1-4

 生まれ持って与えられた才能は、その生を受けた世界で役に立つとは限らない。

 実に・・・不公平だ。




 ◇ ◇ ◇




 綺麗に輝く、銀色の瞳。

 手入れはされていないだろうに、そのくせ一本の枝毛すらない白髪の短髪。

 ひとたび女装をすれば、誰も男であることを信じないであろう、綺麗で中世的な顔つき。

 目つきはもあってか、子供であることが疑わしいほどに大人びており、可愛いと言うよりかは美しい。

 身長は140後半。肉付きも良く、ソレを隠すことができれば、貧乳っ娘でやっていけそうな印象を受ける。


「─────」


 身の丈に合わないものは身につけないと、今までは心に決めていた。

 それこそ、自分なんかが身につけていては装飾品が可哀想だからと。


「・・・ああ」


 だが、

 今までのように、無駄な悲観をする必要はなさそうだ。




 〇 〇 〇




 さて、俺のような現代っ子にとって、魔法というのは空想上の世界における最大手の代物だ。

 作品によって設定は違うものの、そうした魔法や魔術というのは想像力豊かな青少年の心をガッチリと掴んで離さない。

 受験によって余裕がなくなる、中学三年生くらいまでは、みな何かしらの空想上の産物に心を奪われている───と、俺は勝手にそう思っている。

 かく言う俺も、言動に現れるほどの厨二病ではなかったにしろ、頭の中で戦闘を繰り広げるくらいにはお年頃だったものだ。


「こうして、自分の体を蝋燭に見立てれば───」


 そして今、俺はその『魔法』の現実を学んでいる。

 この世界の魔法についてを知るための、基礎の基礎を。


「・・・っと。できた」


 ナギからの説明を受けつつ、俺は早速、魔法を使用して指の先から炎を出した。

 今の所という範囲の限りだが、魔法というのは思っていたよりも簡単らしく───魔力欠乏症とやらに気をつければ、基本的には何でもできるようだ。


「上手いね。それが、何かを生成する魔法の考え方で、全ての魔法における基礎の考え方だよ」


 生前の資格勉強の経験から、俺は念の為にナギから言われたことを小さなノートにメモしておいた。

 その内容を項目ごとにまとめると、以下の通りになる。


・『魔法』とは、人間の体内にある「魔素」という元素を使用して発動させる超常現象の総称である。


・魔法を効率良く運用するには「詠唱」が必要であり、詠唱は魔法の名前を言うだけでも構わない。


・魔法の発動コストは、演出の派手さと効果範囲、詠唱の有無で決まる。


・魔法の発動には、ある一定の現象をイメージし続ける想像力が必要であり、詠唱はその補佐も担っている。


・体内の魔素が一定未満になると、酸素欠乏状態と似た症状が出てしまう「魔力欠乏症 」という状態に陥ってしまう。


 軽くまとめる限りではこの通りで、覚える事柄の量で言えば、その辺の資格勉強より余裕で少ない。

 そのため、恐らく魔法の活用に重要なのは実技───所謂「センス」なのだろうと推察してみる。

 自分の体を蝋燭に見立てたとしても、その炎が水になったりするイメージができない人も居るだろうし。


「個人的には───」


 一通りの座学が終わり、魔法書を読んでいるナギの横で、俺は魔法の感覚を掴むために放出した魔力を粘土のようにこねくり回しながら、言葉を発する。


「短距離の瞬間移動魔法さえあれば、戦闘に関しては問題ないと・・・今のところは思ってる」


 浅はかな考えであることは理解している。

 そもそも、俺はこの世界の戦闘に関しては基礎の基の字すら知らないうえ、魔法だってどんなものがトレンドだとかも、未だ聞いてすらいないわけだ。

 それでも、そう言ったのは───どこか、ここ異世界に来て浮かれている自分に、現実を突きつけて欲しいという願望もあったのだろう。

 しかし、彼から返ってきた答えは、想像求めていたものとは違うものだった。


「・・・・・いいと思う。それ自体は古い戦い方だけど、瞬間移動の時の姿勢制御に気をつければ、慣れていなくてもは戦えるはず」


 本を閉じ、顎に手を当てて少しの思考をした後、ナギは俺の考えを肯定した。

 薄っぺらい、理由のない肯定ではなく、しっかりと理由のある肯定を

 そして、彼の言葉を聞いた俺は───つくづく、ここは俺にとって都合の良い世界だと、身に染みて実感していた。


「そうか。よかった」

「・・・あまり嬉しそうじゃないけど、どうしたの?」

「いや、少し不安になっただけだ。あまりにトントン拍子に物事が進むと・・・人間ってのは、少しばかり心配になるものだろ」

「主語が大きいよ。それは単に、君個人が心配性なだけでしょ?」

「まあ、否定はしない」


 普通を知らないが故に、現在の状況における自分の心境がネガティブすぎるのか、そうでないのかがわからない。

 しかし、ナギ曰く俺は「心配性」なようだ。

 生前はむしろ逆で、周囲からは楽観的だと言われていたものだが・・・

 もしかして、転生して気がつかないうちに、俺の根本の性格は変わってしまったのか?


「・・・・・ネガティブな話題より、楽しい話をしよう」


 少し俯き、考え事で脳が支配されそうになった俺に向かって、ナギが雰囲気を切り替えようと話を切り出してきた。


「男なら皆が夢見る力───そう、瞬間移動魔法についてだよ」

「・・・お前こそ主語がでかいな。、つって。どうだ?」


 何が「どうだ?」なのかが自分でもよくわからないが、それはさておき───俺の、ひねくれすぎて言葉がねじ切れるんじゃないかってくらいの返答を聞いたナギは、その口から特大のため息をつく。

 そして、やれやれと言わんばかりのジェスチャーをしつつ、彼は言葉を続ける。


「なら訂正しよう。君が使いたいと言った、瞬間移動魔法について話そうか」

「ああ、頼む」


 するとナギは1冊の本を虚空から取り出し、慣れ親しんだ辞書の中からひとつの単語を引き出すが如く、素早い手つきで目的のページを探し当てた。

 俺がそこを覗いてみると、そのページには見開きいっぱいに瞬間移動に関するがずらりと記載されており、挿絵のようなものも確認できる。

 そして、ナギは何らかの魔法でページを固定すると、本を俺の目の前にスライドさせてから説明を始めた。


「魔法の発動に必要なのはイメージだと説明したね」

「ああ」


 確認するように質問してきたナギに対し、俺は短く肯定する。

 続いて彼は本の中にあったひとつの記述を指さし、説明を続けていく。


「ここに記載されている通り、一般的な魔法理論において、瞬間移動魔法に必要なイメージは「目標地点に被魔法者が出現する状態」とされているんだ」

「・・・その方が汎用性が高いからか」

「うん。でも、自分や他人が現在進行形で出現している姿っていうのは想像しづらくて、そのおかげか瞬間移動魔法は難易度の高い魔法になってる」


 確かに、自分がどこかに出現している姿というのは想像しづらいものだ。

 ましてや、それが他者となると・・・確定的なイメージをし続けることは、より難しいものとなるだろう。


「それに、ここの挿絵にある通り、姿勢の制御にも難があってね。少しでもイメージが崩れれば、頭から地面に真っ逆さまさ」


 ナギが指さす場所には、中学や高校で配られた保険の教科書で見たような挿絵が載っていた。

 すごくシンプルなデザインの男性が、残像っぽい動きの軌跡を残しながら、無様に地面へ落下している。

 ・・・なんだか、やんちゃな生徒が落書きをしそうな挿絵だ。


「なるほど。ここに書かれている、瞬間移動魔法の基礎理論のようなものは理解できたが───もっと思考を変えれば、姿勢制御を意識しなくとも、それを上手く運用できるんじゃないか?」

「・・・というと?」

「紙とペンが欲しいな」

「あるよ。ちょっと待ってね」


 俺の要求に、ナギはまた虚空からペンとメモ用紙を取り出し、俺に手渡した。


「ありがとう」

「どういたしまして。それで、その・・・って言うのは?」

「絵にしてからのほうが説明しやすい」


 雑でも伝わればいいと思っているので、俺は手早く脳内にあった図を紙に書き写した。

 人の骨をいくつかマージし、イメージしやすさを重視しつつも姿勢の崩れが発生しないギリギリを───生前に散々弄った、3Dのモデルに組み込まれた骨格ボーンを思い出しながら書き記していく。

 これであれば、複雑な姿勢でも苦労はしないはずだと、理論上はそう考えているものだ。


「・・・これは?」

「人型の3Dモデルを弄ったことがあればわかる。人の骨格を再現しつつも、処理しやすいように複雑な部分をマージ結合した人型骨格モデル───所謂、ボーンと呼ばれるものだ」


 俺は3Dモデルを使ってアニメーションを作る際、頭の中で原画のようなカクカクとしたアニメーションを事前に構築しておくことが多かった。

 そうでなくとも、頭の中でお気に入りのキャラクター同士を戦わせたりだとか。

 まあ後者に関しては、妄想盛りな思春期の男子なら分かってくれる人も居るだろう。


「こうして骨格の数を少なくすれば、余計なリソースで脳を圧迫しなくて済む。それに、人間の瞬間的なイメージ力には限界があるんだ。多少大雑把のほうが実行しやすい」

「・・・そうだね。確かに、それを使って姿勢を制御すれば、瞬間移動の前と後で違うポーズをとることができる」

「いい考えだろ。これ」


 問題は、コンピューターも何も無い世界の人間が上手くイメージできるかだが・・・それは問題ない。

 化学ではなく魔法が主軸の世界であれば人体の構造なんてものはとっくに解明されてるはずだし、生物に関する知識が多少でもあれば、ボーンの概念は感覚的に理解しやすくなる。

 そのうえ、ここは想像力が生死に関わる世界なんだ。

 この程度のイメージ、恐らくは難易度が低いはず。


「姿勢をそのままに攻撃へ移行しやすく、仮定構造体の簡易化によって瞬間的な脳への負担の削減も完璧・・・」


 俺の自画自賛はよそに、ナギは何やら真面目な表情で、ぶつぶつとメリットらしきものを羅列している。

 しばらくすると、彼は突然立ち上がり、興奮していると思われる表情で俺の両肩に手を置いた。


「凄いよグレイア!魔法を学んだ初日でこんな革命的な理論を思いつくなんて!」

「それほどでも・・・あるな」

「ホントだよ!こうしちゃいられない・・・早く君のアイデアをまとめないと!」

「・・・まあ。そうかも」


 俺の冗談を完全にスルーし、ナギは急いで本やら何やらを虚空にぶち込む。

 そしてもう一度、俺の両肩に手を置き、今度は言い聞かせるように言葉を発した。


「ちょっと待ってて。今から理論をまとめるための書類を持ってくるから」

「・・・ああ」


 そうして、わかりやすく興奮しまくったナギは颯爽と部屋を出ていった。

 なんか、まとめるのがアイデアなのか理論なのかごっちゃになっていたが、たぶん冷静になって帰ってくることだろうと信じたい。


「・・・・・」


 それにしても、図書館では静かにしろと教えられなかったのか。

 こんなにも、文字にすら日本語が採用されるくらいに向こう側の世界の文化が染み付いたこの世界で、図書館でのルールが制定されていないのは違和感を覚える。

 現に、あそこで本の整理をしているメイドさんは・・・すごく幸せそうな顔をしている。何故だ。


「・・・はあ」


 声を漏らしながら息を吐き、俺は背もたれによりかかる。

 崩して着ていた上着から袖を出し、姿勢をだらしないものに変えつつ腕をだらんと垂らす。


「・・・想像力、か」


 ぽつりと、俺がそう呟いた時。

 頭の中に声が響いた。


『マスター、扉からあなたを見ている少女がひとり。猫耳に・・・エルフ耳が共存している、不思議な見た目の少女です』


 寝ていると思っていたが、しっかりと相棒(?)としての役割を果たしてくれていたらしい。

 ニアはじっと動かないまま、続けて俺の頭の中に声を送る。


『恐らくは、あの現場の生き残りであり───マスターが転生した直後、襲撃者を急襲してマスターを助けた少女でしょう。警戒していると見える動きは恐らく・・・』


 が変わったからだろう。

 以前の人格が如何であれ、そしてあの時、あの場所で何が起こったにしろ、彼女にとっての俺は良い印象がある人間では無いはず。

 ならどう接触すべきかと言われれば、とくに思いつきもしないのだが・・・


「・・・・・ねえ」


 瞬間だった。

 彼女の接近を全く感じ取ることができなかった。

 俺が思考している間に、彼女は一瞬で俺の後ろに立っていたのだ。

 素人でもわかる。彼女はただものではない。


「・・・何・・・?」


 猫耳とエルフ耳が共存しており、綺麗に輝く金髪が特徴的で───まるで今にも崩れてしまいそうな、儚げな雰囲気を漂わせる美少女。

 身長は今の体より少し高いだろうか。

 今の感覚は前世と全く違うため、自分でも信用はできないが、彼女の身長は目測で150センチを超えている気がする。


「あなたは、?」


 確かな力を持って発される、俺に向けての質問。


「─────・・・・・」


 答えに困るが、しかし。

 ・・・俺は果たして、どう答えるべきだろうか?




 ◇ ◇ ◇






 さて。

 間の空いた投稿でしたが、果たして読んでくれる人はいるのでしょうか。

 ようやくメインヒロインと主人公が接触し、物語が大きく動き出す・・・かもしれません。

 本当に動くかは次の話を書く自分───もとい、次第ですから、それに任せるしかありません。


 ただ、それでもこの物語を見てくださる方が居れば、とても嬉しいです。

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