第60話 王家動く

■エイケ侯爵


「どうした慌てて! 何事か?!」


執務室で書類仕事をしているところに執事が慌てた様子で駆け込んできたのだ。


執事「それが、王都から軍隊がやってきました」


「…は?」


執事「軍の指揮官が挨拶に来ております」


応接室に待たせているというので行ってみると、なぜかそこにはガストが居た。そしてガストの向かい側に座っていたのは、どこかで見た事のある顔の騎士であった。


「……レイゼル?」


レイゼル「お久しぶりですな、侯爵」


レイゼルはかつて、儂の親衛隊=第一騎士団の団長だった騎士である。実力はなかなかのもので、第二騎士団の副団長を任せたかったのだが、団長でないなら嫌だと言いおったので、第一騎士団の団長にしたのだ。(※レイゼルは第二騎士団長のワズローよりも自分のほうが実力が上だと言い張っていたが、客観的に見て、剣の腕ならばワズローのほうが上であるのは明白であった。ただ、団長としての実力は必ずしも個人の剣の腕だけでは計れない。軍隊を指揮する戦略や、上位の者との対応や根回しなどまで含めて総合的に判断すると、確かに実力はレイゼルのほうが上と言えるかも知れない。そういう意味ではレイゼルは儀礼重視の第一騎士団には向いていたと言える。第二騎士団はひたすら戦闘的な実力重視の粗野な集団なのである。)


だが、せっかく第一騎士団の団長に据えてやったのに、レイゼルはその後すぐに去ってしまった。王都の騎士団から引き抜きの話があり、あっさりその話に乗って王都へと向かったのだ。


「何故お前が? 一体何をしに…?」


レイゼル「まず、何故私が? それは私が王都の騎士団の総司令官になったからですよ。今後はレイゼル将軍と呼んで頂きましょうか」


そう言ってレイゼルが見せたのは、王家の紋章であった。


「なんと…!」


非常に出世欲の強い男であった。実力もあり、権謀術数にも長けていたが、王都でもその手腕を発揮して出世を果たしたという事か。


レイゼル「次、何をしに来たか? それはこの国の貴族を殺した獣人を討伐するために、だ。ワッツローブ伯爵領の騎士団が壊滅したそうじゃないか?」


「なぜそれを? …ガスト、お前が報告したのか?」


ガスト「いえ、私は何も…」


レイゼル「報告などなくても、情報はすぐに王都にも伝わるようになっているのさ。君みたいに、王家に失態を隠して報告しない貴族が多いからね。ああ、ガストには事情聴取のために来てもらっただけだよ」


「…陛下がワッツローブ伯爵のために軍隊を派遣して下さったと?」


レイゼル「まぁそんなところだ、伯爵のためというのは微妙な感じだが…侯爵も知っているだろう? 国王陛下は獣人に舐められるのを酷く嫌うのでな」


だからこそ、獣人にやられたなどと報告できなかったのだ…。


レイゼル「ところで、どうやら我々より先に、エイケ侯爵が騎士団を出してくれたらしいな?」


「む…まぁ、そうなのだが…」


レイゼル「そして、派遣した第三騎士団も壊滅したとか?」


「そこまで知られているか…、まだそれほど日数も経っておらんのに…」


レイゼル「言ったろ? 各町に配置した王家の諜報員から情報はすぐに伝わるのさ。もちろん、エイケ侯爵の街の情報も王家は把握しているぞ?」


「…確かに、第三騎士団は壊滅したが、現在、第二騎士団を派遣して、犯人の獣人を討伐させている。レイゼルの出番は…」


レイゼル「将軍・・、な?」


「…レイゼル将軍の出番はないだろう」


レイゼル「だといいんだがな?」




  +  +  +  +




■カイト


「別に問題ないですがにゃにか?」


ワズローが俺の魔力はもう尽きているなどと言うので反論したのだが、どうやらワズローは信じていないようだ。


ワズロー「強がるなよ、分かっているぞ? 内心では冷や汗をかいているのだろう?」


「いや別に」


ワズロー「すぐに分かるさ!」


そう言ったワズローが一瞬で距離を詰め短剣で斬り掛かってくる。


だが、もう剣士ごっこは止める事にした俺は、魔法で対処する。ワズローは斬れる間合いに入る前に、見えない魔法の壁にぶつかった。


顔から突っ込んだようで、鼻を押さえて涙目になっているワズロー。だがすぐに立ち直り、障壁を短剣で斬りつけ始めた。


攻撃し続ければそのうち魔力が切れると思っているのか、鼻血を垂らしながら何度も何度も斬りつけるワズロー。


「いくらやっても無駄にゃよ。その程度の剣撃で壊れるようなヤワな障壁じゃないにゃ」


ワズロー「騙されんぞ、そうやって止めさせようとするのが、実は破れかけている証拠だ」



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