ヒーラーとしての修行

 公邸に着くと、すぐにラセルはゴテゴテ王子様ファッションを身を包み、猫外交の準備を始めた。


 腰に剣を帯びるのがこの世界での王族や貴族様なのだが、鞘だけが美麗で、中身は町で騎士団の人に買ってきてもらった付け焼刃なものを装着している。


「ごめんね、高い剣だったんでしょ? 私が杖に変えたせいで迷惑かけちゃったね」


 普通に悪いと思ったから謝ったのに、ラセルは大げさなくらいビビッている。


「カナが殺気を帯びずに俺に謝っている……なんでだ!?」


 失礼な! 私だっていつもいつもキリキリ睨みながら謝ってないわ!


 またいつもの殺気を帯びた目でラセルを睨むと、ラセルはなぜか嬉しそうに私の頭をぽんぽんする。


「そうそう、お前はその人間100人くらい殺したような目をしてるのが一番いいぜ」


 うっせーわ。1人も殺してないわ。


「それに、この国で街中で剣を抜くようなことはまずなさそうだから平気だ。あったとしても腕でカバーできるぜ。俺は剣士としても超一りゅ…」


「あーはいはい、わかりました。猫外交行ってらっしゃーい」


 とりあえず、ラセルを馬車に押し込んで……と。


 誕プレで豪邸二棟分の剣を買う、という一大プロジェクトのため、私はキースとコッソリ約束していた、公邸の裏庭へ向かった。



◇◆◇


「じゃあさっそくヒーラーとしての心得を話すね」


「よ……よろしくおねがいします、師匠!」


 ギリッとした目でお願いしてしまったが、キースもこの凶悪な目は慣れたのか、人を殺したような目はスルーしてくれる。


「治癒魔法はタイミングが大事だ。大けがしているのに治療が遅れたらアウトだし、逆に治療する必要もないのにバンバン治癒していたら、ガス欠で肝心な時になにもできなくなる」


「うん」


「じゃあ、とりあえず、カナが連続でどれくらい治癒ができるのか見てみようかな」


 そう言うと、キースは腕をめくる。そして、腰の剣を抜いた。


 いやな予感。


 ぶしゅ……っ! キースは躊躇うことなく、自分の腕を剣で斬り裂いた。


「ぎゃぁぁ…! あんた何やってんのよぉぉ! 血まみれじゃないのぉぉ」


「ほら、カナ、治癒しないと」


「……ヒール」


 しゅしゅわ~とキースの傷が消える。


「それじゃ連続でいくね」


 ぶしゅ……っ


「ヒール」


 私は連続でヒールをした。


「そろそろ疲れたんじゃない?」


 キースは心配そうに聞いてくるけど、特に疲れてはいない。それよりキースの方が痛いのが連続でしんどいのではないだろうか。


 そしてあることに気付いた。


「もう一回やってみて」


 キースが刃を腕に当てる瞬間にヒールをかける。すると、血が一滴も流れずに治癒ができた。


「おお! 全然痛くもなかった。やばいかも、今の」


「うん。タイミングだね!」


 まぁ実戦でこう巧くはいかないとは思うけど。こうなってくると早くダンジョンとやらに行きたくなってくる。


 そんな時に「なにやってるんですか!?」と、裏庭にビスが割り込んできた。レイナも一緒だ。


「まったく、まだダンジョンへ行くの諦めてなかったんですか!? 殿下にバレたらどうするんです?」


 ビスが怒り心頭とばかりにキースに詰め寄る。


「ほんとですよ、キース様。カナ様が怪我でもされたら、キース様は生きてこの国から出られませんよ!」


 レイナも同様だ。けど、4人いれば簡単なダンジョンならなんとかなるんじゃないかな。


「ねぇ、ビス、レイナ一緒にダンジョンへ行ってよ」


 私からそう声をかけた。二人はキースが無理強いしていると思っていたようで驚愕、という表情を浮かべた。


「な……なぜダンジョンなどに行きたいのですか? 危険がいっぱいですし、あまり女性が好むようなものではないですよ」


「豪邸2棟買うためよ! お金のためなら危険なんて厭わない! だってビスが守ってくれるでしょ? 国の中でトップクラスの実力派って聞いてるけど」


 うっとした表情でビスが言葉を詰まらせる。真面目そうなタイプだけど、褒め殺しておけばなんとかなるでしょ。


「レイナも一緒に行こうよ」


 そしてこうぼそっと繋げる。


「ビスのカッコいいところ見れるかもよ」



◇◆◇



 ダンジョンに入るためには、国ごとに定められているギルドっていうところで登録しなければいけないらしい。


 みんな偽造した身分証明書で冒険者登録をしている。


 キースもビスも、れっきとしたキャッツランドの貴族で、この国にとっては、いわゆる外国の要人ってやつだ。一般庶民ではないので、そのまんまの身分を名乗るわけにはいかない。


 ただ、彼らの主君であるラセルもよくやっていることなので、あまり罪の意識はないらしい。


「外国からいらした方はムリされがちなので、気をつけてくださいね~」


 にこやかに受付のお姉さんは見送ってくれる。


 ちょっとドキドキしてきた。ジェットコースターの順番待ちしている気分よ。キースが盾をやってくれるということなので、先導してくれることになった。


 ダンジョンとは薄暗くて怖いのかと思っていたが、キースが魔法で明かりを照らしてくれているおかげで快適に前に進めている。


 前の世界での鍾乳洞のような、入り組んだ道を前へ、前へと進んでいく。


 キースの剣が空気を薙いで、襲いかかるモンスター達を退ける。緑色のそんなに強くない敵でゴブリンっていうらしい。


 ファンタジーとかで聞いたことある名だな……と思ったりもして、でもこれだとキースだけで攻略できちゃいそう。後続の私たちは暇すぎて何もやることがない。


「たのしーい!」


「楽しんでるのキース様だけです!」


 レイナがすかさず突っ込みを入れる。活躍しているのが愛しのビスではないので、不満なようだ。


「けど、強い敵いないなぁ」


「さっき出て行った冒険者たちに狩られた後なんじゃないですか」


 ビスが面白くなさそうに呟いた。


「もっと奥行ってみるか」


「そんな…殿下にバレたらどうするんです? 早めに戻らないと!」


 レイナが止めたが、キースは聞かない。


「大丈夫! 今日で大半の貴族の家に回るって言ってたから。あいつ今ごろ猫になって、マダム達に撫でまわされてるんだよきっと」


「人の不幸を面白がるのはいけないことですよ、キース様!」


 レイナがだんだんに見えてくる不思議。私たちはどんどんと調子に乗って、奥のほうまで進んでしまうのだった。

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