溺愛社長のギフトは愛が溢れている
こうま
第1話
朝、股間の冷たさに違和感を覚え、スマホの目覚ましアラームが鳴る前に起きた。
また夢精しちゃった…
春が近くなってきたとはいえ、朝はまだ寒さを感じる時期だから、ヒヤッとする股間の感触で、ブルッと目が覚めるのは最悪の気分だ。
夢精なんて気持ちいいものじゃない。
ベタベタして股間が不快なだけだ。
昨日寝る前に、射精した記憶もないから夢精なんだろう。
そもそも、歩はマスターベーションで、射精をすることがほぼなかった。
汚した下着とパジャマ、シーツなどを洗濯機に入れ、そのままシャワーを浴びる。
ここのところずっとだから落ち込むなぁ…と考えながらも身体を洗うと、サッパリとした心地になる。
だが自分の情けなさには気が滅入ってしまう。ほぼ毎朝、夢精に悩みながら起きるのだった。
せめて、出勤前は気持ちをすっきりさせようと、コーヒーを飲むために電気ケトルをONにした時、カチッと嫌な音と共に電気ケトルは動かなくなった。
「こっちもまたやっちゃったか…」と空い独り言が口から漏れた。
歩は電気系と相性が悪く、触れると壊れたり障害を引き起こすことがある。
触れるもの全てではないので、何を触ったら壊れるかなど、細かいことはわからないままだが、帯電体質というのだろう。身体から相性の悪い何かが出ていることは間違いないらしい。恐らく歩の『ギフト』が原因ではないかと医者の
ギフトーーー 体内に埋め込まれたマイクロチップのこと。このマイクロチップには、人工知能が記録されており、人々はそれを、ギフトと呼んでいる。
人は産まれた時にギフトを一つ、体内に埋め込むことができる。
ギフトには、沢山の種類の人工知能がある。
音楽 絵画 演劇 ダンスなど芸術的なもの。また、数学 科学 語学 文学などもあれば、医者や弁護士など、職業を特定するものもある。
子供が産まれた時に、将来苦労しないようにと、親が子供に贈るもの。大人になると、自分のギフトの能力を最大限活用した職業をみんな選択している。特技を生まれ持って習得しているということだ。
歩のギフトは多言語である。
英語や、フランス語など一カ国だけではなく、この世界中の全ての言語を理解できる、いわゆる特殊なギフトの持ち主であった。
この体調不良って、本当にギフトが原因かな。今日、後藤先生の所に行って薬もらってこよう。気休めにしかならないかもだけど…
もう一つ気がかりなとこがあった。
歩は、興奮したり、気持ちが昂ると、近くにいる人にパチッと電気を発するような痛みを与えてしまうことがある。
それは自分自身にも感じることであり、マスターベーションで最後までイケない原因でもあった。ペニスを扱きイキそうになると、静電気のようなパチパチした痛みが身体に走り、気持ちいいより、痛みが勝ちなかなか射精が出来ないのである。だから、ほぼマスターベーションをすることはできず夢精をしてしまうのだろう。
ひとりでするマスターベーションならまだしも、好きになった子と手を繋いだり、キスをした時も、バチっと電気が走り痛みを与えてしまうことがある。深いキスをする事も出来なく、それどころか、毎回そんな状態が続くので、シラけてしまい、相手から振られることが多かった。
生活している中で急に症状が出ると困るため、医師に相談し頓服薬を処方してもらっている。薬はある一定の時間は効果があるし、生活する上でかなり必要なものとなっていた。
歩は、身長はそれ程高くないが、目は大きめでくりくりとし、髪はやや茶色く、ふんわり天然パーマだ。笑うと可愛らしいと評判で、学生時代からモテる方であった。だが、そんな奇妙な体質があり、25年間、性体験はもちろんなく、童貞である。
◇ ◇
「え…僕が通訳ですか?」
歩が出勤してすぐ「おーい宮坂くーん」と、遠くから手をひらひらさせて社長の
「そう。宮坂くん、通訳の仕事やりたいって言ってたじゃない。それでね、派遣先はあの高級メンテナンスで有名なフォルスなんだよ。超一流会社だよね」
白髪の癖毛をフワンフワンさせながら、前園は興奮気味だった。
50歳になる前園は、いつも笑顔で温厚な性格だが、結構強引で、バイタリティ溢れる男である。そんな前園のギフトは『紹介』らしい。前園は、自身のギフトを最大限活用し、人材派遣会社を設立したのである。歩はそこで働いていた。
「ギフトメンテナンスの超一流会社が、通訳を必要としているんですか?」
「そうなんだよねぇ。今回は通訳出来る人がいないって、フォルスの社長自ら僕に連絡があったんだよ。だから宮坂くん、君が適任だと思う」と、力強く、前園に肩をたたかれ歩は前につんのめりそうになった。
ギフトは年に数回、個人でメンテナンスが必要であり、政府から義務付けされている。トラブルを未然に防ぎ、正常な状況が維持されるために、人々はギフトの定期的なメンテナンスを受けている。
メンテナンスを受け持つ会社は沢山あるので、人々は自分に合った会社を選ぶことができる。
スピード感を重視し、数秒でメンテナンス終了を売りにしている会社もあれば、宿泊し最高級のメンテナンス、超一流のサービスを提供している会社もある。
フォルスは後者の超一流サービスを提供する会社であり、そのためお値段も一般人は手が出せないほど高いことを、歩も知っていた。
「フォルスで通訳が必要って、どこの国の言葉なんでしょうか」
超一流会社には、大抵通訳者が在籍しているため、今回のような依頼は意外だ。
「ブラン共和国の言葉だけど、宮坂くんは大丈夫だよね?」
大丈夫だよね?と前園が聞くには理由がある。
ブラン共和国の言語を理解できる者は少ない。長年鎖国政策をとっていた国なので、ブランの人達は他国語を話すのは困難だろう。そのため、ブランの人達とコミュニケーションを取るためには、現地の言葉が必要だ。
だが歩は多言語ギフトの持ち主であるので、どこの国の言葉でも理解でき、読み書きはもちろん、話をすることも出来る。それを前園はわかっていて再確認したのだろう。
「出来ますけど…僕、翻訳メインなので通訳はやったことがありません。それと、あれが…あの症状が出てしまうかもと、不安が…あります」
歩が通訳業に踏み切れない理由は、他人との距離感であった。仕事で緊張した場合、あの帯電体質が出てしまい、職場に迷惑をかけてしまうことを恐れている。
「うーん。あれだよね。静電気みたいなパチパチした症状だっけ。不安な気持ちはわかるけど、宮坂くんがやりたかった通訳じゃない。今日は挨拶だけだから、僕も一緒に行くよ」
「え?あの、今日ですか?これからフォルスに行くことになってます?もう決定してるんですか?」
大丈夫か?と聞くわりには決定している仕事のようだ。急展開に、慌てる気持ちを抑えるのが歩は精一杯である。
「やりたいことを一歩踏み出すチャンスだよ。きっと大丈夫。挨拶終わったら、吾郎さんところに一緒に行こうか」
吾郎さんのところと言い終わると、前園は癖毛をフワフワとさせ慌ただしくまた去っていった。
吾郎とは歩の主治医である
◇ ◇
高層オフィスビルを下から見上げると、その大きさに圧倒され、飲み込まれ眩暈を起こしそうだった。
「ここの最上階がフォルスの社長室だって、すごいよね。実はここの社長さんとは知り合いなんだ。大きな仕事もらって嬉しいよ」と、鼻歌まじりにエレベーターホールへ歩いて行く前園の後を、歩は追った。
「前園様、お待ちしておりました。社長秘書の
受付から吉川と一緒に、シースルーエレベーターに乗り、3人で最上階まで上がることになった。
上昇するエレベーターで、ふと外を見ると、さっきまで飲み込まれそうになりながら見上げていた場所が見えた。どんどんと小さくなる地面を見つめると、足が空くような感覚になる。見上げた時も唖然としたが、見上げていた場所がみるみる小さくなっていくと心細くなり、心と体の両方が緊張し固まりそうになってしまう。
「失礼いたします。社長、前園様がお見えになりました」
ドアの向こうには、黒のスリーピーススーツをきっちり着こなした長身の男がいた。均整のとれた体つきで、堂々たる風格を持っている。
「前園さん、ようこそ。早速ですが確認してもらいたい映像があるので見てもらえますか。それで、通訳者の方はどちらで、」
無愛想だが、話し方には意志の強さを感じさせる。歩は以前、企業紹介の雑誌でその男の写真を見たことがあるのを思い出した。その写真よりはずっと若い気がした。
30代中頃だろうか、イケメンだなぁと歩は呑気に男を眺めていた時、目が合った。その目は歩を軽く睨んでおり慌てさせた。
「はじめまして、通訳の宮坂歩と申します。本日はよろしくお願いいたします」
緊張して声が震える。男は視線をそらさず、真っ直ぐに見てくる。顔は相変わらず険しい表情に見える。値踏みをされているのだろうか。
「辻堂社長、お久しぶりです。相変わらず眉目秀麗ですな」
ニコニコと笑いながら前園が、間に入ってくれた。
「ああ...失礼。
「国王から直接ですか。それはまた肝要なことで」
さすがの前園にも緊張感が漂い、口元を引き締めた。
「前園さん、宮坂さんどうぞこちらにお掛けください」
秘書の吉川が用意された席につくように促した時に、緊張から足に力が入らず、歩は躓いてしまった。
「おっと、大丈夫でしょうか。あっつ...」
とっさに吉川が手を差し出したが、歩の身体には熱が入り始め、静電気のようなビリビリとした痛みが駆け巡る。その痛みを、触れた吉川も同じように感じただろう。
そんな些細なアクシデントが引き金となり、失敗したらどうしよう、上手く出来るか不安と、それまで抑え込んでいた気持ちが漏れ始め、歩の身体は抱えていた症状が出てしまう。
止められない、止まらない。抑えようとしても抑えきれず、更に状況は悪化していくのを身体全身で感じている。
「宮坂くん、落ち着いて。吾郎さんからの頓服ある?飲む?」
前園が語りかけてくれる言葉も遠くに聞こえてきた。
眩暈がする。
意識がなくなりそう。
身体が熱い、痛い。誰も触らないで欲しい。痛みを与え、傷つけてしまう。痛い思いはして欲しくない。ごめんなさいと言葉を出して言いたいが、それすらも出来ない。
面倒かけてばかりだ。
頑張ろうとしても身体が追い付いてくれない。
「大丈夫だ」
意識がなくなりかけていた途中にどこからか声が聞こえた。聞こえたような気がするだけかもしれない。
触れたら痛みが伝わってしまう。みんなに危害をかけてしまうだろう。
でも…何だか…楽になってきたかもしれない。なんだろう。心地いい。痛みが薄らいでいく。冷んやりとした感触がある。誰かに触られてるのか、撫でられてるようななんとなくそんな感覚がした。
離れて欲しい。でも、不思議と気持ちがいい…
歩はそのまま意識を手放してしまった。
◇ ◇
ゆっくりと意識が浮上していく。こんなに気分がスッキリするのは久しぶりだ。
そんなことを考えながらぼんやりと目を開いた
「ひぃっ。な、なに」
状況判断が出来ない。
脳が追いつかないという言葉はこの事だろう。
「おい。ジタバタするな」
辻堂は不機嫌に言い放った。
隣の部屋から、秘書の吉川が顔を出した。
「お目覚めですか。顔色も悪くないようですが、ご気分はいかがでしょうか。社長の膝枕だと寝心地は悪そうですけど。すぐ動くのはよろしくないようなので、もう少しそのままで結構ですよ」
意識を無くした歩を、フォルス本社の医者が駆けつけて、診察していたようだ。このまま目が覚めるまで動かさず、寝かせておけば問題ないと診断されたと吉川は言った。
仕事の依頼を受け、超一流と言われている会社に挨拶に来て突然気を失い、そこの社長に膝枕をしてもらっている。この状態を理解した歩は、また眩暈が起きそうになった。
「それとお前、そろそろ手を離せ」呆れたようにまだ不機嫌な声がかかった。
「手を?」自分の手元に視線を移した歩は飛び起きた。辻堂の手を握っていたのだった。
「た、た、大変申し訳ございませんでした」
飛び上がり、すかさず腰を折り謝罪している歩を横目に、めんどくさそうに辻堂が続けた。
「突然気を失って倒れたから、お前を吉川と2人でソファまで引きずっていった。何でか俺の手を離さないから、ずっとそのままにしていたが、なんなんだ。まったく…」
「そうなんですよ。ずっと社長の手を離さなくて。ですが、不思議と社長が手を握っている時は、宮坂さんに触れることが出来たんです。その前は、なんかこう、バチっと電気が走るような痛みを感じたんですけどね」
と、続けて吉川が歩に伝える。
細身で理知的な印象の吉川だが、辻堂と同じく長身の男性である。歩より体格も良く頭ひとつ分大きい男性2人であるが、それでも気絶して、手を離さない歩を運ぶのは大変だったろうと想像が出来る。
「本当にご迷惑をおかけしました。吉川さん、痛い思いをさせてすいませんでした。もう大丈夫ですので、今からでもよろしければすぐに通訳をさせてください」
何のためにここに来たんだと、考える歩は、また気持ちに焦り混じり、熱が溜まりそうになってきたが、気持ちを抑え改めて謝罪をした。
「本日はもうお帰りになられて構いませんよ。体調もすぐれないようですし。前園さんには一足先にお帰りいただきましたから」
ひとまずこれでも飲んでと、吉川が暖かい飲み物を手渡してくれた。
「お前、この後ちゃんと通訳を続けていけるのか?途中でまた気絶されては困る」
少し長めの前髪をかきあげながら辻堂は歩を睨みながら言った。フォルスの社長は、インテリジェンスな風貌や佇まいがあると、確か雑誌に書いてあった気がする。
しかし、今の武骨な雰囲気の方が、素の辻堂なのだろう。鋭い目つきは少し怖く感じるが、男気を感じる。男としての色気がある人ってこういう人なんだろうなと、歩はぼんやり考えていた。
「おい。聞いてんのか」叱咤する辻堂に
「精一杯頑張ります」と慌てて歩は答えた。
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