04 -彼方と此方

 広い空

 広い大地。


 それはどこまでも続く。


 この世界には、手つかずの大地が広がっている。山と谷、森や砂漠、湖や川、海、そして危険な沼地。その中には、迷宮も堂々と、そして密かに潜む。


 獣人、亜人、そしてモンスターの類からアンデッドまで、人間種以外にも多種多様な生命が息づき、夜になれば、空には無数の星が輝く。


 冷たい風が身を切るような日もあれば、太陽が大地を溶かすかのごとく暑い日もある。


 ここが何処どこなのか?という疑問へ正確に答えられる者は、おそらくいないだろう。


 とにかく、此方こちら彼方あちらであり、彼方あちら此方こちら。双方の世界にとって此方こちら彼方あちらとは、死により行き来が可能の異世界——


 彼方あちらの世界には魔法という概念は存在しない。その代わり、油を熱に変えて動く機械や、雷を利用してさまざまな効果を生み出す装置が発展している。


 一方、此方こちらの世界には魔法が当たり前に根付いている。しかし、油や雷を動力源とする機械などはほとんど存在しない。

 

 近頃では記憶力に優れた異世界人が、どこかで見覚えのあるそれらを作ろうと試みているが、成功事例は極稀で実用化には程遠い状態だ。


 ここには様々な国もある。


 戒律に厳しい国、緩い国。

 自由の多い、国少ない国。

 国民主権の国があり、独裁制の国もある。


 他国間の行き来はある程度、制限している国が多いと思われる。思われる、としているのは、とても広いこの世界にある国々の全てを各国、把握していないからだ。


 世界一周を叶えられた者はいない、とされているのだから広さは尋常ではない。


 隣接する国や比較的近くにある国同士なら、お互いを把握している。それらの国々は国交があったり、貿易がされている場合が多いようだ。


 けれども、あまりに遠い国だと、この広大な世界では互いに存在を知らないし、知る必要性がない。


 知性ある生き物が住む世界には、必ず問題が起きるものだ。知性は欲望を招く。


 欲望は善き方向にだけ伸びるものではなく、財産や身分という概念が形成され、やがてそこから私利私欲が発生し始める。


 私利私欲は様々な『良くない事』を起こす原因になるのが、世の常だろう。


 それは、犯罪と戦争である。


 基本、国と国はかなり離れている上に、国土は各国とても広い。


 そのため、領土拡大の侵略戦争というのは、長い時を振り返って調べても、とても少ない。犯罪に関しては、残念ながら国によって治安に大きな差がある。


 住みやすさや、過ごしやすさは国により天地の差が生じているので、自国から逃げ他国へ移住したい人が出てくる。


 そうなると脱出を許さない国と、保護した国とで揉める国家間の戦争が時々、起きるのだ。


 こういった戦争で、徹底的に滅ぼし狩り尽くすという戦に発展する事例は殆どない。


 それは彼方あちら——現世と大きく異なる部分だろう。双方の世界で同じなのは住み良い国と、そうではない国が存在している、という現実。


 この世界でどちらかが滅ぶまで戦う、大戦争が起きるとすれば、それは世界をもっと大きく捉えた、多次元間との戦いとなるが、それはまた別の話である。


 そして、大戦勃発は途方もなく先の予定なので、今はまだ考える必要のないことだ。


 ——此方こちらの世界と彼方あちらの世界の考え方は、多少異なっている。


 彼方あちら——現世では一般的に、独裁制は悪いものとされがちだ。


 実際、彼方あちらの世界にある独裁や独裁に近い国の殆どは、暴君が支配しているのだから歓迎されるわけがない。


 しかし此方こちらの世界では、王や皇帝の資質ある者が上に立てたのなら、独裁国家こそ国が長期間にわたり、最も落ち着く形であると周知されている。


 その証拠に、長い間……数百年数千年の規模で落ち着いている独裁制の国はとても人気だ。


 広大な世界にある国の1つ『月光国』は絶対王政の独裁君主制。けれど、王と国民の距離が近く、王から選ばれた各官吏や官僚に汚職なんて文字は見られない。


 この国は民主主義的独裁君主制という、矛盾した呼ばれ方を国内外からされている。


 3年に1度「王の支持率」を調べ、過半数に満たなければ王自身が「王を辞める」と言っているからだ。


 それでは独裁制と言えない、と言う者も居るけれど『その仕組みそのものが、王の絶対命令』で制定されているのだから複雑である。


 他の事は、王の一存で決めることが多いのに、自身の『王という地位』だけは選挙制とも言える方法で、続けるか退くかを決めると言い張って聞かない。


 王と親しい者達は皆「あれは王という立場に執着がない」と評している。


 前の国から今の月光に変わる経緯で王にならざるを得ない、という形で王の座に就いたので、その立場は彼にとってもしかしたら不本意なのだろうか。


 ここは少し前まで恐怖と搾取で民を縛る独裁制であり、帝王が全てを握り国の名も今と異なっていた。身分制度が激しく、高い身分の者が低い身分の者に、どんなことをしても罪に問われない。


 逆に低い身分のものが高い身分の者に、僅かでも手出しをすれば、それが防衛であったとしても重罪とされた。


 国から逃げ出す計画がバレたり未遂で捕まれば、見せしめの拷問や処刑が大広場で行われ、それを見るのも国民の義務。招集があったのに、見に行かないのであれば同様の罰を与えられる強制参加。


 その他、多くの因習や悪法があり、誰もが住みたくない国だと口を揃える最悪の国の1つだった。


 独裁制は上に立つ者の質が、国の性質と国民の幸せを大きく左右する。


 前の独裁国家から「月光国」に代わり平和な絶対王政になって、さほど長い年月は経っていない。


 つい最近、2回目の支持率チェックがありその結果、向こう3年は王を継続すると決まったばかり。


 いつでも王を退いていいですよ〜な姿勢をしているのに、先の投票結果で『支持する』が9割を超えた。


 ちなみに「支持しない」の1割は前体制の国で、特権階級にあった者だと推測されている。


 現王が王に向いていたのか、はたまた側近が出来すぎなのか。とにかく月光国は短期間で、とても落ち着き安定した国に成長し、更に発展している最中だ。


 帝王が支配する独裁制の国から、現王制の国へ代わった経緯は、月光国国家図書館に保存されている歴史書に詳しい記載がある。


 興味が湧いたのなら、何時か見てみるといいだろう。

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