第4話・ウッドバルト魔法学院
ジャンヌは祖父アルガンの死を受け入れることがなかなかできなかった。憂鬱な時間が過ぎた。時折、無情のナイフが蒼白く点滅する。点滅は不規則。それは、ジャンヌを癒し、励ましているかのようなメッセージのようでもあった。
ジャンヌは父ラルフォンに促され、半月ぶりにウッドバルト魔法学院へと通うことにした。学院ではジャンヌの立ち位置はイジメられっ子だった。魔法学院三年生にもなって、まだ見習いの僧侶なのはジャンヌと唯一の友達であり親友のロキ・スタインだった。
「ジャンヌ、久しぶりじゃないか。なんだかしばらく見ないうちに、背が伸びた?」
ロキはジャンヌの歩く速さについていくのに必死だ。背はジャンヌよりも低い。少し小太りな体格のせいで、ジャンヌと一緒にイジメられることが多い。
「ロキ、そういえば課題ってやってきた?」
「もちろんさ。セイトン先生怖いもの。ジャンヌは長い間休んでたから、課題なかったんだろ?」
「そんなわけないよ、たっぷり出てたよ」
ロキは息を切らしながら、ジャンヌの隣をキープして歩く。
「【回復の雫】がなかなか難しくてさぁ。詠唱切れしちゃうんだよ」
「ジャンヌぅ、詠唱切れってそれは普段からの
呪文の詠唱には大きく二種類ある。
完全詠唱の際は、詠唱切れに注意が必要だ。詠唱切れとは詠唱中の不自然な呼吸、つまり息継ぎによって詠唱が中断されるというもの。完全詠唱しても呪文発動がしない、または呪文効果が低いということが発生する。
もう一つが、
ジャンヌ達が通うウッドバルト魔法学院は十三歳から入学が許され、卒業までには十年かかるとされている。もちろん成績優秀者は飛び級が認められている。
卒業生は魔法使い・僧侶となる道が一般的だが、中にはロベルトのように魔法剣士といわれるエンチャント系剣士になるものもいる。ウッドバルト王国では誰もが魔法学院を卒業する必要がある。親は義務教育として子どもたちを通わせなければならない。
そして、卒業時には剣士といったセカンドスキルを身に着けることもある。
ジャンヌの後ろから、甲高い嫌な声がした。狭い学院までの通学路をわが物顔で歩く。同級生たちはその嫌な声が聞こえると、両脇に散り、道を空けた。
舗装されたばかりの石だたみは色が変わっている。まだ新品のオークグレー。ウッドバルト王国では新しいものには、生命のオーラが宿っているという考え方がある。この新しい石だたみを歩くだけで、力はみなぎってくる。
「おぅ、ロキ。お前、頼んでた呪文書持ってきただろうなぁ」
「やぁ、ファル」
ロキはおどけるようにして、ファルの方を向いた。ジャンヌはファルに目線すら合わせない。ファルはジャンヌをずっとイジメてきた。十二聖騎士の息子・名門ガーディクス家といったジャンヌが生まれ持ったギフトにファルは
ファルのジャンヌやロキへの歪んだ感情は、自身の貧しい出生・家系によるものだった。
「いやぁ、あの呪文書は父さんから持ち出し不可といわれててさぁ。魔力でガードされてるもんだから、そもそも触ることすらできなくて」
ロキは怯えている。嘘がばれませんように、とロキは思った。ジャンヌはロキの震えを感じていた。自分がいない間、ロキはファルからの攻撃を一身に受けていたのだろう。
「おい、話が違うな!」
ロキは狭い通学路の新しい舗装部分を踏まないようにして、ファルに遅れないようについて行った。
ファルは右手を大きく振りかぶり、ロキのほほを拳骨で叩いた。右手は【
「あぁ…いててッ。乳歯だったのかな、二本も歯がぬけちゃった。へへへ」
ロキはおどける。それはジャンヌが今まで見たことのないロキだった。
とっさにジャンヌの右腰・ナイフガードに収めていた【無情のナイフ】が蒼く光った。ジャンヌは【回復の雫】でロキの裂けた唇を元通りのふっくらとした形に戻した。抜けた歯は光に包まれ、元ある場所に戻り、歯根ごとつながった。神経も縫合し、殴られる前の状態に戻った。それもジャンヌは完全詠唱ではなく、簡易詠唱でやってのけた。
魔法学院三年生のレベルで詠唱する【回復の雫】なら、五センチの切り傷を止血できる程度だ。裂けた唇を縫合し、抜けた歯を元通りにするのは、レベルが50を超えていないと無理だ。ジャンヌはそれをやってのけた。
「どうやったんだ、ジャンヌ!」
ファルはロキのケガが回復する速さと確実さに驚いた。ファルは攻撃主体の魔法使い専攻。だが、僧侶の魔法ぐらいはわかっている。この回復の速さは異常だと。ジワッと背中に冷たい汗をかくのファルは感じた。
無意識にジャンヌはファルに襲い掛かろうとした。【無情のナイフ】が蒼く光る。その光の先はファルの急所を指していた。太ももの大動脈、ジャンヌの位置から確実にクリティカルになりそうな場所だった。一突き、かするぐらいでも大動脈に傷をつけて、出血死が狙える。
ナイフを抜こうとした瞬間、ジャンヌの右手は後ろからか細い手でつかまれた。記憶の中にしかない母の手のような、繊細な手だった。なのに、強い。ジャンヌは一瞬にして後ろ手にされ、ナイフをはたかれた。ナイフは地面に転がり落ちた。
「ここまでにしておきましょう」
ジャンヌはその姿を見ることができない。口は渇いて、まるで砂の中に舌を埋められたような感覚だ。
「セイトン先生!」
ロキが叫ぶ。それは、ピンチにヒーロが来たときの歓喜の声にも似ていた。
「みんな、あとで教員室にいらっしゃい」
「セイトン先生に睨まれっちまった」
ファルは慌てて、学院に向かって走っていった。走ったところで何も変わらないのだが。
「ジャンヌ、大丈夫?」
ロキは落ちたナイフをジャンヌに渡した。【無情のナイフ】はもう光り輝いてはいない。
「やっかいだよね、セイトン先生」
「そうだね」
ジャンヌはナイフをナイフガードに仕舞い込んだ。
セイトン・アシュフォード。ウッドバルト魔法学院を首席かつ飛び級で卒業。たぐいまれな身体的センスを駆使して、補助魔法系格闘家となる。王より十二聖騎士の命を固辞し、ウッドバルト魔法学院魔法教員として指導にあたる。ここからは父から聞いた話だが、あの右手は義手で、それ自体が武器らしい。
セイトン先生につかまれた右手首には違和感があった。よく見ると、リストバンドのような「重しの術」が施されていた。相手の動きを遅くして拘束する【
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