第61話 使用人達の今後

「それで、これからのことなんだけど」

「はい」


シリウス様の真剣な表情に、私も背筋を伸ばす。


「念のため確認するけど、イングリルド国に来てくれるんだよね?」

「もちろんです!」

「良かった。それでは、いつ此処を立とうか?」

「いつ? 私は、いつでも構いませんけど」

「それなら、明日でもいいかな?」

「明日?! 急ですね」


そんな急に?! 何か急ぐ理由があるのかしら?

国王陛下達が国を空けておくわけにはいかないとか?

あ、もしかしてシリウス様が、ずっと国に帰っていないから急ぎたいとか?


「何か心残りがあるなら、数日後でもいいけど」

「いえ、心残りなんて……あっ」


心残りなんて何もないと言いかけて、私は大事なことに気づいた。


「あの、マリー達はどうなるのですか?」

「そうだね、アリシアはどうしたい?」

「えっ、どうとは?」

「アリシアが望むなら、全員一緒にイングリルド国へ連れて行けばいいよ」

「私が望むなら……」


皆、一緒に。

それはとても嬉しいことだけど、皆この国に家族がいる。友達がいる。家がある。

それを私の望みだけで連れて行くなんて身勝手なことしたくない。


どう答えたらいいのか悩んでいるとシリウス様は提案があると言う。


「こういうのはどうだろう? アリシアと共にイングリルド国へ行くことを望むかどうか意見を聞くというのは」

「それなら! あ、でも望まなかった場合はどうなるのですか?」

「その時は各々の希望を聞くよ。退職したいなら退職金を払うし、仕事を続けたいならクロフォード家と同等の奉公先を紹介する」


ん? クロフォード家と同等?

このまま、ここで働くことは出来ないということ?


シリウス様は私の疑問を察したようで説明してくれた。


「あ、言ってなかったけど、この屋敷の持ち主のクロフォード伯爵夫妻は今イングリルド国にいてね。アリシアと僕が結婚する場合は、僕達がここを出るのと同時に屋敷を売り払う予定なんだ」

「そうなのですか?」


また急なことで。

何故そこまで急いでいるのか分からないけど、何か理由があるのかもしれない。

それなら私も今、ちゃんと考えて結論を出さなければいけないということだわ……うん。


「シリウス様の提案の通りにしたいと思います」


それが一番。皆の希望をちゃんと聞きたいし、叶えたい。

離れ離れになってしまうのは悲しいけど、皆の幸せが何より大事だもの。


「アリシアなら、そう言うと思ったよ」


シリウス様は分かっていたと頷きながら、扉の方に向かって「ジュリアン」と声を掛けた。呼ばれてジュリアンは部屋に入ってくると、まっすぐシリウス様の元へ。


「取りまとめは終わったか?」

「はい、こちらに」


シリウス様はジュリアンから何かの用紙を受け取ると、視線を私に移した。


「アリシア、出発は明日でいいかい?」

「はい、構いません」

「ジュリアン、明日ここを出る。準備をしてくれ」

「承知致しました」


指示を受けたジュリアンが一礼して部屋を立ち去ると同時に、シリウス様が先程の用紙を私に差し出す。


「はい、アリシア」

「これは?」

「アリシアと共に行くことを望んだ者のリストだよ」


えっ、もうリストが出来ているの?

あ、それで『そう言うと思った』と言われたのね。


「卒業パーティーの間に聞いておいてもらったんだ」

「そうだったのですね」


さすがシリウス様。

抜け目ないというか、行動が早いというか。


私はドキドキしながら、渡されたリストに目を向けた。

リストがあるということは、希望者がゼロではないということだろうけど。何となく、怖い。


僅かに緊張しながら、手にしたリストを見る。その一番上にあった名前は


「あっ、マリー」

「お呼びでしょうか?」


真っ先に目に入った文字を思わず呟いたら、まさかの返事が返ってきた。

いつの間にかマリーは傍にいて、紅茶のおかわりを注いでくれている。


「マリー!」


私はもう一度、名前を呼ぶとマリーに抱きついた。

マリーは「わっ」と言いながら、紅茶が零れないようにポットをテーブルに置く。


「マリーも一緒に来てくれるのね!」

「当たり前です。お嬢様のお傍には私がいなくては」

「ありがとう!」

「それに私は、他に家族はいませんので身軽なものです」


ずっと一緒だったマリーと、これからも一緒にいられる。

そのことに私は歓喜した。


マリーは私の背中を摩るように叩くと「ちゃんと座ってください」と促してくるので、私は座り直して再びリストに目を通す。


「あ、セシーも来てくれるのね」

「はい。ベルは行けないことを残念がっていましたが……実は結婚することになりまして」

「え、ベルが結婚! お祝いしなくてはね!!」


マリーは「喜ぶと思います」と言った後、他の使用人達の今後について話してくれた。


「あ、スチュワートも来てくれるのね」

「はい。自分は次男だから、家のことは長男に任せると言っていました」

「そうなのね。あ、デニーも!」


ジョナサンとマルクの名はリストになかったけど、シェフの一人が来てくれるのは嬉しい。きっとジョナサン程ではなくても美味しいパイ包みを作ってくれると思うわ。


「ジョナサンは退職するとのことでした」

「えぇ?! 何で?」

「頂いた退職金で店を開くそうです。お嬢様の大好きなサーモンのパイ包み焼きを看板料理に。イングリルド国の王太子も認めた味なのだから、この国の名物料理にすると豪語しておりました」

「そうなのね、お店が成功することを祈っているわ」

「それからマルクですが、子どもが生まれるそうです」

「えぇ! それもお祝いしなくてはね!!」


私が立ち上がりそうな勢いで言うと、マリーは笑いながら「そうですね」と頷いた。


「あと、バートも退職するとのことです。もう歳だから田舎に戻って、孫達の遊び相手でもしながら老後をのんびり過ごすと言っていました」


バートは確か12人の孫がいたはず。子宝に恵まれたようで、5人の子どもにそれぞれ2~3人の孫がいると楽しそうに話してくれたことがある。やんちゃ盛りの男の子が何人もいるから大変だと言っていたけど、それはそれで嬉しそうだった。


「あ、ジョンも!」

「えぇ、お嬢様をお守りするのは自分だと息巻いていました」

「ふふふ、嬉しいわ」


リストの最後の方は全員騎士だった。というか、騎士全員だった。


「あれ、全員……何故?」

「ん、本当だ。う~ん、忠義変えの所為ではないと思うけど」


シリウス様もリストを覗き込んで、少し首を捻りながら呟く。

“忠義変え”って何かしら?


「ともあれ良かったね、アリシア」

「はい、シリウス様。ありがとうございます!」

「どういたしまして。さぁ、そろそろ夕食だから、着替えてくるといいよ」


あ、そうよね。万が一にも、この高価なドレスを汚すことがあってはいけないわ!


私は「はい」と頷いて、マリーと共に部屋を後にした。

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