第39話:秘密の『抜け穴』
『スパイさんの晩ごはん。』
第三章:ツーク・ツワンクの老人たち。
第十一話:秘密の『抜け穴』
あらすじ:一勝一敗。
------------------------------
三回目の対局の前に場所を変えようと言いだしたのは老将軍だった。
「おいおい、せっかくの勝負が見られないじゃないか!」
「そうじゃ!御膳立てをしてやったのはワシ等じゃぞ。」
「ターニップちゃんのために応援してやっているのじゃ!」
「悪いな。ゲームに集中したい。」
老将軍の提案は私にも渡りに船といったところだろうか。老人たちをはじめとした野次馬に気を取られなくなれば集中できる。騒ぐ野次馬を制して老将軍は私を部屋の外へと連れ出し、入ったのは予想に反して『プライベートルーム』と書かれた扉の奥。関係者以外立ち入り禁止の区域だった。
てっきり、老将軍と初めて会った個室に連れていかれるものだと思っていた。
もちろん、この店のオーナーである老将軍なら関係者であるのは間違いないだろうし、オーナーに招待された私も入るのに問題はあるまい。だが、プライベートルームと言えば聞こえはいいが、中は従業員の休憩する場所と普段使われない家具や食器の倉庫もなっている。必要以上の空間は無く狭い。
「ふっ、こっちだ。」
私が眉をひそめていたからだろうか、老将軍は軽く笑ってプライベートルームの奥にある隠し扉を開いた。中には階段がある。地下に応接室のような部屋があって、老将軍はそのまた奥にあった隠し扉を開いた。
「どこに続いているんだ?」
2重に隠された秘密の通路。
老将軍がスイッチを入れると、魔道具の白い光が長い階段を照らした。見える限りまっすぐに伸びていて、曲がっているようには見えない。ともすると、『ツーク・ツワング』の敷地を出てしまいそうだ。
「オレの家だよ。」
『ツーク・ツワング』が老将軍の屋敷の隣に建てられているのを思い出した。普段は門から遠く、意識もしないが。そして、誰かに見張られていると言う事を。
「毎日、尾行されて嫌になったのさ。」
表の門から出入りをすれば尾行される。何もやましい気持ちが無くても、気分がいいものではない。しかし、ずっと家に籠ってばかりでは退屈らしく、気軽に屋敷を抜だせる道を作ったと老将軍は笑う。
これだけの地下道を秘密裏に作るのは大変だっただろう。監視されている中で、信頼できる業者を探すだけでも一苦労だ。と考えていたら、暇つぶしに老将軍が自ら掘ったというから驚きだ。それほどまでに老人達とで遊びたかったのか。
「いいだろ。抜け道は男の浪漫だ。」
拗ねる老将軍は地下通路の突き当りのドアを開く。すると、メイド姿の少女が私達を出迎えた。落ち着いた色合いの服に飾り気のない化粧。目鼻立ちは整っているが、老将軍からすれば孫のような歳だろう。
「いらっしゃいませ、お客様。おかえりなさいませ、旦那様。」
「夕食は二人分だとケールに伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
素っ気ないやり取りを老将軍との間で終えた少女が居なくなると、再び屋敷は静になる。老将軍を迎えるためだけに、メイドの少女を地下道の入り口でずっと待機させていたのかと問うと、明かりの魔道具と連動して報せる魔道具があるのだそうだ。そういえば、門番の男もスイッチを押したら屋敷に連絡が届く魔道具があると言っていた。
「気楽にしてくれ。今はルシアの他に誰もいない。そのうち夕食を作りにケールが戻ってくるが、それだけだ。」
広大な敷地に建てられた大きな屋敷に使用人も含めて今はたった3人。老将軍とルシアと呼ばれた今のメイドの少女。そして、料理を得意とするケールと言う女性らしい。悲しいことに門番をしているラディッキオは数に含まれていないようだ。
門の外から見た時は大きな屋敷だと思っていたが、彼の屋敷の中はぽっかりと広場になっていて、青空が見える。屋敷に立てこもるような有事の際に、中庭で野営もできるように作ったのだそうだ。一部屋しか無いアパートで暮らしている私としては、小さな商店街が入りそうな広場がもったいなく感じる。
四角い中庭に面した通路を進むと、中庭に面した日当たりのいい場所に備え付けの大理石のチェスの台があった。老将軍に招かれて私は黒の椅子に座る。
最後はチェスにするのかと思ったが、台に乗った駒は動いていて、どうやら対局の途中のようだ。山になった手紙が籠に入れてあるので、書簡チェスでもしているのだろうか。
椅子に腰かけてチェスの駒の状態を確認している間に、先ほどのメイドが切り分けた果物を運んできた。白い果肉に薄っすらと挿す紅。老将軍が勧めるので私は遠慮なく口に入れた。
美味い。
柔かい果肉は噛むと滴るほど果汁が多く、トロッと舌に絡みついて甘い。対局の緊張で乾いた喉を潤し、使い過ぎてぼやけた頭に、甘さが癒やしてくれる。今の私には最適な食べ物だ。
たぶんだが、桃だろうか。生の桃の実は柔らかく傷付きやすい。フォージ王国に来る桃は干したものやジャムなので、生の桃を食べるのは初めてだ。
「それで、本当に好きな娘は居ないのか?」
真剣な表情の老将軍に私は桃の果汁をブホッと吹き出しさになる。いくらバスケット王国と言えど、の果実より傷つきやすい桃は高価だ。現に50本のパンを運ぶ切っ掛けになった果物屋には置いてない。
「…ああ。」
「でもよ、本当に好きな娘がいないなら、オレ達には適当な娘の名を挙げてもよかったんだぜ。あの娘たち以外でもな。」
適当な名前を挙げておけば老人たちは満足する。老人達はからかいはするが、余計なお節介は焼こうとは思っていないらしい。下手に介入をしてしまうと、彼女達の努力を無駄にしかねないと。つまり、悪趣味だが、私が慌てふためく様を見て楽しみたいだけなのだろう。
「オマエが頑なに黙るから、あいつ等も躍起になるんだ。」
故郷のクソジジイ共も似たように言っていたが、こういう時の彼らの言葉は当てにならない。絶対に余計な介入をしてくる。
「『婦人相互自衛会』なんて大層なものを作ったのも、彼女達のためなんだろう?」
口止めをしていたのに、どうして老将軍の耳に入っているのか。『婦人相互自衛会』は女性達が王都の中を少しでも安全に行き来できるように考えた組織だ。そうなればターニップは気軽に好きな場所に行けるようななるし、シャロットはパンを売る範囲が広がる。
少なくとも、会の創設者になった果物屋の女将達にはそう伝えている。
しかし、それは表向きの話で実のところ、果物屋の女将に相談された機会に乗じて女性を集めたに過ぎない。今は小さな集団かも知れないが、力を付けたた時には王国は無視できなくなる。
昨日も代表に収まった果物屋の女将が大量の署名を持って王宮に直談判に行っている。一定の成果を上げている『婦人相互自衛会』に融通を効かせるようにと。彼らの仕事を肩代わりしているのだ。それくらいは当然だろう。
だが、衛兵達からすると、自分達の仕事に不満があると御婦人達に言われたようなものだ。なにしろ、自分が捕まえられなかった犯罪者を女性が連れてくるのだ。理屈では解っているだろうが、感情として気分が良い事ではあるまい。素直に言うことを聞くかどうか。
男と女の諍いの歴史は古い。
衛兵を取り仕切るのは軍の指揮を執る貴族なので、『婦人相互自衛会』が犯罪者を捕まえて引き渡すだけでも彼らの仕事が増えている。それがスリのような小さな犯罪でも数が増えれば負担は増える。そこに来て『婦人相互自衛会』と衛兵の間にわだかまりができれば戦争に集中できなくなるだろう。少なくとも、煩い小蝿が飛んでるようには感じる。
そのうち、わだかまりが大きくなって女将たちが戦争にも口を出してくれれば万々歳だ。腹を痛めた我が子を心配しない母親は少ない。そして、戦争に旦那や恋人を取られた女性も多い。可能性はゼロでは無いはずだ。
回りくどいやり方だし、本人たちの意図とは違う目的。だが、バスケット王国の内側から戦争を止める方法のひとつになりうる。
「考えすぎた。果物屋の女将に頼まれたから適当を口をしただけだ。」
私は老将軍の瞳を見ながら涼しい顔で嘯く。ご婦人たちに入れ知恵をして『婦人相互自衛会』を提案したのは事実だが、私の思惑は誰にも話していない。
「焚き付けたんじゃないか?」
「御婦人達に囲まれる怖さを知らないか?」
「そう言うことにしとくか。」
ニヤニヤ笑う老将軍は私の本当の意図に感づいているのかもしれない。「おかげで軍部の連中が頭を抱えているぞ。」と老将軍が楽しそうにしているのを見ると、案外、軍を追い出された彼も思うところがあるのかもしれない。私は素知らぬ顔で次の桃に手を伸ばした。
「まぁ、若いうちは恋くらいしとけよ。」
桃に夢中になるふりをする私に老将軍は独りごちた。だが、私は食べ物も無い国を見てきている。未来の無い国を。戦争が終わり国の子供達が育ってくれるなら、私ひとりが子供を作るより豊かな未来が待っているだろう。
老将軍の言葉を、富める者の贅沢だと聞き流した。
------------------------------
次回:最後の『ゲーム』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます