第6章 女ハッカー

第1話 気分で女性に

 俺は、今の生活に特に不満はない。ただ、退屈をしていた時に、知らないおじさんがやってきて、人生をやり直さないかって言われたんだ。それって、どう言うこと? よく分からなかったが面白そうなので、ついて行ってみることにした。


 部屋に入ると、自殺でもしそうな、どんよりとした人たちで溢れていたが、まあ、気にせず、様子を見てると、薬を飲めば人生が変わると言ってるじゃないか。面白いぞ。じゃあ飲んでみるかって薬を飲んだ。


 そして目が覚めたら、驚いたことに、渋谷のトイレで便器に座っていた。女性の姿で。こんなことがあるのかとびっくりしたが、夢ではない。


 狭い空間だったから、そんなに見れなかったが、胸は結構、大きくて、あそこにあったはずのものがない。結構、このスカート短いな。ただ、女装している俺っていうわけではなさそうだ。


 トイレの鏡を見てみると、大学生ぐらいか。清楚というよりは、なんか遊んでるって感じだ。目のあたりのメイクはきつい感じもするが、顔立ちはいい。これは、面白くなりそうだぞ。女性なら綺麗な方が得をする。


 バックの中身を見てみると、お財布には2万円のお金とスマホだけがあった。どこに住んでるのかといったことは全くわからない。スマホを顔認証で開けると、自分の名前は、伊東 美奈ということはわかった。


 女性なら、女友達とのLINEとかいっぱいありそうだが、SNSとか、何もない。こいつ、友達がいないのか? 若い頃に家出して、体売って暮らしてきたとか。まあ、そんな感じにも見える。


 それにしても、渋谷の街を女性の体で歩くのは勇気がいるな。こんな格好で外なんて歩いたことがない。でも、しばらくすると、誰も俺のことなんて見ていないことに気づいた。人がいっぱいで、みんな、仲間どうしで会話し、横の人なんて全く見てもいない。


 道を歩いていると、ふと、男性から声をかけられた。


「彼女、ちょっと、バイトしてみない。」

「どんなバイト?」

「結構、儲かるバイトだよ。興味あれば、説明するからついてきて。」

「そうなんだ。じゃあ、教えて。」


 軽そうな男は雑居ビルの階段を登り、殺風景な部屋に俺を通した。男性の時の気分で警戒心なくこんな危なそうなビルに来てしまったんだが、よく考えてみると、女性1人でついていくなんて危なかったのかもしれない。でも、襲われることもなく、バイトの話しが始まった。


「バイトは、こちらで指定する別の女性と一緒にバーに行って、おじさんに一緒に飲もうって声をかけ、ショルダーというお店に行きたいと言って連れてこい。そこで、一緒にお酒を飲んだり、フルーツとかを頼んで食べれていればいい。簡単だろ。」

「ぼったくりバーとかいうやつね。わかったけど、いくらぐらいくれるの。」

「相手がしっかり払ったら、1回、支払った金額の15%を渡す。」

「20万円とか払ったら、3万円もらえるんだ。やった。ところで、寝たりしなくていいのね。」

「それは、しなくていい。そっちの方がいいか?」

「それは、いいや。わかった。じゃあ、ぼったくりバーのバイトする。いつから。」

「今日からでもできるか?」

「OK。」


 体売らなくても、ただ男の横に座って、飲んでいれば3万円とかもらえるっていうのは楽だよな。1晩1人でも、毎日やったら月90万円、それなりの月収だ。ぼったくりバーは儲かるんだねと笑って、その日からバイトを始めた。 


「今日、初めてだけど上手いね。どこかでやっていたの?」

「ありがとう。」

「じゃあ、お金渡すよ。お疲れさま。」

「あ、疲れた。今日は、どこに泊まろう?」


 そんな時、横にいたボーイも帰ろうとしていた。エレベーターで一緒になったので話しかけてみた。


「お疲れ、ここで働いてるんだ。」

「お疲れさまです。僕バイトなんですけど、あなたもバイト?」

「そうそう。ところで、ラーメンとか食べようかなと思っているんだけど、一緒に行かない?」

「え、僕でいいんですか?」

「そんな緊張しなくていいから。照れてるの? じゃあ、行こう。どこか、おいしいお店知ってる?」

「じゃあ、僕の行きつけのラーメン屋に行きましょう。」

「楽しみ。ラーメンって美味しいよね。少し、お腹も減ったし、食べたくなっちゃった。」


 ラーメン屋では、二人はカウンターで食べながら、一緒にいる男性はほとんどしゃべらなかったので、俺から喋り続けてみた。


「お願いがあるんだけど、今日、泊まるところまだ決めていないから、あなたの部屋に泊めてくれない?」

「え、女性を泊めるなんて、部屋汚いですけど。」

「大丈夫、大丈夫。ただ、お金はなしでお願いね。さあ、食べ終わったし、行こう。」

「お金のことはいいけど、えー、強引すぎるんですけど。」


 なんか、こいつ童貞のようだな。女性の前で、かっこつけなくちゃって思ってるけど、どうしていいか分からないって感じか。こいつ、面白いじゃないか。ちょっと、からかってやるか。


 渋谷から井の頭線で数駅乗って、池ノ上という駅で降りた。家が多く、閑散としている風景だったが、駅から5分ほど歩いたところのアパートの2階に、こいつの部屋があったんだ。


「ここですけど、本当にいいんですか?」

「いいの。いいの。お邪魔しまーす。あら、結構、広いじゃない。」

「まあ、寝るっていっても、一緒の部屋で寝るしかないんですが、いいですか? それと、先にお風呂入ります?」

「そうね。じゃあ、お風呂、使わせてもらうわ。」

「こちらで、タオルはここ。着替えとかはキャリーバックに入っているんですよね。じゃあ、どうぞ。」


 私はシャワーを浴びて、お風呂から出た。


「気持ちよかった。ドライヤーある?」

「あるけど、え? 裸で出てこないでくださいよ。」

「いいじゃない。この胸、大きいでしょう。お椀みたいで、形もいいと思う。私の自慢の一つ。男の人って、こういうの見ると喜ぶんだよね。ほらほら。」

「美奈さん、普通は、そんなことしないですよ。まず、パンツ履いて。そしてシャツ着ないと。」

「そうなの? つまらない。そういえば、棚に本がいっぱいだけど、これって何?」

「プログラミングとか好きで、最近は、ハッキングの本とか読んでるんです。」

「なんか、面白そう。私も読んでいい?」

「裸でうろうろしないんだったら、いいですけど。」

「裸でもいいじゃない。本は読ませてもらうね。」


 この子、天然で、からかうと面白い。俺の体をチラチラ見て、下半身は爆発しそうなんじゃないか。もっと、見せつけてやろうか。


 その日から、彼は俺に一切手を出せない、でも俺はお風呂上がり30分ぐらいはいつも、タオルをクビにかけただけで、それ以外は真っ裸でうろうろしているといった、奇妙な2人の生活が始まった。


 俺のバイトは続いていたけど、ハッキングの勉強も毎日続き、若い頭脳はすごい勢いでそのテクニックを吸収していった。


「なんか、僕より、美奈さんの方がもう上位者だね。今度、ハッキング大会があるけど、出てみる? 全世界で競うんだ。」

「そんなのあるんだ。じゃあ出る。どうすればいいの? このサイト? あ、エントリー画面だ。じゃあ、私のコードネームは、@takashi にしよう。」

「 @takashi って、男みたいだけど、どうして?」

「なんか女より、男の方が強そうじゃない。」

「そうなんだ。」

「来週土曜日ね。じゃあ、頑張ろう。」


 大会当日、世界の勇者が参加したが、なんと俺は、最初の参加にも関わらず、上位3位に入賞した。


「すごいね。僕なんか圏外だけど、そんな力があるんだったら仕事にできるんじゃない。今いるバーのオーナーが、そんな人が欲しいって言ってたから紹介しようか?」

「仕事になるんだ。じゃあ、お願いする。」


 翌日、怖そうなおじさんと会うことになった。


「お前が、ハッキングできる人だって。なんか、若い女だけど大丈夫か?」

「まあ、世界3位だし、大丈夫なんじゃない。」

「そうか。じゃあ、今夜、あるビルから情報を盗むから、手伝ってや。」

「わかった。どうすればいいの?」

「夜0時に、こいつがビルに行くから、まず、このビルと周辺の監視カメラを切ってくれ。そして、スマホで指示するから、あるブロックの監視カメラを切って、さっき切った監視カメラを復活して、エレベーターやドアのロックを外したりしてくれればいい。見つからないように、お前は、ネットカフェのWi-Fiから操作してくれ。」

「なんか、もえるね。わかった。で、いくらくれるの?」

「最後までうまくいけば、1回50万円だ。」

「そんなにくれるんだ。やったー。じゃあ、私のスマホの番号はこれだから、何かあったら連絡ちょうだい。」


 その夜、俺のサポートで無事に会社の秘密書類を持ち出し、おじさんは俺に50万円をくれた。


「この会社、警備会社で、そんな会社なのに、こんなにセキュリティが甘いって漏れていいんですかと脅したら、3,000万円も出してきた。あの美奈っていう子、使えるな。正体は不明だが、あの大胆さというか、罪悪感が全くないところがいいな。また、英語、中国語もできるのがいい。これからも、どんどん儲けるぞ。」


 なんか、本格的に犯罪集団と付き合い始めちゃったけど、俺に危害はなさそうだし、逆に、抜けるとか言ったら殺されそうだから、続けるか。儲かるしな。


 俺のサポートで、次々と会社情報を盗んで、この組にとって、俺は不可欠なメンバーとなっていた。


「美奈、ボーナスで、高層マンションの一室をあげるぞ。また、これから1回200万円をやる。」

「え、やったー。気前いいね。高層マンションって、どこ。」

「高輪にある、グランドメゾン高輪っていうマンションで、最上階の25階、200平米だ。」

「えーっと、グランドメゾン高輪? スマホで調べよう。あ、ここだ。すごーい。これは欲しい。明日からでも入れるの?」

「入れるさ。ただ条件があって、これからもずっと他の組では、この仕事はしないという条件だ。これをのんでくれたらということだが、いいよな? 」

「そんなこと、当然OKだよ。」

「じゃあ、ここにサインしてくれ。それで完了だ。」

「わかった。明日、楽しみー。」


 これで、暴力団組員として確定したけど、交渉権は俺が持っているみたい。でも、こんなご褒美があるってことは、それ以上の成果を出せっていうことかな。まあ、いいや。


 俺は、家に帰って、一緒に住んでる彼にいった。


「ハッキングのお仕事、紹介してもらい、ありがとう。それで、そのオーナーのボスから言われて、引っ越すことになったんだ。これまでありがとう。」

「そうなんだ。寂しくなるけど、そっちの方がいいね。警察のガサ入れとか、心配しているのかもしれない。たまにはお邪魔してもいいかな。」

「もちろん。後で住所送るから、いつでも来て。明日の朝に出るから、今晩が最後だね。」

「あっちにいったら、ずっと裸で過ごしているのかもしれないけど、風邪とかひかないでね。明日、またお別れするけど、元気でね。」

「そっちも元気で。じゃあ、寝よう。このベットで寝るのも今日が最後か。でも、あなたも、床に寝ずに、明日からベットで寝れるのは、嬉しいよね。これまでごめん。」

「気にしなくていいよ。楽しかったから。」


 この子は、俺にちょっかい出す勇気はなかったが、結構、いいやつだったな。これからも、幸せに暮らせよ。俺は電気を消して、ゆっくり眠りに落ちていった。


 翌日、新居に到着したけど、想像以上に、素敵な部屋じゃないか。

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