十四、チームレッドは癖が強い

 この距離なら端末で呼び出すより直接出向くが早い。

 そう判断したワカシは、ちょうど会議室とエントランスホールの中間地点にある訓練室の扉を開いた。


 中では軽やかな木刀の音が響き渡り、合間を縫って元気のいい掛け声が交わされている。

 心地よい雰囲気にサングラスの奥の眼を細めたワカシだったが、一秒後、室内の人影が想定より多いのに気づいて刮目した。

 一人目はもちろん、ここを訪ねた目的でもある自分の部下。もっか絶賛ハートブレイク中と思われる、萩森めーこ先輩パイセンとこの時雨くんと打ち合い稽古中らしい。


 そこまではいい。注目すべきは、二人の中間に立って彼らを指導中と思われる、三人目。


「ナギちゃぁん……ッ結婚しよ!!」

「「は??」」


 開口一番プロポーズを投げつけたワカシに時雨くんたちはドン引きしたが、当のは微動だにしなかった。


 すらりと華奢な手足。女性としては規格外の長身に、マキシ丈のスカートが柔らかさを加えている。

 飽くほどの白皙を彩るあんず色の頬紅チーク。梅鼠色のロングヘアは甘い艶を放ち、同色のまつげはたっぷりと長く、朧月のように黒目がちの瞳を覆い隠していた。

 麗人という言葉が似合う女性だ。彼女の美貌は、なんというか現実味に欠けている。


 そんな妖しい美女『ナギちゃん』は、鈴を振るような声でさらりと応えた。


「相変わらずですね、照廈てるいえ雀嗣わかしお坊ちゃま」

「ギニャー! フルネーム漢字変換してボンボン呼びフルコンボはやめてぇぇ!! ていうか絶対わざとでしょぉ!?」

「嫌ならふざけた言動はほどほどに。それで、何か用があってここに来たのでは?」

「あっそうそうコハルちゃん呼びに来たんだよ。コハちーおいで~、お仕事ですよぉん⤴」


 そう、愛にかまけている場合ではなかった。ワカシたちは市内で発生した音念ノイズを狩りにいかねばならないのだ。

 通報内容には要救助者がいる可能性は少ないとあったが、だからといって出動にチンタラしていいわけでは当然ない。


 そのわりに、まるで迷子の仔猫でも呼ぶかのような声音で呼びかけたものだから、指名された当人はイラッとした表情を浮かべていた。

 このツンと目尻の釣り上がった、かわいいキツネ顔の現役女子高生が、現状ワカシ班に所属する唯一の隊員である。

 干野ほしの狐晴コハル、十八歳。彼氏はたぶん募集してないかな。


「普通に呼んでくれません? ……沼主ぬます先生、時雨くん、お付き合いありがとうございました。失礼します」

「おー。こっちこそサンキュ」

「……ん? 待って今コハるん連れてったら時雨きゅんとナギちゃん二人きりにならない? ……羨まちぃ……」

「早く行きなさい」

「はぁい。あとでボクちゃんにも個・人・授・業♡してね」


 呆れ混じりの「必要ないでしょう」に見送られながら、コハルと連れ立って訓練室を後にした。

 

 愛しの『ナギちゃん』は対音念戦闘のエキスパートたる特務隊員。

 彼女に限らず、いつも任務があるわけではない特務隊は、新人の武芸指南も担っている。それで市内の提携道場にいることも多く、班長のワカシとは普段なかなか会えない。

 だからたまにエンカウントしたら、都度全力でアピールせねばならないのだ。


 そんな班長の奇行迷言を、コハルが呆れながら付き合ってくれるのには多少なりと理由がある。


「ところでコハち、あれ決めたの? 進学の話」

「いいえ。だって、まだ寿退職の夢がワンチャン残ってますからッ……!」


 拳を握って無駄に力強く宣言するコハルちゃんの周囲に、キラキラと金箔入り花吹雪が舞う幻想が見えるようだった。


 彼女が想いを寄せているのは、あの不器用クソマジメガネ先輩こと椿吹つばき匡辰まさとき班長。

 彼に会いたい一心で葬憶隊ミューターに入り、すでに鳴虎と付き合っていると知っても諦めきれず、二人が別れた今は視眈々と後釜を狙っている。なんていうか、とーっても粘り強い性格の女の子だ。


 彼女は高校三年生。もし大学に進むなら辞めることになる。

 別にそういう決まりはないけれど、国から補助が出るのは高校まで。自前で高い学費を払っても任務でほとんど通えないのでは仕方がない。


 ――しかしその恋は望み薄だと思うよ……。

 なんて言っても聞きゃしないのは分かりきっている。それに。


「あとワタシが辞めちゃったら、班長リーダーひとりぼっちになっちゃいますし」

「ハハハ言うねぇ事実だけど。で・もぉ、今日はボクら二人ボッチじゃなかったりして」

「あら、どなかご一緒で……」


 ちょうどエントランスに着いたところで、コハルちゃんはそこに佇む人影を一瞥して、


「……なんだ、尾被おかずきさんですか」

「あからさまに残念っつー顔すんなよな。

 っと……照廈班長、よろしくお願いします」

「ハイ苗字アンド班長呼びNGーッ! こーるみー『ワカシくん』ッ☆」

「……めんどくせぇな……」


 その小声、聞こえてますことよ。

 ちなみに照廈班と呼ばれるのも嫌なワカシは、可能なかぎり「チームレッド」を呼称として広めようと無駄に努力している。班長ではなくリーダーと呼ばせているのもその一環だ。

 むろん公称ではないので基本的にコハル以外からは無視されがち。


 だいたい『照廈』なんて読める? 読めないよ。

 そもそも大抵の人は見たこともないだろ『廈』なんて漢字。中国語か?


 それに椿吹班の尾被百々輔モモスケくんは、今でこそ別の班で役職も違うけれど、そんなに短い付き合いではない。何しろ年齢は一つしか変わらないので。

 ワカシが苗字で呼ばれるのを嫌がることは彼も知っているのだから、水臭いってなものだ。




 *♪*




 そんなこんなのチーム凸凹が、中部支部を出立したころ。


 蛍は病室のベッドの上でむっつり黙り込んでいた。

 もともと独り言を言ったって誰にも聞こえはしないけれど、この場合は物理的にも口を開かずにいた、という意味だ。


 時雨を訪ねるのも気が引ける。きっとまだ蛍の顔を見られる心境ではないだろう。

 かといって、また鳴虎に寄りかかるのも違う。

 会議の内容を知っている面子はまだ限られているから、他の人には言えない……というより、蛍自身あまり広めたくはない。


(そもそも時雨ちゃんにも言わないでほしかった……それは無理だったのかな)


 小さく溜息を吐いて枕元を見る。

 さっき警報が鳴った。蛍にはもちろん出動命令は来ないので、端末は沈黙したままだ。

 とりあえず手にとって管理アプリを開く。表示によれば照廈班が出動中となっていて、時雨は支部待機のまま……まだ訓練室だろうか。


(……やっぱり、じっとしてても仕方ない)


 このままだと悪いことばかり考えそうで、蛍は痛む身体を無理やり起こした。



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