第16話・リグレットは後悔させない話をする

 リグレットはジャンヌの呼びかけよりも一瞬早く、攻撃をかわした。ガルフは飛び上がり宿屋の梁から敵の状況を分析していた。

「おいおい、なんだよ。随分動きがはやいなぇ。敵さんってば」

「ジャンヌ!【大火ブエン】の詠唱をやめるんだ!この範囲でそれ出したら、宿ごと消し炭になるよ」

 ガルフはジャンヌの詠唱をやめさせた。

「ガルフ!敵さんいくついる?」

「うーん、どう見ても…」

「一体です!」

 ジャンヌはガルフより先に答えた。

「この動きは、もしかして宿屋のオヤジじゃぁ?」

 リグレットが【明鏡止水の槍】を少し引いて構える。槍の攻撃力が最大化されるのは、突きだ。ただしこれは、敵との距離が定まっている場合。敵の位置が分かりにくい場合は、槍を回転させ、自身の周りに攻撃防御壁をつくる。


「ジャンヌ、リグレットから離れて」

 ジャンヌはリグレットから距離をとり、宿屋のカウンターの方に下がった。

 敵はスピードを上げて、狭い宿屋の壁、床、天井を蹴り、反動でさらに高速移動を繰り返す。

「ジャンヌ、お前、レベルいくつだっけ?」

 リグレットが不意にジャンヌに訊いた。

「今ですか?今答えるんですか?」


 敵は爪のようなもので攻撃を繰り返す。ジャンヌが後方に下がっているとはいえ、爪の攻撃による風圧で右腕、左太ももから出血した。

「ああ、答えろ!」

「おそらく、450です」

「ガルフ、聞いたか?これは明らかにおかしいぞ」

「とりあえず、先に倒してよ、リグレット」

「わかった」


 リグレットは【炎天下オーグブエン】の呪文を詠唱し始めた。【大火】の上位呪文だ。

「リグレットさん、それは、僕が詠唱していた呪文よりも…」

「ブレイド・スレイド・オーグ。焔の中に、潜みしその暁。然して、忌むるべきもなし。ブレイド・スレイド・オーグ!【炎天下】」

 リグレットの目の前に小さな火球が現れた。


「小さい!」

 ジャンヌの口から不意に出た言葉だった。これなら、自分が【大火】を詠唱した方がよかったのではないかと、思いながらリグレットの火球を見た。

「まぁ、見ててよ」

 ガルフが梁にゆったり腰掛けながら、ジャンヌに言った。


「エンチャント!【炎天下】」

 リグレットが【明鏡止水の槍】に魔法効果を重ねた。槍全体が炎に包まれる。近くにいるのに、熱くない。ジャンヌは初めてエンチャントを見た。

「で、これを振るとだな」

 リグレットは槍を横に振った。槍からは火球がいくつも連なって、敵を追尾する。

「自動追尾の火球が当たるまで追いかけるってわけ」


「リグレットさん、これじゃぁ火事になるんじゃ」

「大丈夫、敵に当たると」

 火球は高速で移動する敵を見つけ、追尾し続ける。どこまで行っても逃げられない。狭い宿屋で逃げ切ることは不可能だった。

敵はたまらず、窓を突き破り外に出た。火球の追尾を振り切るためだった。

「よし、予定通り!」

「リグレットの口癖が出たら、もう勝ちが確定だね」

 ガルフは割れた窓からいち早く外にでた。

「ほら、さぼってねぇで、ガルフとどめよろしく」

 リグレットがいつもの連携のようにガルフに指示をした。ジャンヌは宿屋の扉を開け、外に出た。


 小さな龍の姿をしたガルフがいない。青年らしき人物が、すくっと立っていた。右胸を覆う胸当てと脛当て、小手を装備していた。それは銀色に輝いていた。よく手入れがされているようだった。右手には大きな剣、ジャンヌが見たこともない大剣だった。


「あれがガルフの本当の姿、右手の大剣はドラゴンスレイヤー。正式には【龍殺しの剣】って言うな。まぁ龍じゃなくてもなんだってぶった切れるんだけどな」


 ガルフが姿勢を低く構える。追尾している火球が十二に分裂し、全方向から敵を捕らえる。

「デリート・バック・スペース」

 ガルフが発した言葉、ジャンヌすら硬直するほどの荒々しさだった。ジャンヌの身体が硬直するほどだった。


 ガルフは一瞬で十二の火球を斬り落とした。斬り落とされた火球は対角の火球と炎の線が結ばれ、敵を焼き尽くした。粉々になりながら、燃えていく。粉砕と燃焼がひとつになった、壮絶な光景だった。


 焼き尽くされた敵の中からは、鈍色の四角い塊が出てきた。

「これが、【トロイの木馬ウィルス】か。完全に使役されてるな。遠隔で送り込んでるな、敵さんは」

 リグレットは四角い塊をつまみながら、ガルフに見せた。ガルフはいつの間にか小さな龍の姿に戻っていた。リグレットは四角い塊をガルフに向けて投げた。ガルフはそれをパクッと口でキャッチして、飲み込んだ。

「の、飲み込んだ!」

 ジャンヌがガルフを指さした。


「いいんだよ、アレを飲み込んで、ガルフは転送してんだ。本部に」

「本部?」

リグレットは【明鏡止水の槍】を転移させ片付けながら、ジャンヌに答える。

「ガルフ、こいつでいいんだよな。ジャンヌに話していいんだよな」

「あぁ」

 ガルフが素っ気なく答えた。


「あの敵は、おそらくオーギュスター公国によるもの。宿屋のオヤジは、その手先。獣人化してたんだろうな。なんの獣人かはもんだいじゃねぇ」

リグレットは続けた。

「ジャンヌ、この世の仕組みおかしくねぇか?魔法が使えたり、レベルがあったり、さっきみたいなよくわかんねぇ魔物がいたり」


「どういうことですか?」

 ジャンヌはあっけに取られながら、返事をした。


「ジャンヌ、この世界はベータ―版のゲームの世界だ。俺たちはデバッガーだ。ゲームのプログラム不備を探している」

「意味がわかりません。そのゲームってのは、ボードゲームのような、その…」

「ちがうよ、仮想空間でつくり上げたプログラミングというか、まぁ、実在しないけど実在する世界みたいなもので」

 ガルフが間に割って入った。


「つまり、僕たちやこの世界は、誰かに作られたってことですか?」

「まぁ、お前たちが【神】と称している存在は、別の次元にいる。それは、俺たちの同僚だったりもする」

「このゲームは俺たちのような、人間がゲームインしてプレイする【プレイヤー】と十二聖騎士団のような【ノン・プレイヤー・キャラクター:NPC】で構成されている。まだクローズドのベータ―版なのに、どうも【プレイヤー】が参加している」


 ガルフの姿が薄く、透明化している。リグレットもノイズのように姿が鮮明でなくなってきた。


「ガルフさん、リグレットさん!」

 ジャンヌはガルフを掴もうとするが、手がガルフの姿を突き抜ける。

「干渉が入ったみたいだな、また会おう、ジャンヌ」


 ガルフとリグレットは姿を消した。燃えて焦げた敵と地面のにおいが風に漂う。ガルフとリグレットがそこにいた、ことを示す確かな証だった。

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