第26話 それでもやりたいのです

「更に難しいものは「大魔術」と呼ばれる分類のものでございます」


 アリシアが生まれるずっと昔、この大陸では全ての国が関わった大戦があった。「大魔術」はその戦争で使われたらしい。

 現在利用されている魔術の大半は、調理に使ったり天気を予想したりといった生活に根ざした魔術がほとんどだとヨゼフが説明する。

 ただ例外的に所謂「攻撃系」と称される魔術は、魔獣や旅人を襲う盗賊などといった悪人に対処する騎士が使用する。


「ご覧頂いたとおり、剣に付与された魔術は大魔術にはほど遠い一般的な攻撃系ですが、使用する段階に至るまでには時間がかかります。そして本来の能力を発揮できるのは、付与した本人のみになります」

「誰でも使える魔術武器もあるけれど、威力は格段に落ちる。大体が使い捨てだな」

「魔術は難しいという事は知っていましたけど……」

「というより、面倒ですよね。これ」


 アリシアとマリーは、顔を見合わせる。

 習得してしまえば便利だろうけど、それまでの道のりが長すぎる。


「そしてアリシア様が憶えたいと仰る召喚魔術は、大魔術の中でも上位の魔術師しか使えない非常に高度な魔術になります。魔力量は問題ありませんが、召喚の呪文は攻撃系の比ではございません」


 そして再びヨゼフが机を叩くと、一抱えもある分厚い本が現れた。


「こちらが、召喚魔術に使う、呪文の書の基本第一章になります」

「……一章といいますと……まだ続きがあるのですよね?」

「基本だけで、十冊ほど。そこから召喚したい魔獣ごとに、様々な魔術書がございます。例えばですが、キマイラの召喚には三十冊の魔術書を詠唱する必要があります」

「合わせて四十冊……」


 宿屋へ荷物を取りに行ったとき、エリアスが「召喚できればの話だけどな」と呟いた理由をアリシアはやっと理解した。

 悔しいが、魔術を習い始めたばかりの自分には難しいと認めざる得ない。


「待ってください。こんな長い呪文を、昔の方はどうやって使ったのですか? 戦いで用いられたとの事ですが、沢山の本を持って戦場には出られませんよね?」


 気になっていたのか、マリーが首を傾げる。


「召喚するにしても、攻撃魔術のように剣や槍に付与するのですか? まさか、暗記とか……?」

「流石に暗記はできません。武具への付与も、これだけの量の魔術は負荷が強く、鋼は壊れてしまいます」


 ヨゼフが懐から掌に収まるサイズの小瓶を出して、アリシアとマリーの前に置く。瓶には青みがかった粉が詰まっており、文字の書かれた紙で封がされていた。


「魔術師達は詠唱した声を更に圧縮し、特別にあつらえた小瓶に向かって呪文を吹き込み、持ち運びました」

「この中に、大魔術が入っているのですね」

「海を泳ぐことに特化した「海馬」と呼ばれるドラゴンの一種が入っております」


 一見すると、骨董屋にでも売られていそうな古びた瓶だ。説明されなければ、そんなとんでもない代物だとは誰も気が付かないだろう。


「こちらは、何度も使うことは……」

「できません。一瓶で、一度限りの召喚です」


 効率が悪いどころではない。

 大魔術が廃れたのは当然として、適性がなければ簡単な魔術すら時間がかかるのだ。それなら普通に道具を使って生活する方を選ぶのは当然である。


「召喚魔術は効率が悪く、時間ばかりかかるものです。それでも召喚魔術師を目指しますか? アリシア様」

「はい」


 アリシアの瞳に迷いはなかった。


「やりたいことができるのですから、困難の一つや二つ乗り越えてみせます」

「では基礎の勉強と並行して、召喚魔術に関する技術面のサポートを致しましょう」

「ありがとうございます、ヨゼフ先生」

「ご希望の召喚獣はありますか?」

「ドラゴンです。白い翼に、白銀の鱗を持つ巨大なドラゴン」


 自分も魔術を使えるのだと知った時から、ずっと思い描いていたのだ。


「素直でよろしい。――魔術書は城の図書館に保管されております。アリシア様はいつでもお使いください」


 何か言いたそうにマリーがアリシアを見つめていたが、少しすると諦めたのか深いため息をつく。

 そして翌日から午前中は基礎、午後は図書館で自習と決めて解散となった。

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