尾行者を巻く100の方法

市井たくりゅう

第一話 

けられている・・・


 電車内の、斜め向かいのシートに座る、スーツ姿の女。

 あの若い女は、俺を尾行している。


 間違いない。先ほど少しだけ目が合ったし、シート席に座る俺の近くに、まるで狙ったかのように座ってきたのだ。


 まあ、そこしか席が空いてなかったのだが。


 でも、俺にはわかるのだ。


 先ほど一瞬目が合った時の、あの女の動揺した表情。あの女は、尾行がバレてしまったかもしれないと、内心焦っているに違いないのだ。


 案の定、女はスマホを取り出し、画面に指を滑らせ始めた。きっと心の動揺を隠すために違いない。


 やれやれ・・・


 またか・・・


 俺は心の中でそう呟いた。


 まあ仕方ない。尾行を巻くしかない。


 降りかかる火の粉は払わねばならないように、尾けてくる尾行者は巻かねばならないのだ。


 ちなみに、ここで言う巻くとは、尾行者を置き去りにするという意味である。


 俺はいつものように、尾行を巻くことを決意した。電車で使う、いつものやり方で。



◇◇◇


 電車が出発するまであと5分。


 動くにはまだまだ早い。俺は何気ない振りをして目をつむり、腕を組んで、時間が過ぎるのを待った。


「まもなく電車が出発しまーす。かけこみ電車はご遠慮下さーい。」


しばらくして発車の合図音とともに、場内アナウンスが聞こえてきた。


 今だ!


 俺はカッと目を見開き、席を立つと、立っている乗客の間をダッシュですり抜け、車両からホームへと飛び出した。


 その直後、プシューという音と共に電車の扉が車両を封鎖し、電車はゆっくりと出発して行った。


 俺の隣に座っていた若い男が窓越しに、怪訝な顔つきで俺を見ているが、そいつに俺の取った行動の意味などわかるまい。


 尾行者と思しき若い女の様子を伺ってみたが、こちらに注意を払っている様子は皆無で、夢中でスマホをいじっている姿が去り行く電車の中でチラリとだけ見えた。


 まあ良い。尾行者であるとの確証は得られなかったが、とにかくこれで安心して家に帰れるというものだ。


 これがいつもの、俺の電車での尾行の巻き方である。


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