第3話 好きだった人との再会
私は、大学の授業とアルバイトの日々を過ごしていたけど、ふと、スマホを見た時に、昔SNSをやっていたことを思い出した。そして、あの時のアカウントで入ると、昔、やりとりしていたコメントやDMを見て懐かしい気持ちになっていた。
そうだ。凛に今なら会いにいける。どうしているかな。どうして、男性の体に変わったときに、すぐにそう思わなかったんだろう。多分、もう凛には声をかけられないって諦めていたんだと思う。
そして、凛にDMを送った。
「凛さん。かなりご無沙汰していますが、お元気ですか? 僕は事故にあって、しばらく治療していたので、SNSとかDMは中断していました。でも、少し前に復帰したので、また、凛さんのこと気になってDMを送ってみました。もし、まだ話せるようでしたら、返事をください。」
そうすると、すぐに返事がきた。
「お久しぶりです。急に返事が来なくなって心配していたんですよ。事故だったんですね。大丈夫でしたか、というより、今は復帰したんですね。本当に、よかったです。私は、大学に入学し、楽しい生活を送ってます。またDMください。」
「1年前、学祭に行けなくてごめんなさい。多分、素敵な歌声だったんだろうね。今は、暇な時間も増えたから、許してくれるなら、会ってみたいな。」
「本当? 会おう、会おう。今度は必ず来てね。どんな人か楽しみ。」
このようなラリーを続け、二人は会うことになった。
私は、待ち合わせ場所に指定した新宿御苑の入口で待っていたら、あの懐かしい顔の凛が走ってきて、声をあげそうになった。でも、お互い知らない設定なので、気づかないふりをして凛の方にふと目をやった。
「あのう、鮎川ですが、南崎さんですか?」
「あ、鮎川さんですね。南崎です。初めまして。かっこいいじゃないですか。」
「南崎さん、思ってたとおり可愛らしい人ですね。DMでは、いつも凛さんって呼んでたので、凛さんでいいですか。」
「もちろんです。」
「実は、私は、SNSでは実名とは違う「智」って名乗っていたのですが、それは誰が見ているか分からず、からんできても困るからで、実名は涼といいます。こんなの嫌われちゃいますかね?」
「そんな人も多いから、気にしませんよ。では、こちらも、これから涼さんってお呼びしますね。ところで、誤解がないように言っておきたいんですけど、私は、涼さんのこと信用して、今回、お会いしていますけど、誰でもいいとか、男性をいつも誘っているということはないですよ。」
「もちろん、分かっています。凛さんのこと、そんなふうに思っていないですから、ご安心ください。」
「よかった。では、新宿御苑、実は私、初めてなんですが、早速行ってみましょうよ。私、お花とか、公園の木々とか、大好きなんですよ。」
「楽しみですね。チケット、買ってきますね。」
「ありがとうございます。」
これまで、DMでしか話せなかったので、何時間も公園を歩きながら、どんな生活を送ってきたのか、仕事は何をやっているのか、日頃、どんなことを考えているのかなどについて、何時間も話し続けた。もちろん、私は、ずっと男性として暮らしてきたという前提で。
「凛さん、今日は楽しかったです。また、お会いできると嬉しいな。今度は、イタリアンレストランとかどうですか。」
「こちらこそ、あっという間で、本当に楽しかった。イタリアン、いいですね。じゃあ、DMで都合のいい日をお伝えしますね。」
この日を契機に、凛との静かな付き合いは始まった。そして、後から聞いたんだけど、3ヶ月ほど経った頃、凛は、私のことをとても大切な人と思っていたけど、1つ悩みがあったらしい。私が、3ヶ月ぐらい経つのに、キスはもちろんのこと、手も握ってくれないことだった。
小学生じゃないんだから、好きなら、キスぐらいしたいはず。最近は、女性に奥手な男性が多いとは聞いているけど、してくれないって、やっぱり、自分のこと、妹か何かと思っているのかなって悩んでたって。
「涼、外苑前の紅葉って、とても素敵ね。映画のワンシーンみたい。」
「本当にそうだね。」
凛は、私に腕を組んできた。私は、ドキドキしつつ、それ以上、踏み込んで凛から嫌われるが怖くて、しばらく、そのまま歩いた。
一方、凛は、私に嫌がる雰囲気はなかったので安心した様子を見せつつも、それ以上、何もしないことに少し物足りなさを感じてたように見えた。
そこで、凛がスマホを見るために腕を外したタイミングで、凛の手を握り、笑顔で凛の顔を見つめた。
「やっと、手を握ってくれた。嬉しいな。奥手だと、女性は逃げちゃうぞ。」
「いや、凛のこと大切にしたくて。」
「大切に想ってくれているんだったら、今度、温泉に一緒に旅行に行こうよ。箱根とかどう? 近いし。」
「温泉か。いいね。じゃあ、いつ行けるか候補をいくつか教えてよ。安いし、高速バスで行こう。」
「いいわね。えーと、私は、12月22日から2泊3日は大丈夫。」
「僕も、その日だったら大丈夫だ。予約とってみるよ。」
温泉旅行って、凛からみるとかなり大胆な提案をしたんだと思うけど、当時の私は、女性どうしの旅行気分で、特に深い考えもなく了解と返事をした。ただ、計画を作っていくと、単純な女性どうしの旅行とは違うことに気づいた。
まず、大阪とかのビジネスホテルと違い、こんなところにまできて温泉宿に泊まるのに、別々の部屋というのは違和感がある。また、行きたいと思ったホテルは、家族風呂とかあって、凛のこと誘った方がいいのか、誘わないのかも悩んでしまった。
ただ、すでに約束してしまったし、考えても仕方がないので、まずは行って、そこで考えるしかなかった。
「12月22日から2泊、紅葉庵というところを予約したんだけど、お料理も美味しいと評判が高いから期待していてね。」
「ネットで調べてみるね。あ、これだ。温泉も綺麗な写真ばかりだし、部屋も素敵。お料理も人気が高そうね。楽しみ。」
「それで、言いづらいんだけど、部屋は1つなんだけど。」
「温泉宿で2つの部屋なんて、おかしいじゃない。当たり前よ。そんなこと気にしていたの。私たち、もう大人なんだよ。本当に、も~。しっかりしてよね。」
凛は、やっぱり自分のことを好きなんだと確信した様子で、私が奥手で自分から攻めないのなら、自分で攻めないとと思っていたように見えた。
「涼は、女性と旅行なんて初めてだよね。」
「もちろんだよ。凛はどうなの?」
「私だって、男性と2人旅行なんてしたことない。クリスマス旅行で特別だから行こうって言ったんだよ。また、涼とは楽しく過ごせることは間違いない。だって、私たち、事故でブランクもあったけど、かなり昔から話していて、涼のことはなんでも知っているもん。」
「そうだね。凛は誰よりも素敵な人だと思っている。」
「それそれ。これからも、ずっと言ってね。それから、宿ですっぴんとか、私の素顔を見ても、嫌いにならないでよ。」
「今の顔も大好きだけど、顔じゃなくて、凛という人が好きなんだから、そんなことは心配不要だよ。心配性だね。」
「心配性の涼から言われたくないな。どんな服を着てもらいたいとかある? これから買いに行こう。涼が、こんな服着てほしいという服でいくから。」
「なんでも素敵だよ。」
「そう言わずにさ。」
私達は、渋谷の街を歩き、凛は、私に相談しながらも、私の顔を見ながら、一番嬉しそうだった、ふわふわしたウールの白いワンピースを買い、これに今着ている赤いコートで行くことにしたって言っていた。
その後、ランチをして別れ、凛は、私へのクリスマスプレゼントは何がいいかショッピングを楽しんだみたいだ。
旅行当日、東京駅の高速バス乗り場で待ち合わせ、7:50に出発した。
「朝ごはん、駅でお弁当、涼の分も買ってきちゃったよ。どっちがいい? こっちがイクラとろサーモン弁当、こっちが牛タン弁当。」
「凛は、どっちにする?」
「涼が決めてよ。」
「じゃあ、牛タン弁当にする。」
「私は、イクラとろサーモン弁当ね。でも、どっちも食べたいから、半分食べたら交換ね。」
「それじゃ、どっち選んでも変わらなかったね。さすが凛らしい。」
「いただきます。」
約3時間のバスだったが、相手のことに夢中だった2人には短すぎて、風景も楽しみながら楽しく過ごし、あっという間に高速を降りて、バスは一般道に入っていった。
「なんか、このバス蛇行していない。」
「そういえば。」
その時だった、急に左折したバスはガードレールにぶつかり、横転してしまった。バスの中の人たちは、前に飛ばされ、バスの窓にぶつかり、横転の中でさらに窓から放り出されてしまった人もいた。
うっすらと周りで煙が出ていることに気が付き、ここはどこかと思ったけど、気を失ってしまった。気づいたのは病院のベットで、横には両親がいた。
「大変なことになってしまったけど、気がついてよかった。幸い、怪我とかはほとんどなく、頭を打ったようだけど、特に問題がないとのことだ。本当によかった。」
「凛と一緒だったけど、どうしている?」
「あ、あのお嬢さん、残念だけど、バスの中で亡くなったって。」
「え?」
その後、凛の両親が来て、どうして大切な娘と2人で旅行なんて行ったんだ、娘を返してくれなどと、大きな声で怒鳴りながら、泣き崩れてしまった。
ただ、それから2週間後に再度、訪問があり、娘が私のことをどれだけ想っていたかという日記が見つかり、まだ許したわけではないがと言いながら、これまで娘のことを大切にしてくれてありがとうと言ってくれた。
それから、しばらくの間、とても大切にしていた凛を失い、失望の日々を過ごしていたんだ。
私には凛しかいないって思ってたのに、こんなに早く別れちゃうなんてひどい。もう、これほど私にピッタリな人とは会えない。私って、いつも、求めると失う、そういう運命なんだ。女性の時も、男性の体になっても、そんな人生で、これからもずっとそうなんだ。
私は悲観にくれ、やる気も失せて、また半年ほど、部屋に閉じ籠る日々となった。
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