第78話 モフってもいいですか?

メイヴィス「マルス。先祖返りというのは獣人の間では蔑称として使われる事もある言葉だぞ」


マルス「え? あ! 失礼いたしました!」


素直に謝るマルス。


「別に何と呼ばれようとどうでもいいにゃ」


ただちょっと意外であった。貴族、特に王族というのは決して謝ったりしないというのが定番だが、マルスは謝れる人間のようだ。


日本にも、王族貴族でもないのに絶対に謝れない上司というのがたくさん居た。(あやまったら裁判になった時に不利になるみたいな風潮が蔓延しつつあったのかも知れないが、社内で部下に対して、絶対にミスを認めない上司というのが多かった。)


だが、それに比べると謝れるというだけで好感度はかなりUPである。


マルス「あの……」


「…? なんにゃ?」


マルス「…触っても…いいですか?!」


「ダメに決まってるにゃ」


そう言われてマルスは上げかけていた手を止めた。


メイヴィス「よいではないか? 少しくらいモフらせてやっても?」


「…じゃぁマルス、まずはメイヴィスを撫でてやれ。体中、たっぷりとにゃ」


マルス「え…」


メイヴィス「わ…儂は別に構わんぞ?」


マルス「僕が構いますって」


「じゃぁメイヴィスがマルスの全身をモフってやるにゃ。それができたら俺に触ってもいいぞ?」


マルス「え…」

マルス「ちょ、メイヴィス殿? なんですかその手付きは?!」

メイヴィス「儂は別に構わんぞ?」

マルス「だから僕が構います!」


「どうにゃ? お前は、良く知らない赤の他人に体中をまさぐられて嬉しいか?」


マルス「そ、そうですよね! あまりに毛並みが良さそうだったので…どうもすみませんでした!」


ガバっとマルスが頭を下げた。


なるほど。ちゃんと説明すれば聞き分けられる頭脳と柔軟性はあるのか。日本に居た頃、新卒で入ってきた後輩社員達と同じかな。教育や躾けが残念な事になっている子が多かったが、教えれば意外と素直に吸収し成長する子も多かった。(まぁ中には言っても聞かない奴もいたが…。)


マルス「それで、彼が、メイヴィス殿が探していた人物なのですか? てっきり人間だと思っていたのですが、獣人族とは意外です」


メイヴィス「あ~彼は【獣人族】ではない、【妖精族】じゃよ。別名【賢者猫】とも呼ばれる。魔法が得意じゃ、儂でも敵わんかも知れんぞ?」


マルス「賢者メイヴィスより…? 本当ですか?!」


「知らんにゃ。どうでもいいにゃ」


本当は良くない。別にライバル心などはないが、自分より能力が高そうな相手には少々警戒はしている。万が一敵対した時に、相手が自分と同等以上の能力を持っている可能性があるのはやっかいだからな。(その辺、探りを入れるためにメイヴィスに近づいたという事もあるのだ。)


まぁ中身があの善人の堀川部長だから敵対する事はないとは思うが……まぁ分からない。こちらで長く生きているから、人が変わっているかも知れないしな。


俺はそこまで人間を手放しで信用できない。いつだって、気を許さず一線を引いて警戒心は残している。


なにせ、前世の日本では、信頼できる人間関係を構築できた経験がなかったからなぁ……。一番信頼できるはずの親が毒だったしな。多少なりとも信用できた大人は堀川部長くらいだった。


堀川部長の事は、前世ではちょっと父親のように感じていた部分もあった。というか、一般的な家庭の普通の父親というのはこんな感じなのかなぁ? と思ったものだ。優しくも有り、厳しくも有り……しょうもない部分もあり。


俺の父親はほとんど家に帰ってこなかったし、帰れば母や俺に暴力を振るうクズだったからな。


まぁ人間やめちゃった俺だが、別に『全ての人間は敵だ!』などと尖った事を言うつもりもない。ある程度、表面的・良識的な付き合いはできるつもりだ。


あくまで表面的、だがな。もし百パーセント信じて、裏切られたら悲しすぎるから……。


『裏切られてもいい、許せると思えるのが本当の愛だ』


などと前世で地下アイドルに入れ込んでいたお馬鹿な同僚が言っていたが、俺には愛する者など日本ではできなかったから知らん。


『人は一人では生きてはいけない』なんて言う奴もいるだろうか? (メイヴィスあたりは言いそうだ。)そりゃそうだろうが、だからといって全ての人間が心から信じ合い愛し合っているわけではないだろ? 


最低限度の適度な協力関係というだけの話だ。


他者と深く関わるほど、悲しい思いをする事も増える。


意見や価値観の一致なんて絶対にありえないからな。


だが、深い関わりを持たなければそれもない。

俺の基本はそれだ……。




  +  +  +  +




翌日からは、マルスの案内で街の観光をするようになった。マルスは庶民と変わらないラフな服装で、とても王族には見えない。


むしろまんま服を着た猫である自分のほうが目立っている。


メイヴィスに初めて屋敷の外の店に食べ歩きに連れ出された時、店の人間には結構ギョッとした顔をされたものだ。


メイヴィス「そう言えば、お主は【認識阻害】や【隠蔽】の魔法は使えないのか?」


「…使えるにゃ。ほとんど使ったことないので、すっかり忘れてたにゃ」


必要であれば魔法で姿を人間そっくりに変える事だって俺にはできる。


だが、俺は自分の姿形を隠す必要性を特に感じていなかったのでしなかったのだ。(ムサロの場合は獣人差別という問題があったので、もし隠していればあんな騒ぎ・・・・・は起きなかっただろうが……差別があるなんて知らなかったのだから仕方がない。)


俺はメイヴィスに言われて早速【変身】しようとしたのだが、メイヴィスにしなくてよいと言われた。


理由は色々ある。皇宮では魔法の使用が制限されているし、王族が行く高級店などでもセキュリティの都合上、隠蔽系の魔法が嫌がられるケースは多いと言う事であった。


だがメイヴィスには別の意図もあったようだ。俺の存在について、街の人間にも少しずつ慣れてもらいたいという事である。


(まぁ庶民の店では、状況により、必要に応じて【認識阻害】などを上手く使ってトラブルを避けるのも手だそうだが。極力素の姿を見せておけと言う事だったのでそうしている。俺も別に隠す理由もないしな。)


さて、マルスに案内されて帝都を歩き回っているわけだが…


「……なんか尾行つけられてるにゃ? 複数の人間が周囲に居て、一緒に移動しているにゃ」


マルス「気付かれましたか?」



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