幕間2

 春斗は通信を切り、天井を仰いだ。それからスマートフォンを取り出して、電話をかける。

 発信先は班目麗美香だ。

 夢屋の事情に詳しい彼女にどうしても確認しておきたいことがあった。

 コールサインが二度続き、班目は出た。


「春斗君、どうかした?」

「今日、第三回ナイトメアゲームに巻き込まれたんですけど――」


 春斗は要点をかいつまんで、すごろくゲームのことを伝える。


「――それでその時、案内人が自分は夢屋に作られた人間だと言っていたんです。なので、おそらく班目さんが言っていた夢屋がナイトメアゲームにかかわっているんだと思います」

「やっぱり……」

「そこで班目さんに聞いておきたいことあるんです。前回、話した時に聞きそびれてしまったことなんですが」

「なに?」

「夢には作成者ホストが知っている人物しか呼び出すことができないって話でしたよね。では場所はどうですか?」

「場所?」

「第一回のナイトメアゲームでぼくらは、実在するショッピングモールに呼び出されたんです。それは作成者がそのショッピングモールを知っていたということでしょうか?」

「ああ、そういうことか。うん。その通り。夢に出てくる場所は、作成者の頭の中にある記憶や情報やイメージに依存するみたいだから。現実には路傍に転がる石ころや建物の傷なんかがあるけど、そんな細かいところまでプログラムしていたら、データが膨大になりすぎて、とてもじゃないけど処理できないと夢屋は言っていた。だから夢屋は大雑把にしか舞台を設定しないんだって。第一回のゲームを例に出すと、夢屋は“大型ショッピングモール”とだけ舞台の設定をしているはず。そして作成者の記憶やイメージの中にある“大型ショッピングモール”が夢に出現して、それがパルゴ品川店だったんだと思う」


 ということは第一回ナイトメアゲームの会場だったパルゴ品川店を知っている者が作成者なのだろう。

 春斗は班目に礼を言って、電話を切る。


 ――わたし、このパルゴによくデカフェのコーヒーを買いに来るから知ってるんだよね


 夏美の言葉が春斗の脳裏をよぎる。もし参加者の中に作成者がいるのであれば、それはやはり夏美なのだろうか。

 いや、そう考えるのは早計か。品川店なら春斗も秋彦も知っている。それに他の参加者が知っていても不思議ではない。特に東京に住んでいる者であれば、知っている可能性はそれほど低くはないだろう。


 ――そういえば、東京に住んでいるのは誰だったっけな


 雑談の際に出身地の話題になったことがあったため、春斗は何人かの居住地を把握している。


 ――確かサリマリと大杉さんが東京で……いや、改めて調べるか


 スマートフォンで“フェイスタ”を呼び出す。そこで参加者のプロフィールを見る。すると彼らの現在の居住地が判明した。

 サリマリと大杉は東京、柳と冬木が千葉、蒼井は北海道。投稿内容やSNSの交友関係からこの居住地に間違いはなさそうだ。さらに彼らが過去に住んでいた場所も投稿内容から探る。すると柳が中学時代に東京に住んでいたくらいで、他の人たちは引っ越しをしていないようだった。


 ――こう考えると東京に住んでいるサリマリと大杉さん、以前東京に住んでいた柳さんはパルゴ品川店を知っていてもおかしくはない


 ただ可能性だけで言えば、東京に住んでおらずとも、品川店に行ったことのある者はいるかもしれない。だからこれは参考程度だ。

 そもそも参加者の中に作成者がいるとも限らないのだ。考えすぎても仕方がない。サリが夢から醒めないのは、何かの手違いで、安全圏でほくそ笑んでいる作成者による嫌がらせという線もある。

 今はまだ情報が足りず、可能性が多すぎする。

 どれだけ考えても答えは出ないだろう。




 

「春斗は俺、春斗、夏美以外の参加者も作成者ホストの可能性があると言ってたよな? 他の人たちも春斗や夏美のことを知っていた可能性があるからって」


 秋彦は学校の廊下でそう言うと、先を続ける。


「もし俺たちの他に以前から夏美や春斗のことを知っていた人がいるとしたら、誰が一番有力?」

「どうだろう。可能性はいくらでもあるし、仮説ならいくらでも立てられるから」

「たとえばどんな仮説が立てられる?」

「昨日もちらっと言ったけど、同じ東京に住んでいる大杉さんやサリマリは、町で俺たちとすれ違ったりして、その時に偶然、俺たちの情報を知ったのかもしれない。他にも柳さんはサッカーをやってたみたいだから、その筋からサッカー部だった俺や秋彦を知ったとか――まあ、これだと夏美を知ることは難しいけど――あと、夏美と言えば、サリマリは中学時代に夏美と同じで陸上部だったみたいだから、大会会場で夏美と会ったことがあるかもしれない、とかね」

「サリマリは陸上部だったのか。よく知ってるな」

「他の参加者のことをちょっと調べてみたんだ」

「どうやって?」

「フェイスタのアカウントから過去の投稿をさかのぼってみた」

「へえ。他に何かわかった?」

「蒼井さんは去年失恋してる。それが相当ショックだったみたいで、そのことについてめちゃくちゃ呟いてた。なんかすごい病んでたよ。大杉さんは大学生活の不満とかをぶちまけてる。柳さんは中学時代の投稿がほとんどで、そもそもあんまり呟いてない。内容はサッカーのことが多かったな。冬木さんはその柳さん以上に呟きがない。というか冬木さんに関しては、ほぼ情報がない。アカウントを作るだけ作って放置していたか、もしかしたら投稿を消したのかもしれない。サリマリはフェイスタを見るまでもなく、ちょっとした有名人だから情報はいくらでも転がってた」

「俺も見てみよ」


 秋彦はそう言って、スマートフォンを操作し始める。


「ホントだ。昔の蒼井さんはかなり病んでるな。呟きだけ見てると自殺しそう」


 蒼井は“もう疲れちゃったな”だとか“生きてても面白くない”だとかそういう投稿をいくつかしている。


「大杉さんは単位を落としてる」


 “必修の単位落とした。これで留年になったら人生終わるわ”。大杉がそんな投稿をしていたのを春斗は覚えている。“人生終わる”が大杉の口癖らしく、大杉の投稿には度々そんな文言が登場していた。


「柳さんはサッカー一色だね」


 “他校の誰それが上手い”だとか“同じチームの誰それがすごいシュートを決めた”だとか、そんな投稿がほとんどだ。そこでもしかしたらサッカーをしていた春斗や秋彦の名前もあるのではと思って検索をかけたが、引っかからなかった。そもそも柳はジュニアユースでサッカーをしていたため、部活でサッカーをしていた春斗や秋彦とは接点がない。


「サリマリは、やっぱりフォロワーがすごいな」


 有名インフルエンサーの彼女たちは、他の人たちと比べてフォロワーの数が圧倒的に多い。歯に衣着せぬ投稿内容は、度々、賛否両論を巻き起こす。少し前にも『現在、苦しんでいる人は努力が足りない』といった旨の投稿をして、炎上していた。


「冬木さんは、本当に投稿がないな」


 秋彦は画面をスクロールする。


「いくつかリポストをしているだけで、自分の投稿はないっぽい。春斗の言う通り、消したのかな?」

「それはわからない。個人的なことを発信するようなタイプじゃなさそうだし、あんまりフェイスタに嵌らなかったのかも」


 秋彦はスマートフォンをしまった。


「この中に作成者がいるとしたら誰だと思う?」

「さあ。そもそもこの中にはいないって可能性もあるから」

「まあ、その可能性が高いよな――あっ、夏美」


 秋彦の視線をたどると、移動教室から帰ってきた夏美が廊下を歩いているのが見えた。夏美は春斗たちを一瞥したが、すぐに目を逸らして教室に入った。

 秋彦は首を傾げる。


「今、夏美、無視したよな?」

「うん」

「なんで?」

「俺たちを避けてるのかも」

「どうして?」

「もし夏美が作成者じゃなければ、俺たちのどちらかが作成者の可能性が高いから、怪しんでるのかもしれない」


 あるいは自分が作成者であるため、春斗たちに会わせる顔がないのかもしれない。


   ※※※※


「お前の作るゲームはぬるすぎる」


 作成者ホストからそんなメッセージを受け取り、夢屋は思わず苦笑した。もちろんここまで直接的な表現ではなかったが、要約するとそんな内容だった。

 全員が助かる道を作り、参加者が当たり前のように現実世界に戻っていくようなぬるいゲームは望んでいない。そんな内容だった。


「ぬるい、か」


 夢屋はパソコン画面の前で天井を仰ぐ。作成者の要望で一からゲームを考え、さらに蘇生プログラムまで施した。それだというのに、そんな風に言われるのは業腹だ。


 ――君が人生に絶望し、あまりに哀れだったからこちらは夢を作ることを持ちかけたというのに。まったく厚かましい。でもそういうことなら……


「本当のデスゲームといこうか」

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