第2話 すっころびました。そりゃもう派手に!

 一応、出て行く前にちらと両親の方に視線を向ける。


 が、あからさまに無視をされて、アリシアはこの場に自分を助けてくれる者はいないと確信した。

 貴族達は自分に同情的な視線を向けているものの、王子の決めた事とあっては下手に手出しはできない。おまけに新たな婚約者は異母妹ではあるが、公爵家の一員として貴族名鑑に名前が載っている令嬢だ。

 咄嗟に異を唱えられる者がいないのも仕方ない。


「その辛気くさい顔は二度と見たくない。さっさと出て行け。金輪際、城に立ち入ることは許さん」

「……はい」


(あーもう、面倒くさい。婚約破棄しました、終了! じゃすまないのよ。ダニエラが婚約するのは別にいいわ。けど王家に嫁ぐんだから、あの子の身辺調査しないといけないし。念のためお母様の友人関係も確認しないと……)


 きっと二人はアリシアが項垂れている本当の理由など分かっていないはずだ。「真実の愛に負けた女」とでも思い込んでいるのだろう。

 実のところアリシアとしては自分が婚約破棄された事など、どうでもよかった。

 ただこれから自分が処理しなくてはならない膨大な事務仕事を思うと、頭だけでなく胃もキリキリと痛み出す。


「……えっ?」


 考え事をしていたアリシアは、普段ならあり得ない失態をした。

 ダニエラ達に背を向けた瞬間、一瞬バランスを崩しよろめいてしまったのだ。


 国の重鎮を集め、重大な発表を行うとだけ聞かされていたので、それに相応しい装いをしてきたことが徒となった。


 今アリシアが纏っているドレスには、幾つもの宝石が縫い止められている。他にも多くのアクセサリーを身につけており、靴のヒールは8センチ。

 仕事に忙殺され夜会などには殆ど出たことのないアリシアにとって、この靴は真っ直ぐに立っているだけでも難しい。


 そして宝石を幾つも連ねて作られたアクセサリーも相当な重量がある。


(考え事してないで、今は足もとに集中しないと)


 せめて扉までのエスコートを誰かに頼みたかったが、アリシアが居並ぶ貴族達に視線を向けると顔を背けられてしまう。

 しかし歩かなければ、この場から立ち去る術はない。


「っ……」


 一歩目、成功。


「あれっ?」


 二歩目、どうにか踏ん張った。


「ぎゃあっ」


 三歩目、は無理だった。


 床を引きずるペチコートの裾がヒールに引っかかり、バランスを崩して立て直そうとしたが失敗。

 アリシアは令嬢にあるまじき悲鳴を上げてすっころぶ。

 そりゃもう派手に、後頭部から。


ゴンッ


 鈍い音が広間に響き渡り、嫌な沈黙が降りた。


(私……死ぬの? ずっと仕事ばかりで、好きなこともできないまま……せめて生まれ変わったら……)


 公爵令嬢アリシア・レンホルムの意識はここで途絶えた。

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