第57話 真実の愛って?

「私はただ叔父上と同じように、心から愛し合った相手と結婚したいだけだ。お前のような陰気くさい女が妃になどなれば、民心も離れる――愛人になれと言ったのは、結婚相手もいない不細工なお前に対する慈悲だ。本心ではない!」


 勢いづいたマレクは、唾を飛ばしながら芝居がかった演説を続ける。


「真実の愛に生きて何が悪い! 私は叔父上を尊敬している! 叔父上は理解を得られず愛する女性と共に城を出たが、本心では兄である王を支えたかったに違いない。私は叔父上の分も、この国をダニエラと共に豊かにすると誓おう!」


(その豊かにする方法が戦争ですか)


 これでは窘めたところで聞いてはくれないだろう。

 黙り込むアリシアに気を良くしたのか、マレクは胸を張る。


「私は次の王として、相応しい女性を選んだ。ダニエラはまさしく、国を照らす女神! そこいらの貴族の娘など、ダニエラの前では雑草も同じ。アリシア、元公爵令嬢だからといって私の愛人になりたいなど高望みするなよ!」


(ご自分で仰ったのに、こんな短時間で記憶改ざんしてしまうなんて。王子も暗示魔術をかけられてその後遺症が出ているのかしら?)


 一部の貴族達が拍手するが、殆どはどう反応すればいいのか分からず棒立ちになっていた。


(そりゃあ困りますよね。皆様、ご自分の娘を侮辱されたも同然なんですから)


 愛に生きるのは勝手だが、王家の跡取りとして生まれたマレクには為すべき事がある。王家の益となる貴族から妻を娶り、跡継ぎをつくることだ。


 それさえ済めば、あとは寵妃でも真実の恋人でもなんでも囲えばいい。

 書類上はレンホルム家の令嬢になったダニエラだが、元は庶民の出だ。そんな彼女には個人的な後ろ盾がない。

 長く王家を支えてきた貴族達が、全員ダニエラが王妃となる事を喜んでいないのは明白だ。


(せめて伯爵家くらいまでは根回しをして、その上で静かにダニエラを迎えればよかったのに。こんな大演説をしたら、貴族達から反感を買うだけですよ)


「マレク王子、君が尊敬している叔父上に関して、残念な知らせがある」


 気分よく演説をしていたマレクに、エリアスが心底申し訳なさそうに告げる。


「君の叔父上は貴族の娘を脅し、強引に結婚を迫った。その事実が君の父上に知られると別れさせらてしまうと考え、娘を連れて田舎に逃げただけで駆け落ちではない」

「エリアス様、王の弟君は愛し合った相手と結婚したいが為に、アリシア様のお母様との政略結婚を断られたのではないですか?」


 マレクの叔父が駆け落ち騒ぎを起こした件は大変な噂になり、庶民の間では一大スキャンダルとして度々話題になっていたらしい。

 公には発表されていないけれど、城仕えのメイド達から「ここだけの話」として広まり、マリーのような下働きの少女でも大まかな経緯は知っていたそうだ。


「いいや。相思相愛だと、一方的に思い込んでの犯行だ。娘は幸いな事に連れ去られた先で、本当に恋仲だった地方貴族に救い出された。今ではその相手と結婚して幸せに暮らしている。私の部下が本人達に確認したので事実だ」

「では王の弟君はどうしたているのですか?」

「流石に平然と王都に戻れるほど、厚顔無恥ではなかったようだ。いまでは一人寂しく、辺境の山奥で暮らしている」

「叔父上が? そんなまさか」


 驚くマレクを余所に、広間に集った貴族達の間からは冷ややかな声が漏れる。


「やっぱりそうだったのか。弟君は思い込みが激しく話が通じない方ではあったからな」

「噂は聞いていましたけれど……」

「嫌がる令嬢を追いかけ回していたと、メイドが話していたのは本当だったのね」


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