24 -追跡者
書簡を携えたドラリンは真っ直ぐ、ハーララを目指す。
王より早く、それを届けるという任務を果たさなければならない。
いつも愛用している小さな鞄に大事な手紙を入れ落とさないようにした。
ドラリンは決して強くない。
元から持つ戦いの才能めいたものは薄い。それでも王の強い魔素値から生じるそれは、普通の人が持つ力とは桁外れなせいもあって炎を吐けるし飛ぶ力も得た。体が小さいので人を乗せたりはできないが、少しの荷を持ち単独で飛ぶくらいならけっこう早い。
今から出て王より早く、この書簡を届けられるかはドラリン自身も解らないが物怪は基本的に疲れを知らない。食料も要らない事から、食事も休息も必要とせず延々と飛び続けられる。王より早く、書簡を届けられるかもしれない。
城を出て月光国上空を飛び
安全が確保されている国内とは違い、どんな危険があるかは解らないのでなるべく、何かとの遭遇は避けたい。だからなるべく高い所を飛ぶ作戦にした。地上から24キロくらい上だろうか。正確な高さは測れないけれど、ここまで来れば絶対に亜人は居ないしモンスターも殆ど居ないと思われる。
但し「絶対に居ない」ではない。
殆ど居ない、の裏返しとして万が一、ここで出会ってしまったのなら相手はけっこうな強敵である可能性がとても高いのだ。移動力に優れているが攻撃力に乏しいドラリンのような存在であれば互いに無視してすれ違うだけだろう。けれども、もし何らかの強者なら。何か揉め事になるかもしれない。
ドラリンとしては、それを絶対に避けたかった。
この高さの空はとても寒い。しかし体の組織が布で出来たぬいぐるみ系の物怪であるドラリンに寒さは無関係だ。ぬいぐるみの繊維に多少の霜が付く程度だろう。
ここは雲の上、遥か上空。上を見ればどこまでも広く美しく青く、下にはまばらな雲が見えている。地上の天気も良く気持ちよさそうだ。
(このまま飛び続ければ、きっと王より早くに届けられるはず)
初めて承った今回の重要任務にドラリンは喜びを覚えていた。
話が出来る楽しさを教えてくれた。
自力で動きあちこちへ行ける嬉しさを知れた。
この任務により生きて帰って来られないとしても、拾ってくれ自由を与えてくれた王に恩義で報いたい。でも秘書2名から「生きて帰ってきてください」と言われているし、なるべく努力はするつもりだ。
飛び続けて半日が過ぎたのだろう。
明るかった空がジワジワと暗くなってきた。
暗くても飛べるし方向は解るけれど、独りで長く時を過ごしたせいだろうか。ドラリンは夜空を見るとなんとなく不安になる。残された家の窓から見る星空とは比べ物にならないくらい星々が綺麗にピカピカと光っているけれど、どこか寂しい気持ちにもなった。
静まり返った上空は気温とは違った冷たさが纏わりつく。
その空を、ドラリンが出せる限界スピードで飛び続ける。
寂しい気持ちが寒さを感じぬ体に冷たさを思わせたのだろうか?
気温を感じないはずの繊維で作られた体なのに、独特な冷気が身に染みて寒い。ドラリンはそれが何によるものか解らなかった。
(これははじめてのかんかくだ…)
その時、肩に下げている鞄から
「真下から巨大な生命反応有っす!」
「ティールせんぱい!?」
鞄から小さな頭が出ていた。
「1人で行かせるのは怖かったからコッソリ鞄に忍び込んでいたっす!」
「でも、どうすればいいの?」
「正体が解らないし、これは強いっす。僕等じゃ絶対に勝てないっす!」
「にげるしかないよね?」
「そうっすね!今はまだまだ下にいて距離があるっすから、その間に逃げ切るしかないっす!」
「わかった、ぜんそくりょくでとぶよ!」
今までも限界速度を出していたつもりだが、身に迫る危険に反応したのか。
かつて出した経験の無い速度を出せた。
しかし、寒さを感じるはずのない体に届く冷気は強まってくる。
「これはたぶん、普通のモンスターではないっす!僕も寒気がするっすよ!」
「どういうこと?」
「予想だけど、これは体を攻撃するのではなく魂そのものを攻撃できる存在っす!」
「もののけにたましいはあるの?」
「魔素識を注がれ動力となり、物怪の卵と呼ばれる状態から孵化しているから擬似
「じゃ、それをこうげきされたらしんじゃう?」
「体が残り卵を宿せて、そこに再び動力を得られれば復帰はすると思うっす。但し…」
「ただし?」
「今の記憶も無いし性格も違うと思うっす」
「え?」
「復活ではなく、残った抜け殻の肉体に新たな魂が宿るって事っすね」
「じゃ、ぼくがここでしんだら、いまのぼくじゃないってこと?」
「そうっす!それは僕も同じっす!だから逃げ切って欲しいっす!!」
書簡を届けた後、ハーララの
ある程度の諦めもつく。
でも、こんな所で正体不明の何かから魂を殺されるのだけは嫌だった。
それはただの無駄死にになる。
前の持ち主だった少女が「私、寒いの大っ嫌い!」と言っていた。当時のドラリンは話せないので「僕は寒いって感覚が解らないけど、嫌なものなんだろね」と心の中で返事をしていたのを思い出す。
(ああ、ほんとうにさむいってのはいやなものだったんだ…)
物怪であるドラリンに心臓は無い。
それなのに何かドキドキしてザワザワする。
早く、速く、もっともっと。
逃げろ逃げろ逃げろ!!!
その思いだけで飛び続けた。
チラリと一瞬、下をみると2つの青白い光が見えた。
等間隔にならんだ2つの光、それは恐らく目だろう。
「せんぱい!なにかしたにみえてきた!」
「間違いなく、あれは目っすよ!」
ティールは新月丸が直々に骨格を組み粘土で作った小さな人型だ。
直接作られ
しかし強い者が作れば確実に強い物怪になる、とは言えないのが物怪創造の難しい所だった。
その仕組みは不明な点も多く、解明されていない。
とにかく攻撃力に乏しく戦いには不向きだ。
けれどもティールは探査機能と気配を隠す事に特化した能力を有する。
(魂を追ってきている存在に対し今更、気配を消したところで時間稼ぎになるかな…でも、やってみるっきゃないよな…)
「方向転換は得意っすか?」
「ほうこうてんかん?」
「このまま直進ではなく、直角に近い形でジグザグに前へ進んで欲しいっす!」
「たぶんできるとおもうけど、すこしはやさがおちちゃうとおもう」
「それでもいいっす!なるべくスピードを落とさず頑張って!」
「わかった、やってみる!!!」
それと同時に素早く左へ進み、再び方向を元に戻し前へ飛ぶドラリン。
そのタイミングでティールは自分とドラリンの気配を消す呪法をかける。
これで誤魔化せたのか?
下からの追跡速度が少し遅くなったのを感じた。
「その調子でジグザグに進んで逃げ切るっす!」
「はい!」
気配を消してもまた、魂を追ってくる。
角度を変える度に気配を消し直す。
それを何度も何度も繰り返すしか今は方法が見当たらない。
それでもジリジリと距離を詰められているのを感じる。
そして、この寒さは魂を凍らせる寒さだ。
ティールもドラリンも少しずつ、動きが鈍ってしまう。
(これは逃げきれないかもしれない…でも、ギリギリまで頑張るっすよ!)
ティールは自分で自分に激を入れ、最後の最後まで諦めないと心に誓う。
下方からの追跡者が放つ2つの光が少しずつ、大きくなった。
—これは着実に追っ手が近付いている事を意味する。
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