第66話 侵入

 ラウラの写し身が消えたあと、本体は壁にめり込んだままで気絶している――そのまま放置して抜け出せずに死ぬというのもどうかと思い、一応引っ張り出しておいた。


「……後悔するぞ……」

「意識があるのか……さすが特級だけあってタフだな」

「っ……あれほどの力の差を見せておいて……そのような気休めを……!」

「ファレル様は、とても優しい方です。僕が出会った中で誰より一番……ですから気休めではなく、本心からそうおっしゃっているんです」


 セティはそう言ってくれるが、ラウラの態度が往生際の悪いものだったので、少々呆れてしまっただけだ。全く優しいということはない。


「まあ……あんたに情けをかけるとか、そういう理由も無いんだが。もう『黎明の宝剣』は瓦解している。それでもジュノスについていくならまた戦わなきゃならないんだろうが、それは不毛だろう」

「私のような弱者は、もはや眼中にないと……」

「あんたも腕は立つが、こちらも負けるわけにはいかない。それだけの話だ」

「くっ……」


 なんというか、もっと噛みついてくるものだと思っていたが、すっかり牙が折れてしまっている。


 許すべきではない相手だが、今の戦いで何かが変わろうとしているというなら、一度だけは見逃してやってもいいのだろうか。


「……私は『黎明の宝剣』を抜け、もう一度自分を鍛え直す。そのときは……」

「ん……?」

「そのときは……一度でいい、どうか手合わせを……」


 バチバチっ、と音が聞こえる――振り返ってみると、セティの身体が雷の力を帯び、髪がふわっと逆立っていた。


「セティ殿の気持ちは最もだ。ラウラ、そのときはファレル殿の前に私が相手をしてやる」


 アールが全身から闘気を立ち上らせている――それを見ているリィズは口元に手を当てて震えている。


「あの、戦っているときよりもお二人が怖いのですけれど……」

「当然です。ファレル様と手を合わせるなんて……そんなこと、僕がしたいくらいなのに……!」

「っ……ち、違う、そういう手合わせではなく……っ」

「セティがそう言っていることだし、ひとまず話はここまでだ。俺たちが目的を果たすまで、変な動きはするなよ」

「そんなつもりはない……と、言葉だけでは信用できまい。これを渡そう」


 そう言ってラウラが差し出してきたのは、彼女の切り札だった分身を作る指輪だった。


「私が持っているものでは、これが最も価値がある。それくらいのものを差し出さなければ、信用はしてもらえまい」

「そんなに価値があるなら、持っておいた方がいいんじゃないのか?」

「っ……なぜ容易にそんなことが言える。私自身に価値がなくとも、この魔道具なら貴方にとって価値があるのではないかと言っているのだ」

「さりげなく『貴方』に呼び方が変わっていますけれど……」

「まったく油断がならない……戦士の村には、強者に屈するときは徹底しろという掟でもあるのか?」


 アールはラウラに対して言いたいことしかないらしく、気が立っているようだ――バチバチと稲光を発していたセティは、嘆息して緊張を解いた。


「まあ、必要になるかは分からないが。一応預かっておこう」

「……騙しているということもないのでな。その剣士が言ったことは、あながち間違いでも……」

「妙なことを考えたら、私がファレル殿の代わりに罰を与える。ここでそうしても良いくらいなのだからな」


 アールに釘を刺されて、ラウラは黙り込む――実は魔法の大鎚にも興味はあるのだが、身ぐるみを剥ぐのはやはり冒険者のすることではない。


「……どこに行ったか分かるように、魔法をかけておくことができる」


 ずっと様子を見ていたカルアが申し出てくれる。ラウラの行方を追う必要はないが、こちらの予期しない動きをされないように対策しておいても損はない。


「ああ、じゃあそれで頼む。お前がどこに行こうとすぐ分かるからな」

「……それは私からも望むところだ」

「そういう返事をするところではありませんよね……?」

「セ、セティさん、どうか抑えてくださいませ。私のほうまで何だかバチバチしてきましたわ」


 リィズの帽子から出ている髪が逆立っている――セティが怒るのももっともなので、敵であるラウラと馴れ合うようなことはこれ以上すべきでないだろう。


   ◆◇◆


 再び地下道を移動し始める。さっきは奇襲があったので、念の為に俺が前に出ている――しばらく進むとカルアが横に並んできて、声をかけてきた。


「分かってはいたけど、本当に強かった。どうやって、そこまで?」

「エルバトスに来るまで、色々あってな。おっさんに歴史ありだ」

「……その部分が、気になるのに」

「え……?」


 いつも淡々としているカルアだが、その言葉には感情がこもっていた――はぐらかしていると思われただろうか。


「……ナコトの傍には、護衛として地竜が一体いる」

「っ……竜使いっていうことか?」

「分からない。私はその竜が動いているところを見たことはないけど、ナコトが中層街の顔役をしているのは、その地竜の力によるもの」

「その地竜のかたと、戦わなければいけないかもしれないんですね……」


 竜人のセティにとっては複雑だろう――だが、状況的には最悪の展開を想定しなければならない。


 ナコトがジュノスたちの手のうちにあるということは、ジュノスたちは地竜に対処したということだ――それどころか、地竜が俺たちに敵対する可能性がある。


「ここから上がる。上の出口は塞がれているし、見張りがいるかもしれない」

「それなら僕が先に行って、敵がいたら倒します」

「気をつけてな、セティ」


 セティは素早く梯子を登っていく――そして、出口を開けるなり飛び出していく。


 バリバリッ、と雷撃を放つ音が聞こえる。セティの後を追って梯子を上がると、戦闘が始まっていた――セティは無傷で、何人かの男が雷撃を受けて倒れている。


「どこから来やがった、こいつら……!」

「ロザリナ様の命令だ。生かして返すわけにはいかねえぞ……っ!」

「――行かせませんっ!」

「ぬぁぁっ……!?」


 こちらに走ってきた男にセティが足払いをかけ、倒れると同時に雷撃を浴びせる――セティはすっかり雷の力を自在に操れている。


「少し寝ててもらうか……リィズ、これくらいの相手ならいけるか?」

「い、いえ、セティさんとファレルさんに比べたら私は……今回は見学にいたしますわ」


 リィズとカルアは後方支援要員ということで、アールも加わって三人で前に出る。


「――うぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁっ!」

「な、なんだこいつら……っ、ぬわぁぁぁっ!」

「と、止められねえ……っ、突撃兵かよ……っ!」


 十人ほどの見張りの中に腕利きはいない――俺とアールの突撃だけで総崩れになる。


「ナコトの部屋は上にある」

「よし……このまま一階ずつ敵を排除していくか」

「「はいっ!」」

「怪我をしたら言ってくださいませ、後ろに控えておりますので」

「私もできることがあれば援護をする」


 二階に上がると、一階とは違って魔法を使う敵もいる――だが、魔法使いの天敵といえる動きができるセティのおかげで、俺たちは無傷で進むことができた。

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