第22話/記憶のない魔族

 フレアと別れたあと、魔界がある西の方角へと歩みを進めていた。その方角は瘴気の森がある場所。


 あれ以降定期的にシルヴィが一人で瘴気から生まれる魔物を処理してきたが、これからは旅に出るためどうすることも出来なくなる。


 魔法学校には優秀な生徒がいるうえ育成もされているため、ある程度は対処できるだろう。しかしそれでは限度があり、時間が足りずやがて対処不能になる。


 そこでシルヴィは今一度強力な結界を張るべく向かっているのだ。

 

 最も瘴気を断ち切る剣の力を使えばいいのだが、エイスとの戦いで限界が来ており、今はただのボロボロな剣になっているため瘴気を減らすことが出来ない。そのため結界を張ることにしたのだ。


「まぁ瘴気の森を包むような結界なんて張れば、何かしらに追われそうだけど……卒業して色んな場所行けるようになったし何とかなるか」


 森の中へと進もうとしたとき、頭上から微かに悲鳴が聞こえた気がして上空を見上げる。すると太陽と被るようにして何かがシルヴィに向かって落ちてきているのが見えた。


 ただ、石や木などの無機物の物体ならば良かったものの、その影は人そのもの。翼が生えていることから魔族だろう。


 一体何がどうして落ちてきているのか不明だが、このままでは例え魔族でも生死に関わる。直ぐにその影に向かって手を伸ばし風や重量系魔法で勢いを殺して、何とか何事もなく着地させることができた。


 改めて影の正体を見ると、やはり魔族だった。羽毛によりふわっとした黒い翼の存在感が凄いが、対して身体はまるで八歳程の子供。

 

 また、魔族にしては珍しい黒髪でシルヴィ同様肩まで伸びており、その上に乗っかる朱色のベレー帽は先程の落下でも形を崩しておらず、ピッタリとくっついたままだ。


「う……ん……ここは……?」


 しばらくすると空から落ちてきた魔族が何事もなかったかのように目を覚ます。


「大丈夫……? 空から落ちてきたけど」


「空から……?」


 こてんと小首をかしげる少女。空から落ちてきたことに自覚していないようで、上を指さして再び空から落ちてきたと言う。けれどパッとしない表情のままだ。普通なにかしらの理由で空から落ちてきたのならば意識を失っていたとしても直前の記憶があるはず。しかしまるで覚えていないような雰囲気を出しており、ならばとシルヴィは別のことを聞いてみることにした。


「空を飛んでたことは覚えてる?」


 その質問に首を横に振る魔族。


「なら……どこから来たかとかは?」


「どこから……ど、どこから来たんでしょうか……」

 

「記憶喪失……かな。うーん困ったな……自分の名前とかわかる範囲で教えてくれるかな」


「え、えっと……名前はその、ルーシャです。魔族です多分……」

 

 案の定と言っていいほど何も覚えていない様子だった。ただルーシャと言う名前と自分が魔族であることは知っているのは唯一の救いだろう。


 とはいえこの調子ならばルーシャは魔界に帰ることはまずできない。だからとて置いていくわけにもいかない。まだ少女が人間ならばアドリシアの孤児院などに預けることができるが、少女は魔族。またシルヴィたちがいるのは瘴気があり魔物も出現する危ない場所だ。記憶がないなら戦闘もできないと考えれば余計置いていくことなどできるはずがない。


「このまま置いていけないし……仕方ない。なんで記憶がなくなったのかはわからないけど、暫く私と一緒にいようか。その方が安全でしょ?」


「わ、わかり、ました」

 

 記憶がないとはいえ、この場所が危険で彼女についていく方が安全とわかっているのか、疑うことなくシルヴィの提案に乗り少女は彼女の後ろを歩き始めた。


 

 彼女たちは森の奥深くへと進んでいく。奥に進むほど瘴気により淀んだ空気が二人を包み始める。それも以前フレアの中に潜むエイスと争った時よりも濃い。念のためにと瘴気から身を護る魔法を使用しているがそれがなければ、今頃倒れているか体調が悪くなっているか程だ。


 魔族にとっては瘴気の濃さなど殆ど関係はないが、濃すぎると自我を失い凶暴化する危険性もある。そのためルーシャにも瘴気から身を護る魔法をかけ、更に奥へと足を進める。


 程なくしてたどり着いたのは瘴気を断ち切る剣が置いてあった小屋だ。だが以前よりも朽ちており崩れ落ちていた。


「うわぁ……派手に壊れてるなあ……これはもう住めなさそう……」


「あ、あの……ここは……?」


「秘密基地……みたいなところかな」


 目の前に広がる朽ち果てた家の状態に、ルーシャのことをすっかり忘れてしまう程言葉を失っていた。


 だからこそか、ルーシャの問にとっさに思いついた無茶な嘘を焦りながら吐いた。

 

「秘密基地……? えっと、それで、ここでなにを……?」


「ここで瘴気を研究してたの。まぁ魔王に殺されて気づいたら転生してて今に至るんだけど……ここに置いてあった瘴気を断つ剣が壊れたし、結界張らないと瘴気が溢れる危険があるから来たの」


 小屋の跡を魔法でせっせと掃除し魔法陣を書き始めがらそういうシルヴィ。魔王は流石に知ってる体で話をしていたが、ちらっとルーシャの方を見てみるがシルヴィの話がよくわかっていないのか首を傾げていただけだった。


「その様子だと魔王もわからない?」


「は、はい……」


「そっかぁ……まぁ私についてくるならそのうちわかるだろうし今はわからなくていいよ。話すと長いからね」


 改めて魔族なのに何も知らないことが身に染みて苦笑を浮かべる。

 かと言って無理やり思い出させるのは脳に負担がかかる気がして、今は魔法陣を描く作業に専念することにしていた。

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