第5話 下泊市街直上戦

「クソが! しつこいやつらだ!」

 イツカが殴りかかると人狼は叫んだ。

 人狼はイツカの拳を両手で受けとめる。しかし、衝撃を殺しきれず、後ろに転がった。

 走る電車の上。足場は悪いことこの上ない。転がる人狼にさらに2、3発イツカは蹴りをお見舞いする。

「クソが!」

 人狼も反撃して、その鋭い爪でイツカの右足を切断したがイツカは気にも止めなかった。切られた足は一瞬で元通りに繋がり、その足でさらに人狼に蹴りを見舞う。

 人狼は転がっていく。

 どうやら、状況はイツカが優勢だった。人狼はイツカに抵抗すら出来ていない。イツカが強いからなのか、人狼の力が弱まっているからなのか。

「おら、諦めろ。とっとと『香炉』を渡せ」

「うるせぇクソが! ようやくめぐってきたうまい話なんだ。こんなところでふいにしてたまるか!」

 人狼はそう言うと上着のポケットからなにか取り出した。

 宝石が埋め込まれ、綺麗な装飾が施されたものだった。おそらく、あれが『香炉』。

「くはははは。これさえ使えばこっちのもんだ」

 人狼はご満悦だった。勝利を確信した笑みだ。

「おい! 出番だぞ!」

「え? 俺ですか? ここで?」

「当たり前だろ。私じゃあれにはどうしようもない。選手交代だ」

「でも、ケンカさえしたことないです」

「なんとかなる。お前は私の眷属だ」

 そう言ってイツカは私の腕をつかみ、前に押し出してしまった。

 人狼はなにごとかと眼を見張ったが、やがてニタニタ笑い出した。

「くははは。下僕を盾にってわけか。同情するぜ。哀れなやつだ」

「そいつは転生者だ。この世界の魔術は効かない」

「は?」

 その言葉を聞いて人狼は表情が変わった。唖然としていた。

「て、転生者だと?」

「ああ、そうだ。私が呼んだ」

「バカが。どうなっても知らんぞ」

 人狼はワナワナ震えていた。

 俺とイツカを見てだ。なにがなんだか分らないが、どうやら状況の劣勢を感じてということだけではなさそうだった。

「なんだ。なにがおかしいんだ」

 私は思わず聞いた。

「普通転生者ってのは女神が世界の境界を超えて選んだものを呼び出す。世界のためにだ。それを勝手に下界の人間がやるのは外法だ。どんなリスクに見舞われるか分かったもんじゃない」

「ま、マジでか」

 とんでもないことを言われた気がする。こんな世界だ。女神だのがいると言われてもそこまで驚きはしない。なので、私の存在がおかしいなら、天罰的なものがあったとしてもなんら不思議ではない。

「おい、どういうことなんだ」

 私は後ろのイツカに言った。イツカはまるで気にも留めず面倒そうな表情だった。面倒そうにするな。大変な話だろうが。

「なんでも良いから。とにかく戦え」

「なんでも良くないだろ! どうなるんだ私は!」

「なんとかするから。心配するな」

「なんとかするって.......」

 ひどくあいまいな返答だった。まったく安心出来ない。神様的なものが本気を出して、果たしてイツカがどうにか出来るものなのか。私は少し考え込んでしまう。果たして自分は大丈夫なのかと。 

 と、そんな問答を二人でしている時だった。

「あ、てめぇ! 逃げるなボケ!」

 見れば人狼がさっと電車から飛び降りていくのが見えた。

 それを見るなりだった。

 イツカは私の首根っこをその手で握りしめた。

「は?」

「かましてやれ」

「は?」

 状況を確認する暇もなかった。私は気づけば電車の上から放り出されていた。

 いや、放り出されたなんて生易しいものではなかった。ぶん投げられたのだ。まるでボールか何かのように。人狼めがけてぶん投げられたのだ。

「うわぁああ!」

 叫んでいる間に、一瞬にして、私の視界は人狼の元に到達した。そのまま激突し、街に落下する。

 大通りの中央分離帯。その緑地に叩きつけられる。ゴロゴロと転がる私と人狼。10回転くらいそれを続けて、ようやく私たちは停止した。

 私は起き上がる。明らかに体中に激痛があり、見れば明らかに曲がってはならない方向に曲がっていた。しかし、それも一瞬で治っていった。やはり、私も吸血鬼だからだろう。

 そして、人狼はと言えば私の下で完全に伸びていた。姿も人間のものに戻っている。ありふれたその辺の男だった。さっきの青年とは違う。これがこいつの本当の姿なのか。

 とりあえず、これで任務完了ということだろうか。私は、人狼の手に握られた『香炉』をその手に取った。

 振り返るがイツカはまだ来なかった。

 その時だった。

「なんだ!?」

 空がいきなり強く光輝いたのだ。主に、私の真上の方で。強い光は収束し、明らかになにかをチャージしているように見えた。明らかに今にも私になにかが落ちてきそうだった。

「ああ!? これが女神様の罰とかいうやつ――」

 言葉は最後まで形にならなかった。

 私の視界は次の瞬間には光で埋め尽くされなにも分らなくなった。

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