第46話:青空を飛ぶ『菓子』

『スパイさんの晩ごはん。』

第四章:戦争と晩餐。

第四話:青空を飛ぶ『菓子』


あらすじ:ターキィ殺す。

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太陽尾が輝く青い空の下の賑やかな商店街。私は知り合いの女将に声を掛けられながら目的の少女を探した。


「小さい方の黄な粉豆をひとつ。」


「おじちゃん久しぶり!アパートに帰って来ないってターニップが怒ってたよ。」


「ちょっと忙しくてな。」


不自由な身とは言え今の私には黄な粉豆を買う程度の自由はある。私は黄な粉豆の少女から竹皮のカップを受け取ると、対価の金に加えて小さな紙きれと小遣いを小さな手に押し付けた。


「え!?おじちゃんなら…。」


「チップだ。」


少女が続けようとする言葉を遮るのは、不自由な身の私とはできるだけ接触は少ない方が良いからだ。今は誰が監視しているのか解らない。


王宮に囚われていた私が解放されたのが今しがたの事である。老将軍の行方を吐くことも、ターキィの誘いにも乗らなかったのに、私は突然解放されたのだ。


幾つか軟禁部屋から出る方法は試していたのだが、それが実現するには早すぎるし、何よりターキィの裏切りを聞いたばかりなのだ。ターキィの存在意義が無くなるこの解放の意図が解らない。どんな裏があるのかは知らないが、しばらくは監視されていると考えて良いだろう。それが不自由だ。


監視されている今の私では路地裏の裏の裏の裏にある『千鳥足の牡牛亭』に行く事ができない。ターキィが店の場所を教えていると思うが、わざわざ案内する必要はない。それに、私がターキィと同類だと自白していない今は、『千鳥足の雄牛亭』に行けば墓穴を掘ることになる。


だが、オックスにはターキィの裏切りは伝える必要がある。


そこで取った苦肉の策が、黄な粉豆の少女に連絡を取ってもらう方法である。紙切れには配達屋として黄な粉豆の少女と関わりを持つチキン先輩の名前と、一羽の七面鳥が描かれている。


少女がこの紙切れを先輩に渡してくれれば、裏切りまでは伝わらないかもしれないが、警戒くらいはしてくれるだろう。


「またな。」


「ターニップに追い出されたら、ウチにおいでよ!」


「泊まる当てくらいはある。」


「あははっ。まってるよ!」


私は黄な粉豆の少女の冗談を受け流すと踵を返した。こんな小さな少女に頼らなくても自分の泊る宿くらいは用意できる。それに、ターニップは大家の娘であって大家では無い。本当の大家、彼女の父親であるラディッシュに泣きつけば、三日後くらいには帰ることができるだろう。


下らない事を考えている間に、私は目的地にたどり着いた。老将軍の屋敷、正確にはその屋敷の門の前だが、以前と変わらない様子でラデッキオは私を迎えた。


「よぉ。また来たな。」


「ああ、ひとつ聞きたいことがあってな。」


「まぁ、座れや。」


老将軍の屋敷がある通りは貴族街との境にあり人影は少なく、どこからでも見通すことができる。なので、私を監視している者には誰と会っているか知られてしまう。長話をするつもりは無かったのだが、話を聞くためには椅子に座らなければならない流れのようだ。


まぁ、近くに隠れられる物影もないので内容までは聞こえないだろう。私がため息を吐きながら椅子に座ると、ラデッキオは先ほど買ったばかりの竹皮のカップから黄な粉豆を遠慮なく奪い口にする。


「将軍の行き先なら知らないぜ。」


「なぜその話を?」


「今日は通りすがりに美味い店を探しに来たわけじゃないんだろう?なら、客の来ない屋敷の門番に尋ねる質問は主の事の他にない。」


ラデッキオは黄な粉豆が入った竹皮のカップを私の手から奪うと、代わりに詰所から取り出したひとつの袋を押し付ける。黄な粉豆と同じくらいの袋だが、口は可愛らしくピンクのリボンでくくられていた。


「これは?」


「黄な粉豆のお返しだ。話題の『勇者の雲』を焼いて作った焼き菓子だってよ。」


袋を開けると黄な粉豆より一回り大きい菓子が入っている。他のどの焼き菓子よりも軽くて白いが、表面は硬くて『勇者の雲』を材料にしているとは思えない。『勇者の雲』は他に比べようもないくらいふわふわで、手で触ってもつかめなかったのだ。私は半信半疑で焼き菓子を口に入れた。


美味い。


ほんのりと甘い菓子はサクッと心地よく砕けるのだが、破片は口の中で溶けて消えていく。確かに『勇者の雲』を材料にしているのだろうが、同じ材料がこれほど豹変するとは思わなかった。


「バアさんの自信作だ。」


私が菓子が口の中で消えていく名残を惜しんでいると、ラデッキオは黄な粉豆を空高く放り投げて、弧を描いた豆を口で器用に受け止めた。


「将軍の行方はオレもさっぱり判らねえ。もう少し信頼されていると自負してたんだが、蚊帳の外だった。おかげでオレは大目玉を食らったぜ。」


老将軍と二人のメイドしかいない屋敷に門番が必要かと言えば、そうでもない。普通の貴族なら身近な場所に護衛の人間を配置する。賊の侵入は防げないが、その方が人命が助かる可能性が高いからだ。


だが、老将軍の屋敷には詰所まで用意されている。


まるで、護衛の人間を屋敷の中に入れたくないかのように。


つまり、門番は明らかに老将軍の意志に反して付けられた人間だ。


そう、彼は老将軍を護るためにいる人間では無く、老将軍を見張るための存在。老将軍の出入りを監視して、そして、老将軍の元に訪れる人間を監視する存在。私と同じ存在だった。


この屋敷は見通しが良すぎる。侵入者が隠れる場所も無いが、老将軍が隠れてどこかへ抜け出せそうな隙が無い。門番一人だけでも十分に見張れる。だから、老将軍の行方を聞きに来たのに、彼は知らないという。


「愚痴なら聞こうか。」


「ああ、ただの独り言だ。聞き流してくれ。」


老将軍が消えた日。その日も彼はいつも通り門番の仕事についていたそうだ。いつもと変わらず詰将棋をしていたのだがしかし、その時にはすでに老将軍は消えた後だった。


知らされたのはずっと後。老将軍の元を訪れた客を通すために屋敷に連絡を入れた時らしい。しかも、その客は老将軍の在宅を確認しに来たラデッキオの仲間だったから騒ぎが大きくなった。


「オレとしては命令だけして放置してるヤツより、こうして菓子やメシを差し入れてくれるバアさんの方が好きだったんだぜ。」


先ほどから彼が口にしているバアさんとは、老将軍の食事を用意や『ツーク・ツワンク』のレシピも任されている老メイドの事らしい。


まんまと餌付けされたラデッキオは雇い主の意思に反して、老メイドはもちろん老将軍の些細な頼みを聞くようになっていた。その頼みごとの中で秘密の抜け穴の存在を知ったようだ。


「信頼されていると思っていたのに、仲間外れにされるとは思わなかったぜ。」


ラデッキオは嘆いているが、老将軍はラデッキオを屋敷の人員に数えていなかった。それが真実なのだろう。


「また元の雇い主に尻尾を振るか?」


「とんでもない!裏切る気が無いから、こうして真実を話しているんだぜ。」


ラデッキオは黄な粉豆を噛み潰した。彼の言うことが真実でも嘘でも、私に話す必要は無い。私は老将軍の店に行くただの客でしかないのだ。


「どうして私に?」


「オレの穏やかな生活のため。まぁ、そのうち解るさ。」


理由が解らずに聞き返すが、ラデッキオはそのうちと繰り返した。その後は話題をはぐらかされてばかりなので、私は仕方なく話題を変えた。


「私を門から帰したのは手違いだと思うか?」


「違うだろうな。」


老将軍に秘密の抜け穴から招かれた私を、中にいる二人のメイドは知っていたはずだ。若いメイドは秘密の抜け穴の入り口で出迎えたし、あれほどの料理を作る老メイドが、粗のある仕事をするとは思えない。


たとえ老将軍が二日酔いで寝ていたとしても、客をもてなす彼女たちは私を誘導して秘密の抜け穴から帰し、主人の秘密を守っただろう。


私は意図して表門から帰されたのだ。


だが、ラデッキオに尋ねても私を門から帰した意図は読み取れなかった。ついでに教えてくれた話では、彼は私が老将軍の屋敷に訪問した時に小用で席を外していたとごまかして報告したそうだ。独りで見張りができるわけがないと嫌味を含めて。


この後もラデッキオの愚痴は続いたが、内容は彼の上司や同僚に対する不満で、どこにでもありそうな話ばかりだった。知りたかったことのひとつもまともに教えてもらえずにもやもやが残るばかり。


しかし、私の予定はひとつ増えた。


私はラデッキオを真似てメレンゲの菓子を空に放り投げたのだが、軽い菓子は風に流されて飛んで行った。



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次回:罠と『手管』




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