012_ガラクと魔法陣作成(その2)

 副社長は、宝石箱を含む全ての宝飾品の確認作業が完了したのか長椅子にドカリと体重を預けると、大きくため息をついてからガラクを睨むように見つめてから話し始めた。

「最初に言っておくわ。こういったやり方はあまり褒められたことではないと認識しなさい」

 黙って頷くと副社長は話を続けた。

「わかってないわね。クロスタの元同級生であの娘の紹介でうちで働いてる貴方を騙す気は最初からない。けど、それはたまたまよ。会社に正式に提出されればそれは公式に記録されるから騙し用がなくなるけど、本来、こんな持ち込み方をするのは騙してください、安く買い叩いてくださいと言ってるのと同じと言う意味で認識しなさいと言ったの。理解しなさい」

 どうやら今回もクロスタに助けられたガラクだが、副社長の言っていることはこの社会で当然の心構えと言えた。

「今回は適正価格で買い取ってあげるけど、その前に確認することがあるわ。この宝飾品5点は本当にこの箱に入ってたの?」

 質問の意図がよくわからなかったものの、真実としては収納魔法の中から適当に選んだ宝飾品を適当に選んで後から宝石箱に入れたものなので、イエスとは答えづらく回答に躊躇していると。

「質問の意図がわかってないわね。本当にクロスタの同級生なの?別に答えづらければ言わなくても良いわ。特別に教えておいてあげるけど、宝石箱とその中身の価値がチグハグすぎるのよ」

「持ってきた物で最も価値が高いのは宝石箱。多分、この恒星系に移住するよりもはるかに以前の年代に作成されたかなり歴史のあるアンティークよ。宝飾品の価値はガラス玉同然のものから私がつけるには格が高すぎるものまでバラバラだけど、作成年代的には少なくとも移住が完了した以降の品だと思うわ」

 今回に限りとはいえ、副社長が騙し討ちなしの適正価格での購入というのもまたクロスタのおかげの要で、次に会った時に魔法ほ相談と合わせて今回の件のお礼を言う必要がありそうだ。

 宝石箱の中身について回答に窮していると、副社長の側で話したくないのだと判断された。

「当座の現金が必要ということであれば、今ここで私が個人で支払える金額を手付として払う。売却等によって利益が確定した段階で追加で払う。呼び出したらこの部屋に来なさい」

「良いんですか?」

「私がそうすると決めたの。現金がないと困るんでしょ?」

 副社長の言う通りであるし、こちらには判断材料が殆ど無いとはいえ聞いている限りこちらに損のない話のように思われる。

「わかりました。おまかせします」

「そう言えば良いのよ。今振り込んであげるから端末を出しなさい」

 そう言われ、右手にインプラントされている端末を手の甲を上にして副社長に向かって伸ばすと、その甲に副社長が右手のひらを上にして甲を触れさた。

「金額を確認しなさい」

口座の金額確認のためのコマンドを指定すると甲の上に小さなホロに現在の残高が表示されたが、見たことのないような金額が表記されていた。

「え?」

「本当は宝石箱を正規の金額で売り捌いたら、そんな金額では手付にもならないわ。売却益を出してからじゃないと支払えないから今はその金額で我慢なさい」

 そう言われ、ガラクは首を左右に振りながら冷や汗を流し、思ったことがセリフにできないでいた。

「あぁ、認識が違ったの。よく考えれば貴方の経済状況ではそんな金額は拝めないわよね」

「だからと言って買い叩いたりしないから。要件が終わったなら退室なさい。売却益が確定して呼び出すまで顔を出さないように。後、クロスくに感謝なさい」

 なぜ最後にクロスクの名前が出るのかはわからなかったが、次に会った時に感謝の意思を伝えるつもりだったので、頷きながら安楽椅子から立ち上がると、扉のところで一礼してから退室した。

 その背後から「まったく、あの娘も何が良くて・・・」と副社長の独り言が聞こえ始めたが、ドアチェックによって半自動で閉じた扉に阻まれて最後までは聞こえなかった。


 副社長室を出て秘書の前を通り過ぎたところにある窓の外を見ると、ガラクが考えていたより時間が経過していて、沈み始めた夕日が影を落とす荷捌き場には従業員が戻り始めて、受け取り担当のカウンターの前には列ができ始めていた。

 ガラクはそれを横目にいそいそと3階のロッカー室に上がって着替えすませ、公共交通機関で帰宅ラッシュの人波に飲まれない内にと帰路を急いだ。

 最寄駅まで着くと食料パックの無人販売所に立ち寄り、自分で持てるだけ買い込んで少しよたつきながら自宅に向けて歩き始めた。

 叔母スクラが自宅を購入した際に慎重に慎重を重ねた上で選んだこの地域は、富裕層が住む区画とは比べ物にはならないものの、ゲートから中央に向かう大通りや公共交通機関の最寄駅からはそこそこ離れた住宅街で、交通の便は若干悪いもののお中間層が住む区画としてはかなり治安が良いほうだ。

 それでも、食料パック一つ一つはそれほどの金額ではないとはいえ、無人販売所から一抱えもある箱を二つも抱えてよろよろと歩いていれば、その日の食事に困ったら他人から奪えば良いという考えの浅はかで柄のよくない連中を引き寄せることになる。

 抱えた箱の横から進行方向を覗き込みながら進んでいると、数人の大柄な人影にいく手を阻まれて立ち止まった。

「そんなに飯を抱えて景気が良いな。いっぺんには食い切れないだろ?手伝ってやるから置いて行きなよ」

 帰宅後の作業に必要と考えられる量の食料となるとそれなりの大量買いになってしまったとは言え、現在はまとまったお金があるのだから買い物の後に出銭を惜しんで歩き出したりせす、接客営業許可のあるヴィークルを呼ぶなり、なんなら収納魔法からヴィークルモドキを取り出して荷物を積んでもよかったし、収納魔法に格納してさっさと帰宅すればよかった、等といまさら後知恵で考えても事が起こってしまっているので意味はない。

 パッと見える範囲を見渡しても囲んでいる者の獣相に統一感はない。

 とはいえ、ほとんど大柄な者で構成されている。

 一緒に住んでいるスクラもそうだが、獣相の影響で体格が大きい者は、総じて一日に必要なカロリーがガラクとは比べ物にならないのは常識だ。

 後方に視線を向けても同程度の人数が道を塞ぐために近づいてきておいるが、大荷物を抱えて走り抜けられる状態ではないとすぐにわかるように広がって歩いているのを見る限り、こういったやり取りに慣れていると見受けられる。

 完全に近づかれてしまえばたとえ相手が1人でも小柄で荒事が苦手なガラクに勝ち目はないのは明白だ。

 ガラクは小さな声で移動の魔法を詠唱すると、右手で自分、左手で荷物の下の段の箱を一気に上空に飛び上がった。

 正直、移動魔法を自分発動して移動するにはガラクの体重が軽すぎて制御の精密度が高くなってしまっているが、一定方向にまっすぐ進むことはそれほど難しくない。

 それに、あの移動魔法を延々と詠唱し続けた300日弱の日々は伊達ではないのだ。

 詠唱を間違えることはすでにあり得ないほど反復し続けているし、一度に片手づつ別々の対象を指定して同時に動かす程度には応用が効くようになっている。

 夜の暗い中、上を見上げてもこちらを視認できない程度に距離を離したと判断したガラクは次の行動に移る。

 荷物を自分より上空に持ち上げた後、一旦制御を手放すし、すかさず収納魔法を発動して左手で自分の目の前に黒い円盤を出現させる。

 円盤を操作して上空から落下してくる荷物をキャッチと同時に収納魔法へ格納、そのままヴィークルを収納魔法から取り出して収納魔法を終了、流れるように移動魔法をヴィークルに発動してそのまま自分に寄せてきて、乗り込んだ時点で自分に発動している移動魔法を終了した。

 帰還した時もそうだが、上空から街並みを見ても帰宅方向がわからないため、ヴィークルに乗ったままさっき囲まれた付近からはだいぶ離れた人気のない小道に降り立ち、大通りへ出てから帰路に着いた。

 

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