怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル【コメント:判断が遅い】
【ボツ】怪Vtuberの殺人オークション・チャンネル(1).text
アメリカ合衆国グリーンウェル州オールドハイト市。その中央区にあるダイナー、レッドドラッカー。すでに夕方。仕事帰りの人々が通りをすれ違う。その窓際の席に、二人の男が座っていた。
スーツ姿の男が、向かいの席に座り、突っ伏している男をなだめている。
「あのな、ドモン。そうやって机の上に広がっててもどうにもなんないんだぞ」
窓の外で車のヘッドライトが煌めいていた。まるで星空のようだ。もっともそんなものまじまじと見たことないが。
おさまりの悪い黒髪が、陸に揚がったクラゲのように机に広がっていた。なぜこうなっているのか。 端的に言えば、今日の夕方ドモンはバイトをクビになった。彼にとっては奇跡的に一月続いたが、とにかく意に沿わない解雇であったことに変わりはない。
「だいたいお前、なんだよサンドイッチ屋の着ぐるみって。もっとなんかあったろ」
うう、と黒いクラゲが唸った。赤毛のスーツの男──サイは取り急ぎコーヒーとホットドッグを頼んだ。本当はサンドイッチが良かったが、今の彼には刺激が強すぎるだろう。
「……しょうがないでしょう。すぐ雇ってくれたのがそこだけだったんですから……」
「で、今回はなんでクビになったんだ?」
「通りがかりの人にぶん殴られて、着ぐるみが壊れまして、その……」
ちらりと覗いた目の視線が泳いだのを見て、サイは察してしまった。
こいつまた殺ってしまったのではないのか。
ドモンはプロの暗殺者である。サイはカタギの新聞記者であるが、彼が可能な情報収集できる範囲で言えば、相当優秀なレベルである。しかし、ドモンは暗殺という仕事を恥じている。倫理的というよりも、それしかできない自分の能力の低さを恥じているのだ。
故に、現代社会に馴染めず、こうしてバイトをしたりクビになったり──ムショにブチこまれたりしながら、なんとか生きている。それでも、加減ができない時があるらしく、時たま明らかに相手を殺ってしまった──反応をする。 サイには真実はわからない。ドモンは暗殺者として、必要最低限のカモフラージュを実施する。ぶん殴っただけなのか、殺したのかはわからない。ただわかるのは、この男が明らかに『何かやってしまった』ことだけだ。
「そんな目で見ないでくださいよ。……こっちは一生懸命やったんですから」
「何をだよ」
「警察沙汰にはならないようにしました。多分。でも、着ぐるみ壊したってんで、どっちにしろクビに……」
ため息をつく他なかった。確かにこのオールドハイトという街は、なんでも起こりうる。裏路地を曲がったら名もわからぬ死体がゴロリと転がっているのはザラだし、なぜそうなったのかとうとうわからないことだって珍しくないのだ。
「……で、どうすんだよドモン。お前今アパート借りてんだろ。家賃払えんのか」
「着ぐるみの弁償でそれどこじゃなくなっちゃいました……へへへ、どうしましょう」
笑ってるのか泣いているのか、複雑な表情を浮かべながら、ドモンはうなだれた。
サイはしかたなく、またこの友人のために助け舟を出してやることにした。
「……じゃ、また仕事やらないか」
「仕事?」
がば、とドモンの頭が上がる。
「こうなったらなんでもやりますよ」
「言ったな? あとからなしって言われても聞かねえぞ。……お前、Vtuberって知ってるか?」
「なんですそれ」
「見るほうが早いな。これ見てみろ」
動画配信アプリを起動すると、とある動画が立ち上がった。ウサギ耳のアニメキャラクターが映っており、小首を傾げたり笑顔を見せたりしている。
「なんですこれ。アニメですか?」
「動画配信者の一種類だ。最近のトレンドでな。この子は平面の画像を動かして表情をつけてるが、金がかかってるのだとモーションキャプチャーで動きをつけて、リアルタイムで配信するなんてのもあるらしい」
「実写じゃないだけで、やってることおんなじじゃないですか?」
「二次元のキャラクターと同じ土俵に立てるのがウリなんだと。当然アニメと違って、視聴者と配信者の距離も近い。実写の配信者と違って、配信者の容姿や性別に左右されないから、スタートラインにさえ立てればキャラクターだけで勝負できる。流す側と見る側、どっちにもメリットがあるってこったな……」
うさ耳の配信者がホラーゲームに絶叫しているシーンでサイは一時停止させ、別の動画へとジャンプした。
「で、見てほしいのはこっちだ。『マリー&ホロウのおしゃべりチャンネル』」
おどろおどろしい、チープなホラー映画のタイトルみたいなフォントのロゴが表示されたあと、3Dで描画された茶色の長い髪の女が手を振っている様子が映る。廃墟めいた薄暗い背景の中、ゴシック調のイスに腰掛けた女が口を開いた。
「マリマリマリーでおはこんばんちは。三回呼ばれてあなたのそばへ。都市伝説系Vtuberのマリー・ザ・ブラッディの動画へようこそ! 前回の動画もめちゃくちゃ盛り上がったわね〜」
白いドレスの女はそうして笑顔を見せながら、楽しそうに話を始めたが──初めて見るドモンにとっては異様な光景であった。
動画の右側には、目で追い切れないほどのコメントがスクロール上に表示され、目立ったものにはマリーが的確に返事をしていく。単なる雑談が十分ほど続いた後──マリーが手を合わせて笑顔で切り出した。
「じゃ、そろそろ始めましょうか。前回の『ホロウの生贄』〜! 投げ銭三万ドルは痺れたわね〜。そんなにぶっ殺したかったのかしら?」
ぶっ殺す? 確かにホラー映画みたいな演出をしているが、マリーのポップなアニメ調の姿には似合わない言葉だった。
「チャイニーズ・マフィア蛇頭の構成員、清龍門氏は投げ銭三万ドルでホロウの生贄となり、見事先週彼によって召されました〜。はいおめでとう〜! 恨みは晴れたかしら? じゃ、次の降霊会まで時間を置くから、三週に渡って新しいゲームやりまーす。これ楽しみにしてたのよねー」
ドモンは思わず画面をタップして、動画を止めていた。なんだこれは? インターネット上で、堂々と殺しの相談をしている。
「……なんの冗談なんですコレ。遊びにしちゃ過激すぎやしませんか?」
「そう思うだろ?」
サイはため息混じりに新聞紙──ひと月前のもので、信頼度は折り紙付きのオールドハイト・タイムズをテーブルに投げた。三面記事に小さく『チャイニーズマフィアの構成員が一人、首を切られて殺された』と書いてある。
「このチャンネル、基本的には生放送の動画以外はすぐ消えちまう。この動画はアーカイブを取ってたファンから教えてもらったんだ」
「こんなことしててよく怒られませんね」
「そのファンにも分からんとさ。冗談として取られてるにしろ悪質すぎるし──なにより、ここで依頼をかけられた人間は、全員首を切られて死んでるんだ」
死んでる?
ドモンとサイは顔を見合わせた。コーヒーポットを持ったウエイトレスがそばに立っていた。
「いい雰囲気なとこ悪いんだけどさ。ホットドッグ置いていい? あとカレシ、おかわりいる?」
ホットドッグをサイの前に置きながら、面倒くさそうな態度を崩さず言った。
「それ僕のこと言ってます?」
「そりゃ男二人で見つめ合ってたらそうかもって思うじゃん」
ドモンはコーヒーをぐいと飲み干すと、彼女の前にカップを指で押して差し出した。ウエイトレスはそれにコーヒーを注ぐと、小さくごゆっくり、と囁き離れていった。
「……で、今回はなにをやるってんです?」
「今夜、マリーの新しい動画がアップロードされる。情報によれば、生贄に選ばれた人間は三日以内に首を切られて殺されるらしい。……マジなら、記事にしたい」
サイの勤めるオールドハイト・ハッシュ誌は、いわゆるタブロイド紙であり、胡散臭い記事で紙面を埋める新聞だ。彼は彼なりにそれを良い記事にしようと考えながらも、時折わけのわからない使命感に駆られ、イカれた事件に巻き込まれることが多々あるのだった。
「……まさかとは思いますが、君自分を生贄にして、ホロウやマリーの正体を探るから、僕に返り討ちにしろってんじゃないでしょうね」
「よく分かったな。マリーは投げ銭と一緒に理由を書いて目に止まった人間を生贄に選ぶんだ。基準は分からんから、俺とは限らないが……そうじゃなくても取材にボディガードがいりそうな話だろ?」
サイはそう言うと、ホットドッグにマスタードをかけて、大口空けてかじりついた。
まためんどくさそうな話になってきた。できることなら断りたい。
「……で、報酬は」
「家賃二月分肩代わりして、仕事終わるまでは三食奢る。また俺んちに住んだっていい。ホロウの正体を突き止められたらさらにボーナス。編集長にかけあって、うちの会社の清掃業者んとこに正社員でねじ込む。よっぽどのことなきゃ辞めなくて済む」
ドモンは少しばかり考えるフリをしたが──腹は決まっていた。サイには良くしてもらっている。
彼に見捨てられたら今度こそ終わりだ。そのうちムショにブチこまれて、死ぬまで囚人と仲良くしなくてはならないだろう。
「……乗りますが──一つ確認したいことが」
「なんだよ」
「君んとこ、サブスク観れるようになりました?」
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