第9話 数名の騎士が訪ねて来た(がそれはともかく…)

■妖精猫


街を出て森の中の塒へ帰った俺は、ベッドに腰掛けくつろぐ。


人間の街に行くようになってよかったことの一つは、毛布やクッションなどの柔らかい寝具や布製品が手にはいった事だろう。猫人、というよりの身体の俺は堅いベッドの上でも丸くなって寝られたが、やはり柔らかい布団の上のほうが心地よい。


金はあるので高級な寝具を大量に購入して塒にストックしておいた。


俺は掛け布団を丸めて背もたれにして、今日街の屋台で仕入れた料理をいくつか取り出して摘みながら、街で買ってきた本を読み始める。


読書用のリクライニングソファーなども買っても良いかもしれない。いや、自分で作ったほうが早いか。そのうちやってみる事にしよう。


ちなみに、この世界では本はそこそこ高い。印刷技術がないので、安く大量生産する事ができないからである。


(※この世界は魔法という便利なものがあるため、純粋に物理的な仕組みを使った道具や技術が発展しにくい傾向があるのだ。)


ただ、庶民にまったく手が出ないというほど高いわけでもない。


印刷機はないが、その代わりに魔法を使った印刷(複写)技術が存在するのだ。文字を複写する特殊な魔法・スキルを持っている人間が、文書や絵画を複写・製作するのである。


ただ、その魔法を使える者があまり多くないため、本は大量には生産できず、それなりに高価なものとなるのだ。


街に行くようになって俺は、街に本屋があるのを発見した。そして売られている本を試しに一冊買ってみたのだが……掲載されていた連載小説にハマったのである。


娯楽の少ない世界のようなので、かなり高価な本もそれなりに売れているというのも理解できる。(ちなみに作家は隣国の人間らしい。こんな世界なので新刊が地方まで伝わってくるのには時間が掛かるのだが。)


俺は前世の日本に居た時は、結構読書好きであった。(まぁ社会人になってからは忙しくて休憩時間にネットのラノベを読むばかりになってしまったが。)この世界に来て十余年、まったく本を読む機会はなかったが、やはり読書は良い。


多少行儀は悪いが、ムシャムシャと市場で買ったアップルパイを齧りながら本を読む。


食べると喉が乾くので、お茶を入れてある。水魔法で出した水を鍋に入れプチ火球を投入して一瞬で沸騰させる。いつもはそこに自分で森で採ってきた茶葉を入れるのだが、今日は街で仕入れてきた茶葉にしてみた。


しばらく待ってから、カップに注ぐ。自分で作った木製のマグカップである。そして、氷魔法でお茶を冷やす。あっというまにアイスティーのできあがりである。


魔法で何でもできてしまうのでとても便利である。なるほど、電化製品のような“魔法を動力としない道具や技術”が発達しないわけである。


アイスティーを飲み、アップルパイを齧りながら本を読んでいると、外から呼ぶ声がした。


窓から覗いてみると、屋敷の庭に、数名の騎士が居た。


ちなみに、家はすべて俺の手作りである。


俺はこの世界に転生した後、転生した森の奥深くの泉に一人で留まり十年を過ごした。その間、何をしていたかというと……


実は、家を作る方法を考案、試作していたのだ。


俺がこの十年、どのように生活してきたか、転生してきた時の事を少し語ろうか。




  +  +  +  +




■カイト・転生前


まぁ、俺の日本での人生などどうでもいい。一言で言うなら、何も良い事のないロクでもない人生だったって感じだ。以上。


え? もう少しちゃんと説明?


ん~、名前は鷲巣界渡ワシズ・カイトだったな。日本で底辺サラリーマンをしていて突然死した。


死因? 過労死かな。


ブラック企業でパワハラ・モラハラ上司に恫喝されながら這いずり回りストレスで胃に穴が穿く、そんな生活で。


ある日、寝ている間に心臓発作を起こしたらしい。(なので死んだ瞬間の記憶はない。)


社会人になる前? それもロクな人生ではなかったな。


ネグレクト気味の毒親の元に生まれ、小中学校ではイジメに遭い。高校では体育会系の脳筋教師・先輩に苦しめられ、大学へは進学させてもらえず、ブラック企業に就職して忙殺され人生を終えた。


だから言ったろ? 何も良い事のない、ロクでもない人生だったって。


だから、自分が死んだと知った時は、やっと、あのくだらない人生から離脱できたと歓喜した。


そして、死んだ事の説明と転生についての簡単な事前説明、進路選択の後、新しい世界が始まった。


くだらない人生はもういい。転生した今、大事なのは、これから始まる新しい世界、新しい冒険だ。


■転生一日目


異世界に転生した俺は早速呟いてみる。


「ステータス」


すると、半透明の情報板が出てきた。


そこには


名前:カイト

種族:Cait Sith(カイト・シス)

年齢:15歳


と書かれていた。


ただ、条件に合っていたから選んだだけで、俺が選んだCait Sithというのがどんな生物なのか、この時点では良く分かっていなかったのだが。


条件は……


転生するならやはり、最強のチートが欲しいのは当然だろう?


人の顔色を見ながら生きるくだらない人生からやっと開放されるのだ。今度こそは自由に生きてやると誓ったのだ。そのためには、何者にも負けない力が必要だ。


転生先はもちろん、魔法があり、竜や魔物、妖精などが居るファンタジックな世界を選んだ。そして、あらゆる魔法が制限なく使える、魔力が豊富な種族というのを条件として希望したのだ。


ああ、それともう一つ、条件があった。それは、人間ではない種族という事。もうくだらない人間関係やらに翻弄されながら生きるのが嫌だったのだ。


他者と関わらず、孤高に生きられる種族(生物)が良かった。


そして、条件にあった種族を提示してもらったのだが……


並んでいる名前を見ても、何一つ知っているモノがなかった。


ただ、その中に自分の名前に似たものがあった。


Cait Sith(カイト・シス)


自分の日本での名前(鷲巣界渡ワシズ・カイト)と似ていたので目についた。(※実はこれがカイトシスではなくケット・シーと読む事を知ったのは転生後十年以上経ってからになるのだが。)


詳しく訊いてみたら、このカイトシスという生物は俺の出した条件にピッタリあっていたので、それがどんな生物かも聞かずに即決した。


後で考えると、蜘蛛とか蛇とか、あるいは俺の嫌いな昆虫とかの可能性もあったのだから、確認すべきだったと思うが。


その時は何でもいい、人間よりはマシ。人間ソレに比べたら、ウジ虫のほうがまだまともな生物な気がすると思っていたのだ。


俺はブラック企業でパワハラ上司にすり潰されるような生活をしていたため、その時はそれくらい、人間というものに絶望していたのだ。


さて……どんな生物になったのか?


あらためて、俺は両の手を見てみると……


……肉球があった。



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