004_ガラクと魔法魔法
身悶えも出来ずに自らの体を抱え込んで違和感に耐える永遠とも言えるような長い時間が終了し、ようやくデータのダウンロードが完了したことによりガラクはようやく苛んでいた違和感から解放された。
ダウンロードの違和感に耐えるため全身に力が入っていたせいでかなりの疲労感を覚えつつ、ダウンロードにどの程度の時間要したのか確認すると、時間が経過していない。
普段、イエローチップを使用した場合に途切れている時間は概ね15分程度、データ容量の多いレッドチップで30分程度はかかるところ、今ガラクが使用したホワイトチップはダウンロードが完了するまであれだけ苦しんだのに時間が経過していない。
これはデータ容量がイエローチップよりも遥かに少ない基礎学習でもあり得ない現象と言える。
また、これもイレギュラーな事だが、イエローチップを使用した経験からチップ使用後はチップのデータに意識を向けると、データ内容や使用方法がわかる物だが、このデータはそういった情報処理がされていないのか、大量の情報があることはわかるが使用方法が判然とせず、使用方法はタブレットを参考にするようにと言うデータからの指示のみが明確な情報として伝わってくる。
データから指示が来るという今まで経験したことのない状況もイレギュラーだ。
データからの指示にあるタブレットとは、おそらく箱に保存してあった物理タブレットのことだろう。
ガラクは疲労感と応急処置キットの痛み止めでは取りきれない痛みに耐えながら立ち上がり、箱の中のタブレットに手を伸ばした。
手に取ると自動でスイッチが入り、『承認済』の表記の下に『パネルに右手をタッチしてパーソナルデータを登録してください』と指示があった。
「このパネル、ものすごい骨董品なのになんで普通に起動するだ?」
疑問を口に出しつつ、指示通りパネルに右手を添えると、『パーソナルデータ登録完了』と表示された後に画面が切り替わり『ようこそ魔法の世界へ』の表示に変わった。
「は?魔法って・・・」
当たり前である。
この科学技術によって恒星間どころか条件によっては銀河系の行き来が可能なこの時代に、古典のホロムービーを漁らないと出てこないような空想の産物である魔法の世界と言われて、それ以外の反応ができる人間はいないだろう。
ましてや今目前に自分の死が差し迫っている状況で、タブレットを叩きつけなかっただけまだしも冷静な反応と言えた。
冗談としてもタチの悪い内容に唖然としていると、またもタブレットの画像が切り替わり、黒い被毛をたっぷりと蓄えた犬の獣相の男性が現れて話し始めた。
『初めまして。私の名はラック。おそらく君たちにとっては【牙神(ガシン)】の方が通りがいいだろう。』
その名乗りを聞いてガラクはさらに呆れ、1時間以上もかけてハズレデータをダウンロードしてしまったのかと絶望した。
何せ牙神と言えば、この世界の中でも獣相のある種族に熱心な信者がいる宗教である、その名も【牙神教】の主神の名前だ。
宗教の発生起源を辿れば宇宙進出の黎明期にまで遡ることができる古くからある宗教で、人類の起源である大母星と呼ばれる惑星には御神体や聖遺物がごまんとあり、どれが本物かたびたび宗教論争が起こるような、ある意味で由緒正しいと言うか古式ゆかしい宗教で、獣相を持つものはおろか他の種族ですら名前を知っている神様の名前名前なのだ。
そんな落胆の中、牙神を名乗る男は話を続けている。
『おそらく、このタブレットの映像を見ている君は、現在、とてつもないピンチに陥っていると断言できる。なぜなら私がこの箱の出現に関する諸条件の中の一つをそのように設定したからだ』
確かに現状は生死の狭間と言うよりはほとんどほとんど全身を分解機械に投入されかけていると言っても過言ではないほどピンチであると言っていい。
だが、なぜ骨董品のタブレットに流れる映像がこちらの現状を言い当てることができるのか。
『そんな君に朗報だ。今の君にピッタリの技術データ、それが【魔法】だ』
『ピンチの種類を画面の選択肢から選んでくれたまえ』
そのセリフの直後に動画が止まり、画面上に半透明の選択肢と思われる四角い枠が出現した。
① 大きな外傷を受けている
② とても勝てそうにない敵対者がいる
③ 脱出困難な状況に陥っている
④ ①〜③の複合状況
⑤ その他
困惑しつつも④を選択肢てタブレットの画面に触れると、
『④を選択するとは、かなり切羽詰まった状態のようだね。現状、①から③で最も優先順位が高い項目はどれだい?』
先ほどの四角い枠のうち、④と⑤がグレーアウトした状態で再度表示されたた。
現状、応急処置キットの止血はセット名に応急と冠しているだけあり、あくまでも緊急時に失血死などの怪我を処置して命を長引かせる程度の能力しかなく、本来であれば使用後は速やかに医療機関に向かって治療を受ける必要がある。
応急処置セットの止血がいつまで持つか分からないのだから、緊急性としては①と定め、選択肢をタップする。
『なるほど。大きな怪我を負っている君にピッタリの魔法がある。その名もズバリ 【回復魔法】だ。どうだい?興味が湧いてきたろう?』
『このタブレットの使い方のチュートリアルの一環として回復魔法を実行してみよう』
またタブレットに『実行しますか?』の文言と選択肢としての『Yes』『No』が表示され、もうどうとでもなれと投げやりな気持ちになりながら『Yes』を選択。
『まずはタブレットで【回復魔法】を検索しましょう。音声認識モードに切り替わりましたのでタブレットに向かって【検索、回復魔法】と話しかけてください』
「・・・検索、回復魔法」
『【回復魔法】に該当する魔法が30件ヒットしました。回復したい症状が外傷の場合【1】、既往症等を含む病気等である場合は【2】、毒や麻痺などの状態異常の場合は【3】と話しかけてください』
「・・・1」
『現在の外傷の程度を10段階で表した場合、【1】擦り傷、から【10】瀕死、までどの段階か判断しタブレットを操作してください』
タブレットには、また選択の四角い枠が画面の左右に5個ずつ表示され、それぞれ
1 擦り傷
2 打身
3切り傷
4 出血を伴う裂傷(軽度)
5 骨折(1箇所)、切り傷(10センチ未満)、刺し傷(非貫通)
6 骨折(3箇所未満、1箇所複雑骨折)、切り傷(30センチ未満、深さ5センチ未満)、刺し傷(骨到達もしくは貫通)
7 骨折(10箇所未満、複数箇所複雑骨折)、切り傷(四肢切断、内蔵到達)、内臓破損(1箇所、ただし心臓と肺を含まない)6の複数要因
8 7の複数要因、内臓破損(複数、ただし心臓と肺を含まない)
9 8の複数要因、心臓及び肺を含む内蔵破損
10 9の複数要因、脳の破損
「おい、9と10は死んでるだろ」
思わず独り言で選択肢にツッコミを入れつつ、現在の傷は右脹脛に鉄片が貫通している状態なので迷わず【6】を選択。
『回復魔法、外傷、6階位の魔法陣を表示します・・・表示されました。当該ページの項目には魔法詠唱表示と魔法陣表示の記載がありますが、今回は魔法陣を使用しますので、魔法陣表示をタップしてください。・・・表示された魔法陣に左手を乗せて回復魔法の発動対象者の患部付近に右手のひらを接触させた状態でタブレットに向かって【ヒールを実行】と話しかけてください』
本来であれば学校に通いながら暇な時間にゲームを楽しんでいる年齢のガラクは、選択肢の段階で若干投げやりな気分を含みつつもこのタブレットを操作するのが楽しくなってきていた。
座った状態で右手を右足の脹脛に刺さった鉄片を直接触らないよう、傷口の横あたりに手を添えた後、
「よし・・・『ヒールを実行』」
その瞬間、体の中心部分というか、骨の中というか判別つかない部分が熱を持ったような感覚となり、右手のひらと脹脛のわずかな隙間から暖かな光が溢れ出し、体の中心部分に発生していた熱のようなものが右手を通して体から抜けていく感覚があったかと思うと、傷口から鉄片が押し出されて痛み止めでは取りきれていなかった痛みがスッと和らいだ。
「・・・え?」
カランと言う音を立てて自分の目の前に鉄片が落ちたのを見るに、どうやら牙神の言う【魔法】は冗談などではなくただの事実だったようだ。
タブレットに目を向けると画面にはまた牙神が戻ってきており、話を続けた。
『チュートリアルでどの魔法が選択されたかは分からないが、今、君が起こした現象が私の言う【魔法】だと理解してくれ』
『以上でチュートリアルは終了だ。後はタブレットの魔法目録を参考に必要な【魔法】を検索して発動すれば良い』
『なお、他人が作成した魔法陣を使用しての魔法の発動は、魔法を知らない者、ともすれば魔法を疑ってかかている者が疑う余地もなく魔法発動を行い、魔法発動のなんたるかを知るための方法となる』
『当面の間はタブレットに保存されている魔法陣を使っての発動で構わないた、ダウンロードされたデータ【魔法全般】の中には【詠唱】や【魔力操作】など魔法陣を必要としない魔法発動方法のデータや魔法陣の作り方など、魔法に必要なデータは一通り入れてあるの。それらの使用方法もタブレットに保存してあるから、参照しながら技術を磨いてくれたまえ』
『老婆心ながらいくつか忠告をしておくと、一つ目として、君の危機的状況を打破するため、現在、収納ボックスを中心に半径として私の身長で3人分の空間を周りと隔絶、空間の内は外と比較して時間経過が1/100ほどになるよう魔法が発動されている。君が箱から一定の距離を離れれば解除されてしまうので、もう一つのチップ【魔道全般】も使用しておいた方がいいだろう』
『二つ目は、このチュートリアルは何度でも再生かのなので、最初の5択の別項目は全部確認しておくことをお勧めする』
『最後に、このチップが収納してあった収納ケースには【状態保存】の魔法が付与されているので、タブレットで【収納魔法】を検索して、箱ごと持ち帰ることをお勧めする』
『なお、このデータチップは特殊な加工がされているため、これを直接受け取った君にしか使用できない。魔法を他者に伝達しようと思ったら、君が覚えて直接教える以外に方法はない』
『では、良い魔法生活を送ってくれたまえ』
牙神がそう言うと動画は一方的に終了し、画面には選択用の枠で【魔法全般】、【魔導全般】、【各データ解説】と【もう一度チュートリアルを見る】の画像が浮かび上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます