーの素朴な疑問だ。


「あれは俺の半径666メートルに居て、敵意を向けている存在に効力を発揮するんだよ」

「唱えている内容には、それは含まれていなかったと思います」

「ああ、唱えてはいない。そこはそう、念を込めて唱えれば発動するからさ」

「そういうものなのですか?」

「そういうものなんだ」


 ウデーはサラリと答える王を見る。


 本来、魔法とは念を込めれば効果範囲が変わる———なんてものではない。けれども、この王は簡単そうに、さも当たり前のように広範囲に魔法を発動させていた。

(能力の底が見えない……でも、それでこそ私が仕えたい王のお姿)


 ウデーが密かに主をうっとりと尊敬の目で見ている中、新月丸は元兵士だった砂を踏み、歩き進む。


 ここはインフラ整備がとても美しくされている中央地区。

 道は石畳が敷き詰められ、砂漠地帯において貴重な水が小川として道の両脇に流れている。しかし、大きな門も、中にいた兵士も砂に変えてしまったので、この周辺はすっかり砂だらけだ。


 新月丸が目指しているのは、ハーララの王。


 王の居場所たる城を探すのはとても簡単だった。見ただけで【ここが神の住まう城です!】といった存在感がとても激しく、独特の威圧感を放つ建物がすぐに見えたからだ。


 ———薄く金色を帯びたその城は小高い丘にある。


「派手で解りやすいなぁ……」


 歩きながら城を見上げ呟く新月丸。

 小綺麗に整えられた街並みは、歩みを進め城に近付けば近付くほど、高級庭園といった雰囲気に変わってきた。貧民街との差は天地程にあり、贅の限りを尽くした作りだ。


 それはこの国の階級制度の激しさを如実に物語っている。


 道の脇を流れる小川の水は透き通り、キラキラと光を弾く。小川の水が溜まるよう所々に池が作られ、観賞用の魚が涼しげに泳いている。辺りに植えられた植物は美しい花を咲かせ、いい香りが漂っていた。


 庭を整え飾りにもなっている岩は、貴重な鉱石で一部の採掘場から掘り出されるとても高価なもの。確か月光国の一部にも、この石が産出される場所がある。そこは寒さ厳しい土地であり、掘り出すのは労力をとても必要とする貴重なものだ。


 そんな美しい庭園ではあるが、ここは月光国に敵意を向けるハーララの本陣。

 途中で襲撃の1つや2つはあると覚悟をしていたが、そういった様子は全く無かった。多くの兵士を砂にした、今し方の一方的な虐殺を何処かで見ていて策を変えた可能性は高い。


 敵襲もなく、人の姿もなく。

 とても静かな整えられた庭。


 美しく明るい庭園をかさかさと歩くウデーを見て、新月丸はクスっと笑う。

 この景色の中で一際、目立っていて物珍しく見えたからだ。


 ウデーは闇蟲やみむしと呼ばれる生物である。

 光をとても嫌い、本来は地下深くから出てこない。しかしウデーは光を克服している。そして、暗い場所や夜であれば同族召喚で配下の闇蟲を呼べる、この種を統べる存在だ。闇蟲、という名前だけあって、体色は漆黒である。光をあまり反射しない艶消しの黒だが、背に生えている毛だけは艶やかで、それが狂気を感じる見た目に拍車をかけていた。


「整えられ過ぎたこの庭に、ウデーの漆黒の身体は映えるなぁ」

「……そうでございますか?」


 ウデーはかわいく首を傾げた。


 たわいも無い会話をしながら城へ向かい歩き続ける1人と1匹。


 ウデーが歩いた後には、背にある荷から点々と血が垂れている。

 それはまるで、童話『ヘンゼルとグレーテル』が撒いた小石のようだ、と新月丸は思った。

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