第70話 エマ・フィッツジェラルド(エマ視点)⑤

 *


 目が覚める。

 時間はまだ五時だった。

 早々に起きて歯磨きをしていると、メイドが驚いた。


「お、お嬢様?本日はずいぶんと早起きで」


「うん。今日はガッコー行くし」


「お嬢様......」


「ん??」


「あ、いえ。なにか今朝は顔つきが違うなぁと」


 メイドはそう言ってきたけど、そんな違うか?

 自分じゃわかんない。

 ただ、あーしは今日、ケリをつける。

 

"お前、このままじゃ一生後悔するぞ"


 学校に向かいながらヤソガミの言葉が浮かんでくる。

 あーしのやれること。

 それは......。



「あ、エマちん」


 教室の手前でツレのと出くわした。


「ガッコー、きたんだね」


「まあ、一応」 


「じゃあトッパーたちも来んのかな?」


「アイツら休んでんの?」


「もう何日か来てないよ」


「そーなんだ。アイツら...」


「先に教室いくね〜」


 ツレの娘は会話をぶつっと切って、さっさと教室に入っていった。

 あーしも教室に入ると、ツレは別の女子グループの輪に加わっていた。

 事件を起こしたあーしには関わりたくないって意思表示だな。

 それ、正解だ。

 オマエはそれでいいよ。

 これ以上あーしに関わっていてもメリットないから。


「ここにすっか」


 いつもは壁際の奥に行くところ、窓際の前のほうに座った。

 ちょうどその辺は誰もいなかったから。

 誰とも会話したくなかったから。

 そんなあーしをヤソガミとフェエルがチラッと見てきた。

 ミャーミャーは一瞬だけあーしを見てギョッとしたけど、すぐに目をらした。

 他の奴らは、れ物には触れたくないって感じか。

 学級委員長やセリクはいつもと変わらない。

 おそらくこの二人は、あーしのことなんて気にも留めちゃいないんだろう。

 でも、そんなことはもうどうでもいい。

 あーしにはやることがあるんだ。



 *


 

 昼休み。


 あーしは食堂に向かった。

 食欲はない。

 だけど行く。

 ヤソガミから聞いていたとおりなら、やっぱりそこがいい。

 

「あそこの席にいるコ、あれが特異クラスのネコミミビッチだぞ」

「ちょっと本人に聞こえちゃうよ」

「なあなあ?性欲強い女って、どんなメシ食うんだろ」

「あれで淫乱とかホント見た目じゃわからないもんだな」


 食堂に着くなり、さっそく例の噂話が耳に飛び込んできた。

 ミャーミャーは隅っこの席でひとりで黙々と食事しているけど......わざわざ食堂なんか来なきゃいいのに。

 いや、それは無理なのか。

 ミャーミャーんちはビンボーだもんな。

 タダで食える食堂にするよな。

 ミャーミャーのやつ、家に迷惑かけたくないってよく言っていたし。

 

「さて、そんじゃやるか......」


 あーしは食膳を受け取って、一直線にその席へ向かった。

 気づいたミャーミャーがびくっとして顔を上げる。


「え、エマちゃん?」


 あーしはテーブルにだーんと膳を置くと、

「おい。ネコミミ処女」

 デカい声でハッキリと言った。 


「えっ??エマちゃん??い、いきなりなに??」


「生意気にビッチのフリしてんじゃねーよ!まだ男と付き合ったこともない処女のくせして!」


「な、なに言って...」


「特待生喰ったのは、このエマ様だろーが!」


 あーしの声は食堂内をつんざいて響き渡った。

 チラッと周囲を見回すと、ヤソガミとフェエルの姿を確認した。

 おい、ヤソガミ。

 見てるよな?

 これが......あーしの意地だ!

 

「え?どーいうことだよ?」

「あの娘が、特待生を喰ったって?」


 ギャラリーがどよめきだした。

 ここがチャンスだ!と思い、あーしはここぞとばかりに話を盛りまくってまくし立てた。


「エ、エマちゃん。まさか......」


 ひととおり話し終える。すでにミャーミャーは気づいたみたいで、小声で言ってきた。


「こ、こんなことしたら、エマちゃんのほうが......」


「あーしはそれ以上のことをミャーミャーにした。これでもプラマイゼロにはならねーだろ」


「だ、だからって」


「それと、ミャーミャーんちのパン屋の融資の件。なにも心配しなくていーよ。そもそも、あーしみたいな素人が口出すことじゃないし」


「エマちゃん......」


「今まで本当に悪かった。ごめんな」


 すぐにあーしはきびすを返して食堂を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る