第48話 やる気充分なお嬢様

 車で30分ほど。着いた先は隣町の図書館だった。業者通用口にトラックと高級車が並ぶ異様な光景を目の当たりにしながら車を降りる。

 学校とは逆方向の区域でいよいよ文化祭との繋がりに頭を悩ませていると、深愛が腕を絡ませてきた。

 フリルのついた可愛らしい女の子とジャージ姿の男というミスマッチも甚だしい組み合わせだが、使用人と運搬業者らしい人たちしか居ないため特に気にしないことにした。


「さて、行きますわよ!」


 当然ながら目的地はこの図書館らしい。深愛に腕を引かれて裏口から館内へ。俺たちを先頭に20名程の人たちがぞろぞろと続く。

 短い通路を抜けると扉をひとつ挟んでスタッフルームへ出た。ここで働くスタッフだろうか。制服に身を包んだ若い男女が1人の男性を囲んでいる。

 その中心にいた、白い髭をたくわえた初老の男性が俺たち──正確に言えば深愛の存在に気づき、慌てて立ち上がる。


「ま、まさか深愛様がお越しになられるとは。御足労感謝いたします」

「突然お邪魔して申し訳ございません。そうかしこまらず、肩の力を抜いてくださいまし」


 深々と頭を下げる男性に深愛は柔らかい声色で声をかける。他のスタッフたちも彼に倣いぺこりと頭を下げる。流石は雲母家の令嬢。隣町であろうとその知名度は健在か。

 普段から"同い歳の異性"として接することの多い俺にとって、彼らの反応は新鮮だった。


「お父上よりお話は伺っております。準備は整っておりますが、先に状態をご確認されますか?」


 何の話だろうかと頭にハテナを浮かべる俺を他所に深愛は話の内容を理解しているようで「そうですわね」と考える仕草を見せる。


「状態もそうですけれど、どんな本があるのか見ておきたいですわ。少し館内を見て回ってもよろしくて?」

「ええ、是非とも。小さな図書館ではございますが、ジャンルを問わず数多くの読み物をご用意しております。お気に召すものがございましたらご一緒にお貸し出しいたしますとも」

「ふふ、では少しお席を外させていただきますわ」


 深愛は館長らしき白髭の男性との会話を済ませると俺の腕を引いた。


「さ、行きますわよ」


 抵抗する気は毛頭ないが、そんな暇もなくグイグイと腕を引かれて部屋を出る。屋敷組の『やはりこうなるか』と言いたげな顔を網膜に焼き付けながら。


 館内はやはりと言うべきか、図書館だった。特筆すべきことは何もない。ジャンル毎に仕分けされた本が著者名順に綺麗に陳列されている。

 文庫、専門書、雑誌や新聞、絵本等々様々な本が取り揃えてあるが、特別種類が多いかと言えばそうでもない。あくまで自治体経営の図書館のようだ。

 深愛と他愛ない話をしながらぐるりと一周したところで俺は足を止めた。


「それで、俺は何をすればいいんだ? まだ文化祭の手伝いとしか聞いていないんだが」


 その疑問が口に出たのは当然のこと。先程館長らしき男性との会話からも詳細な目的は見えてこなかった。少なくともこれらの本と関係しているのだろうと予想はつくが、やはり文化祭との繋がりは見えてこない。


「こちらの本をお屋敷へお運びするのですわ」

「こちらって……全部か?」


 規模は大きくないと言えど、ざっと見て回っただけでも数千数万の本がある。これら全てとなると1日2日で終わるとは到底思えない。

 それに、雲母家に運ぶと言っても収納しておくスペースが無い。ダンボールに詰めて置いておくだけならいいが、それならばわざわざ雲母家に運び込む理由もない。

 半ば億劫になりつつあった俺に深愛は首を振って否定を示す。


「児童書と雑誌……それと文庫本くらいですわね。文庫本も有名な著書と短いお話に絞りますわ」

「随分と偏ったチョイスだな」


 園児から中高生くらいにターゲットを絞るような選別だ。普段は読書をしない人へ向けた選定とも言える。

 今回の文化祭は祝日と土曜日の2日間で行われる。地域住民へ向けたイベントとするのだから当然と言えば当然の日程だが、そうなると生徒の親や兄弟もこぞって参加することになる。

 だんだんと深愛の──と言うよりは深愛の父親の目的が見えてきた気がする。


「屋敷で図書館でも開くのか?」

「ご明察、と言いたいところですけれど、惜しいですわね」


 それだけではないと彼女は再び首を振る。これ以上はわからないと手を挙げると、彼女はにこりと微笑んだ。


「私たちはお屋敷でレンタルブックカフェを開きますわ!」

「レンタルブックカフェ?」


 彼女の言葉を反芻して首を傾げると、彼女も一緒になってこてんと首を曲げる。


「あら、ご存知ありませんこと? 読書を嗜みながら飲食を楽しめるお店ですわ。近年人気で少しずつ増えつつあるとか」

「いや、それは知ってるが……」


 ブックカフェはその名の通りカフェと本屋が合体したような店だ。店内でゆったりと試し読みをして、気に入った本があれば購入し持ち帰れる。そんな自由度の高さから読書好きの人たちから人気を博している。

 レンタルということはそれを図書館の本を用いて開店しようという試みだろうが、俺には2つほど疑問点が浮かんでいた。


「屋敷で開催するにしても場所はどうする気だ? 書庫なら十二分に広いし椅子やテーブルを持ち込めば可能だろうが、それならここから持ち出す必要もないだろ。それに、学校から雲母家までは歩けば30分はかかる。子供には厳しいんじゃないか?」


 当然の疑問点だと思ったが、深愛はふふっと声を漏らす。


「弥太郎君は心配性ですわね」

「せっかくやるのなら見切り発車じゃなくきちんと詰めておくべきだろ」

「そうですわね。ですが心配ご無用ですわ。既に手筈は済んでおりますわよ」


 深愛は絵本を手に取りペラペラとページをめくる。俺がたどり着く疑問程度、深愛や彼女の父親に想像できないはずもないようだ。


「当日はお父上が所有するバス会社の方々にお手伝いいただいて学校とお屋敷との区間に臨時のシャトルバスを走らせますわ」

「流石は雲母家だな……」


『Mia Production.』に限らず多くの会社を所有していることは知っているが、バス会社も例外ではないらしい。


「今回の文化祭の目的は地域住民の方々との交流ですわ。皆様にご不便をかけるようでは楽しんでいただくのもままなりませんわ。今回お屋敷の本ではなくこちらの図書館にご協力をお願いしたのも同じ理由ですわ。こちらは購入したい本を注文して購入することもできますの。お屋敷の本も販売するわけにはいきませんし、せっかくならもっと交流の輪を広げて地域の活性化に繋げる方がよろしいかと思いまして」

「なるほど……よく考えてあるな」


 彼女の話にはただただ感心する他なく、俺は何度も相槌を打ちながら彼女の声に耳を傾けていた。

 客に他所の本屋で買わせたり雲母家で代わりに注文することもできなくはないが、それならばこの図書館の強みを多くの人に知ってもらう方が関係する全員にとって嬉しいことばかりだ。


「そういうことならわかった。だが、場所はどこにするんだ? 書庫に本を詰め込むわけにもいかないだろ?」

「あら? それなら良いお部屋があるではありませんか」


 そんな都合の良い部屋が余っていたかと首を捻る。いや、部屋はこれでもかと言うほど余っているんだが。

 記憶を遡り約1か月前まで戻ったところで「あっ」と声が出る。


「あの時掃除した部屋か」

「ご明察ですわ」


 俺が雲母家に世話になり始めて間もない頃。慧さんと初めて一緒に仕事をした日、俺は使われていない書庫の掃除をした。

 埃まみれで入るだけで咳き込むほどの部屋だったが、慧さんのおかげもあって随分綺麗になったと思う。

 後から慧さんに聞いた話だとただの大掃除とのことだったが、ようやく用途が生まれたらしく掃除した身としては嬉しい限りだ。


「弥太郎君と鮫ちゃんが丹精込めて掃除してくださったお部屋を有効活用させていただきますわ。一緒に素敵なブックカフェを作りますわよ!」

「ああ、そうだな」


 気合を入れる深愛につられて口角を上げる。

 せっかくやるのだから顧客に喜ばれる店にしたい。深愛の考えに応えるためにも。

 これもまた『他人の幸せのため』の行動ではあるが、以前までとは違うやる気と高揚感に胸を膨らませていた。

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