六章 最強スキル『人脈!』
「この人は
ほだかは自分が連れてきた人物をそう紹介した。
決して、人混みのなかで目立つ派手な顔立ち、と言うわけではないが、穏やかで気品のある風貌で『イギリスあたりの気さくな貴族』と言われても違和感のない雰囲気がある。
それこそ、モデルとしてどこかの雑誌を飾っていてもおかしくない。まわりの女子たちから『優しいお兄さん』として慕われそうなタイプで、
「はじめまして、
「あ、ああ、これはご丁寧に。
客人に先に挨拶させてしまった気まずさを感じながら、
しかし、
「いきなりですが、畑を見させていただけますか?」
「あ、は、はい、どうぞ……」
やってくるなりいきなりそう言われて、
その表情があくまでも真剣そのもの。まるで、犯罪現場からわずかな証拠を見つけ出そうとする鑑識のよう。その真剣さは見ているだけで、こちらまで身構えてしまうぐらいのものだった。
「
相変わらず、
「いつも?」
「はい」
ほだかはうなずいた。その表情が
――これは、おれも気を抜けないな。
化学的な手段に頼って作物だけを作る工業的農業を行っているか、それとも、土を養い、土のなかの生態系を豊かに保ち、その生態系によって作物を育ててもらう『持続可能な農業』を行っているか、その点を見ているのだ。
『ナチュラルレストラン』と言うからには、化学肥料や遺伝子組み換え作物を使った工業的農業ではなく、自然の摂理に則った自然農業で育てられた野菜を求めていることは聞かなくてもわかる。まずは、その確認をしっかりと行っているというわけだ。
――毎度まいど、その確認をしっかり行っているとなると、ごまかしは利かないな。本物でなければ見破られてしまう。
そう思えば緊張もすると言うものだ。
もちろん、『先祖代々の畑を自分の代で潰すわけにはいかない』という思いで手間暇かけて養っている畑。『本物』であることには自信がある。自信があるからこそ、判定されることに緊張するのだ。
「食べてみてすいいですか?」
「どうぞ」
「かの
「もちろんです」
ほだかは得意そうにうなずいた。
野菜ソムリエ。
正式にはベジタブル&フルーツマイスター。
日本ベジタブル&フルーツマイスター協会が認定する民間資格であり、『野菜・果物の知識をもち、その魅力を伝えることの出来るスペシャリスト』のことである。
その野菜ソムリエであれば、野菜の質を確かめるその姿がソムリエそこのけなのも納得である。
「なるほどな」
と、
「今後の話をさせてもらっていいですか?」
そう尋ねてきた。
どうやら、一次審査はパスしたらしい。
「どうぞ」
と、
『当然』という思いと共に、肩から緊張が降りるのを感じながら。
ここまではわかる。
わからないのは六人目。
町長の
――なんで、町長がここにいるんだ
いるはずのない人物がいることを知って、
「あんたがほだかちゃんの言っていた、ナチュラルレストランの経営者か」
「はい」
「失礼だが、うちの息子とそうかわらない年齢に思えるが。その若さでもう、自分の店をもっているのかい?」
「僕は二代目ですから。両親が新しい店を出すに当たってそちらに移ったので、僕がいままでの店を継いだんです」
「ご両親? あら、でも、
と、
「
「へえ」
「おかげで、両親はレストランの経営に専念できましたし、僕も多くの仲間や講師に囲まれて育つことが出来ました。月に一、二度、親と一緒に出かける日も楽しみでしたしね。両親は良い選択をしたと思っています」
「なるほど。いまどきはそういう子育てもあるのか」
と、
「さて。それでは、肝心の仕事の話をさせていただきます」
「うちのレストランでは、こちらのコマツナをこの額で引き取らせていただきます」
「こんな高く⁉ こんな高値で買って、お宅の店の経営は大丈夫なのかね?」
スーパーだって、農家が憎くて買いたたいているわけではない。少しでも安く買わないと客がはなれてしまうから値切ってくるのだ。それなのに、こんな高値で買えるとは……。
「うちのレストランは『お客さまお断り!』ですから。うちのモットーに賛同してくれるファンの方だけにおいでになってもらっています」
「ファン?」
「うちのモットーは『まともな食べ物にまともな価格を』ですから。そのモットーに賛同し、そのために金を出してもいいと思う方だけが来てくださいます。ですから、よそより割高になってもやっていけるんです」
もちろん、価格以上の価値のある料理を提供しているという自負はあります。
「なるほど。そんな経営もあるのか」
「もちろん、ファンの方々に負担を強いる以上、農家の方にもそれだけの条件はつけさせてもらっていますが……」
「その点は問題ない」
「先祖代々、受け継いだ畑を自分の代で潰すわけにはいかない。次の代にもきちんと引き継がなくてはいけない。その思いで養ってきた畑だ。どこに出しても恥ずかしくないという自信がある」
「はい。その点は先ほど畑を見せていただいて確認しました」
「けっこう。しかし、高く買いとってくれるのは嬉しいんだが……」
「ご懸念はわかっているつもりです」
と、
「うちの店の創業時からの年度別売り上げと来客数のグラフです。ご覧のように、うちの店の来客数はこの一〇年、微増傾向で安定しています。僕が店を継いでからもそれはかわっていませんし、両親の移った新しい店も順調です。
それと、こちらは周辺市町村の人口変化と新生児の出生数です。こちらは若干、減少気味ですが、それでも、いまの時代としては充分に安定していると言っていいでしょう。
結論として、うちの店は充分に周辺地域から支持されており、また、周辺地域も急激な人口減は考えにくい。その結果として、うちの店の売りあげは今後、長期間にわたって維持出来る。そう予測出来ます。つまり、
農家にとって『作物を高く買いとってもらえる』のはもちろん、嬉しい。しかし、それよりも重要なのは『ずっとその価格で買いとってもらえるか』という点だ。
『最初だけ高く買いとって、あとは安く買いたたく』とか、
『高く買いつづけるつもりだったけど、経営難でそう出来なくなった』とか、そんなことになったら目も当てられない。そんな懸念があるなら長期にわたる実績がある分、いままで通りスーパーに卸していた方がずっと良い。
しかし、それを知るためには相手の方針や経営状態についてくわしく聞かなければならない。必要なこととは言え、相手を疑うようで気が引ける。その聞きにくいことを自分から言い出したところは、
畑の経営者である
「ふむ、なるほど。これならあんたと組んでもよさそうだ」
「ありがとうございます」
「ただし、今期の契約はすでにスーパーとしているから来期からになるが……」
「もちろん、かまいません。それと、どうせ来期からなら他にも試していただきたいことがあるのですが……」
「試してほしいこと?」
「はい。世界にはまだまだ多くの作物があります。ですが、日本で手に入るのはそのうちの限られたものだけ。とくに、マメ類には興味深いものがたくさんあります。果肉がまるでアイスクリームのように甘いアイスクリームビーン、年二回収穫出来るバーソール、イモを作るマメであるシンカマスなど、試してみたいマメがたくさんあります。
とくに、シンカマスは水筒がわりに使えるほど水分が多い上に、甘くておいしいそうです。それでいて、カロリーはサツマイモの三分の一程度と言うのですから、女性向けとして見逃せません。これらのマメが日本の環境で育つかどうかは僕にはわかりません。ですが、育つものなら育てていただきたいのです。もちろん、買い取りは保証します」
「ふむ」
「それと、ジャージー牛を飼育してもらえませんか?」
「ジャージー牛?」
「はい。ご存じのことと思いますが、日本で飼われているに乳牛の九九パーセント以上がホルスタインです。ホルスタインは乳量は多いが乳脂率は低い。だからこそ日頃、ゴクゴク飲む分にはいいのですが、チーズやバター、クリームの原料としては物足りない。乳脂率の高いジャージー牛のミルクが身近で手に入るようになれば、なにかと便利です」
「ふむ。どうかな、町長?」
「そうね。農家の人たちに話して、意見を聞いてみる価値はありそうね」
そのまま
本来、
「おい、父さん。なんのつもりだよ、町長まで呼んだりして」
「な、なんだよ、その目は……」
「どうやら、お前とは今夜、きちんと話をしなければいけないらしいな」
「えっ?」
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