11

 



 ──悪代表を探しに行こう。


 気は確かかと疑いたくなるような提案を発したジルは、輝かんばかりの笑みをその顔に貼り付けたまま小刻みに体を震わせる。軽く曲がるどころか頭部に張り付くように垂れた獣耳は、彼の抱いているであろう恐怖を見る者にひしひしと感じさせた。

 しかし、残念なことに、今ここに彼を助けてくれる者はいない。約二名の人物はジルの目の前で彼を見下すように腕を組んでいるが、彼らの中に震える獣少年を助けるという選択はない。寧ろその逆だ。


 ジルは後悔した。つい先ほどの自分をぶち殺してやりたいと思うほどには。


「──ジル、浅はかな考えは愚かなのね」


 地を這うようなミーリャの声に、ジルは正座をしたまま背筋を伸ばす。その頬を流れる汗は多量だ。


「い、いや、しかしですね、俺はそもそも悪を目指しておりましてですね……」


「悪、だって……?」


「すみませんごめんなさい殺さないでください」


 射抜くようなオルラッドの鋭い視線に、耐え切れないとばかりに少年は土下座をかます。床に額をこすりつける勢いの彼に、オルラッドが額に片手を当て、軽く首を横に振った。


「ジル。君はわかっていない。悪の道がどれほど愚かしいものなのか」


「そうです俺は愚か者でございます」


「悪になったからといってどうするつもりなんだい? そもそもなぜ君のように純粋な子が悪などという薄汚れた立場を目指す? 俺には到底理解できない」


「それは……」


 思わず黙りこくったジルを、全てを知るミーリャは見つめる。どこか哀れみを含んだ眼差しをうかべる彼女に、オルラッドは不思議そうな顔に。「何か知っているのかい?」と問いかける。


「……ジルの住んでた村が襲われたのよ。そして、ジル以外の村人は残虐かつ冷酷に殺された」


「なんだって……」


「……真実を知りたければ悪の頂点になれ。敵はジルにそんな挑戦状をたたきつけ、ジルはその挑戦を受け取った。つまり、コレはコイツの復讐のための道なのね」


 紡いだミーリャに、オルラッドは拳を握る。「それは、許せないことだ……」。そう告げる彼に、下を向いていたジルはゆっくりと顔を上げた。透き通る翡翠の瞳に、迷いは無い。


「俺は真実を知りたい。村の奴らがどうして殺されたのか、母さんがどうして殺されたのか、どうして俺だけ生き残ったのか……知りたいから、悪になる。悪になって、頂点を目指す」


「……ジル」


「……つーか、オルラッドはなんでそんなに悪を毛嫌うんだ? いやまあ、別におかしいことはないけど、なんてーか、ちょっと異常でない?」


 今なら状況打破に持ち込めるかもしれないと、ジルはその顔をオルラッドへと向けた。純粋な色を宿す翡翠の瞳に己の姿を映し出しながら、赤毛のイケメンは少し沈黙。暫くして、何も言いたくないというように口を閉ざした。軽く伏せられた顔は、どことなく苦々し気だ。一体どうしたというのか……。


「……なあ、オルラッド」


「……聞かないでくれ」


 紡いだオルラッド。ジルは目を瞬いてから、これ以上踏み込んではいけないと小さく頷く。


「……バカらし」


 ミーリャは吐き捨て、頭をかいた。そして嘆息し、改めてとジルを見る。


「ジル。ミーリャはお前について行くと決めた。だからお前がどんな選択をしようとも共にいるのよ」


「ミーリャ……」


「……真実を知りたいというお前の気持ち、よくわかるもの」


「ミーリャは探究だからね」と微笑む彼女に、ジルも笑う。和やかな空気が流れたことにより、張り詰めていた空気が雪解けのように溶けていく。

 オルラッドは笑った。そして、「そういうことなら」と己の胸に手を当てる。


「俺も共に行こう。これもなにかの縁だからな。それに、旅は道連れという言葉もあることだしね」


「オルラッド……」


 ジルは感動よろしく翡翠の瞳を輝かせ、立ち上がり、そのままオルラッドとミーリャに飛びついた。驚くふたりに「ありがとう!」と零す彼は、晴れやかな程に笑顔である。


「俺、頑張る! 頑張って悪の頂点になる! だから二人とも、迷惑すげーかけると思うけどよろしくな!」


「はは、もちろん」


「迷惑は今更なのね」


 少し照れたように微笑むふたり。ジルははしゃぐように飛び跳ねながら、もう一度、「ありがとう」を口にした。

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