濃藍に溶ける氷雪の記憶
樹神 霖
1
雪で濡れた前髪をよけ、凍りかけている部分を引っ張る。
ため息をついたって雪はやまない。わかっているが、癖になっているからどうしようもない。そして半日が経つ今、何度目かわからないため息をついた。それもこれも、野営できそうな洞穴を見つけたはいいが先客がいたからだ。
きゅ、と鳴いたキツネは我が子を守るようにくるりと丸まった。もう一匹はこちらを警戒するように睨みつけてくる。
「なにもしない。雪がやむまででいいから、ここに居させてくれ」
そう呟いてみれば威嚇をやめた。乾燥させた果実が入っている袋を出し、中身が見える状態でキツネの近くへ置く。それから洞穴に少し入り、外套の前をしっかり合わせればさっきよりも寒さがマシになった。
轟音を立てて吹き荒れる雪はおさまる気配がない。
随分体が冷えたせいで頭が重く、目がチカチカして気分が悪い。懐から酒の入った筒を出し一口含む。カッと熱く燃えるような風味に息をつけば、少しだけ緊張がほぐれた。目を閉じ、僅かに頬に触れる雪を感じながら浅く、深く呼吸を繰り返せばゆっくり体が沈んでいく感覚に陥った。
そのままどのくらい経ったか、目を開けると曇り空から暗い空に変わっていた。ふわりとしたものが手に当たり、そっちを見ればキツネが傍で眠っていて、果実の入った袋はすっかり空になっていた。寄り添ってくれているのはお礼ということかと納得し、指先で白い毛をそっと撫でる。
ほんの少しの休息は堪能した。
重たい腰を上げ、少し凍った白い雪を踏む。
襟巻を口元まで引き上げ、いつしか貰った留め具を鞄の奥底から取り出した。今頭上に広がっている空と同じ色の宝石が嵌め込まれている。自分には似つかわしくないと思ってつけたことがないそれはすっかり冷えて、銀の部分は鈍い色をしていた。
冷たくなってしまった手に息を吹きかけ、暗い藍が広がった空を見上げる。次の街まではまだまだ距離がありそうだ。ざく、と一歩踏み出すと、背に嫌な気配がまとわりつくのを感じた。留め具を鞄に放り込み、短剣を素早く掴む。
「あー……ほんとだるいなぁ」
零れた言葉は降る雪に吸い込まれて消えた。
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