ネズミの嫁入り

梅春

第1話

 幼いころ、父の黒い傘は巨大に見えて、少し怖かった。その傘の下に入り、父の顔を見あげると、父は闇に包まれていた。

「お父さん」


 父の横を歩きながら、私は父のスラックスを握りしめた。

「ん? どうした」


 父は足を止めて、私をのぞき込んだ。父の半身は水浸しだった。私のほうばかりに傘を寄せているせいだ。幼い私はそんなことに気付かずに言った。


「お父さんもお母さんみたいに赤い傘にして」

「え?」


「黒いとカラスみたいで怖い」

「カラスかあ。陽子は詩人だなあ」


 父はそう言って笑うと、ゆっくり歩きだした。何度も母の名前を出すのはためらわれて、私は父を見上げずに歩いていった。

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