第18話/氷の魔人

 ズズズと闇の中からフレア魔人の身の丈に合わない大剣を取り出す。暗闇でもよくわかる闇には溶け込まない雪のような白銀の剣。それを携えて斬りかかってくる。

 

 幸い身体の使い方にまだ慣れていないのか、またまた大剣が重いのか足取りは遅く、ルミナを背負って何とか避けれている。しかし時間が経てば例え遅くても体力的に追いつかれるうえ、もしも慣れられると避けることは困難になってくるだろう。


 それでも逃げることに徹するしかシルヴィにはできない。何せ魔人の容姿は友人であるフレアの体そのまま。無意識にも傷つけたくはないと思っているのだ。

 

 いや、それ以外にも少女は魔人、魔族と絆を結びたいという目標がある。だからこそフレアの意識が魔人に乗っ取られてしまったとわかっていてもむやみに攻撃ができないのだ。


「流石に先生を庇ったままだと分が悪すぎる……」


 相手の動きは遅いとはいえ、やはり少しづつ追いつかれ始めている。何とかルミナを安全な場所へと避難させたいところだがそんな余裕もなさそうだ。

 

 加えて明かりの魔法を使ってないのだから、彼女たちがいる場所は真夜中の森のようなもので足場が悪い。

 つまりどれだけ気をつけていても急いで走れば。


「きゃっ!?」


 木の根に足をひっかけ盛大にコケる。

 

 それが相手との距離を縮めてしまうミスであることは言うまでもないだろう。


「鬼ごっこハ終わりカ? ならこれデ終わりダ!」


 足を捻り思うように動けないシルヴィに追いついた魔人。その言葉を吐き捨てると予備動作すらなく大剣をシルヴィ目掛けて振り落とす。

 

 しかしすんでのところで動きが止まり、大きく震えながらゆっくりと腕が上がっていく。

 

 まるで何かを拒むような動き。まさかとシルヴィは大きく目を見開いて魔人を見つめる。


「……シルヴィ……! 早く逃げ……!」

 

「フレア!? なんで……魔人になったら意識は無くなるはずじゃ」

 

「なに……言ってるのかよく分からない……けど! このまま……だと……!」


 本来人から魔人になってしまえば人の意識はなくなり魔人に支配される。けれどフレアは抵抗して魔人を抑え込んでいるようだった。

 

 せっかくフレアが隙を作ってくれた。ならばそれを活用しない訳には行かず、違和感のある足を引きずりながら何とかルミナを安全そうな場所へと避難させることが出来た。


「さて……流石に魔人を野放しにはできないから、どうにかしたいけど……」


 足に回復魔法をかけて怪我をする直前の状態へと元に戻したあと、先生から離れつつフレアのことを考えていた。

 

 何故か意識はあるとはいえ魔人は魔人。人にとって脅威になりかねないためどうにか無力化したいのだ。けれど友人を傷をつけるのはなるべく避けたいところ。

 

 しかし今後のことを考えればそうも言っていられないのだ。


「見ィつけタ」

 

「……あなたは誰?」

 

「ん? あァ……まさカ魔人に興味あル人間がいるなんナ」


 策を考えているととうとう、フレアから再び身体の支配権を奪った魔人がシルヴィに追いついた。

 

 まだそれをどうするか練れていないシルヴィは時間稼ぎの為に魔人に問いを投げる。


「どうせ覚えていられなイだろうガ、冥土の土産に教えてやル。オレはエイス・ブルーム、氷の魔人ダ」


 見下すような目で睨む魔人は赤い髪を右手で払い、鼻で笑いながら自身の名を言う。手で払ったところが凍って鮮やかな赤い髪が次第に白く変色、加えて魔族語のエイスは氷を意味し、それが氷の魔人であることに強い説得力があった。また同時にかなり厄介な相手であることも悟った。というのもフレアが氷魔法を巧みに使っていたのが、魔人の力あってこその可能性が高いからである。

 

 もし仮にフレアの氷魔法が魔人の力ならば、魔人になってしまったフレア兼エイスの氷魔法はフレア以上に強い。おそらくハベルと同レベルかもしくはそれ以上の強さなのだ。だからこそ簡単に抑え込むことはできない。

 

 だが憑依型の魔人の活動動力は宿主の魔力と瘴気。もしかすると瘴気を断ち切る剣ならばと策を練ったところでエイスが先手を打ってきた。


「凍レ、【エイス・スプリッタ・クリンゲ】」


 先ほどの足の遅さがどこへと行ったのか、一瞬にして懐に入いられ大剣を薙いでくる。

 

 とっさに反応でき何とか持っていた剣で受け止める。ギィンっと金属が強くぶつかり耳を劈くほどの音の衝撃が響く。さらにシルヴィは片手剣で、エイスは大剣。重さが断然に違い一撃一撃がとても重く、受け止めた衝撃が全身に駆け抜け一瞬力が抜けるとその隙を突かれ力任せに押し倒される。

 

 しかしそれで終わりではなく、押し倒して逃げ場がない中でエイスは魔法を唱える。刹那、シルヴィが持っていた剣が凍り砕け散る。

 

 砕けた氷が刃の如くゼロ距離でシルヴィの身体を切り刻み、エイスの大剣は少女の左肩を深く切った。


「あ゛ぁぁぁぁっ!!」

 

「勝負あったナ、あっけなイ」


 身体のいたるところに刃となった氷が突き刺さり、かつ肩を深く切られた激痛に支配され悲鳴を上げる少女。

 

 けれどここで死ぬ訳にはいかず、痛みで目尻に涙を浮かべる。そのまま強くエイスを睨みつけると無詠唱で風の魔法を行使。するとその反応に気づいたエイスがとっさにシルヴィから離れた。


「その傷デここまでの力が出るなんてナ。さっさと諦めテしまえばそんな苦痛味わなくテ済んだのニ、やっぱリ人間は愚カ」

 

「諦め、れるわけないよ……私は……貴女の友達……だから」

 

「ヘエ、でもお生憎様、エイスオレは友達じゃなイ。人間共の敵ダ」

 

「なら……今からエイスも、友達になろう……!」

 

「頭沸いてるのカ。人間風情が魔人と友達になル? 随分と舐められタものだナ!」


 シルヴィの話に怒りを覚えたエイスは再び大剣を片手で振り回し、少女へと攻撃を仕掛けた。 

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