第16話/瘴気の森

 一か月後。

 

 実力を認められたシルヴィと、シルヴィが転校してくるまで学年トップだったフレアは、ルミナに連れられて瘴気の森へと訪れていた。外はまだ昼間だというのに瘴気のせいで常闇が道を奪う。けれど足元を照らす魔法で迷子になることなく歩み進めることができているようだ。


「先生、なんで急にこんなところに?」

 

「勇者の歴史は知ってますか?」

 

「ま、まあ一応」


 そもそもシルヴィは勇者の一人。勇者の歴史など勉強しなくても大体はわかっているのだ。だが当事者であることを隠しているため変に知っていることを言うことはできない。それでも知っていることには変わりはなくうろたえつつも返事を返す。


「それなら一から説明しなくていいですね。勇者一行が魔王との闘いでここの瘴気の進行が止まったんです。でも留まってしまったからこそ、定期的に瘴気払い……魔物退治をしないと町に被害が出てしまうんです」

 

「え……?」

 

「まあ慣れないでしょうけど、定期的にやらないとなので慣れてください。ちなみに魔物は結構強力です。前にフレアさんが魔力切れを起こしたほどですから」


 先生の説明に驚いていたシルヴィだが、決して瘴気払いという名称の魔物討伐のことではない。驚いたのは瘴気のことだ。

 

 シルヴィを含む勇者一行は確かに魔王に敗北したが、瘴気の進行はその時点でもなお進んでいるはずなのだ。なにせ瘴気は魔界の侵略によるもので、魔王が存在する限り広がり続けるのだ。しかしアデルキアの力なくしてはその進行は止まらない。なのに侵略が止まり、それも以前よりも瘴気域が《・》のが不思議で仕方なかったのだ。


 肝心の魔王はハベルの情報によると今もなお健在。となれば本来瘴気の浸食は止まらないはずなのだが、アデルキアが止めているのだろう。だがもしそうだとして、理由がわからない。特にアデルキアは人間は滅ぶべきだと思っているほど人という種族を嫌っている。だから尚更勇者一行の敗北により瘴気が止まったのは理屈が合わないのだ。


「さて、ここです」


 一行は歩みを止め、足元を照らしていた魔法の光が前方を淡く照らす。そこには今にも崩れそうなほどボロボロになった木の小屋がぽつんと建っていた。

 

 だがシルヴィはここがどこなのか心当たりがあり、なおかつ瘴気が止まっている原因が魔王によるものでないことを思い出した。というのもその小屋はシルヴィが拠点、研究所として利用していた場所で、魔力探知には常に持ち歩いていた瘴気を断ち切る剣の反応があったのだ。瘴気を断ち切るというだけありそれに刻んだ特殊な魔法ならば周囲の瘴気の進行を止めることは理論上できる。つまりここいらの瘴気が留まり強化された魔物の元凶は剣にあるのだ。

 

 しかし剣自体魔王戦の際でも使っていた代物。だからか少女たちがいる場所の瘴気が濃く、瘴気が広まらない原因を理解した代わりに一体だれがこの場所にその剣を機能を発動した状態で放置したのかという疑問が増えた。

 

 とはいえ今真実を言ってしまえば、最悪の場合剣は回収されてしまう。そのため真実は伝えずに剣は一人で回収しようとひそかに決めたのだった。


「瘴気はこの小屋を中心に溜まっていまして。瘴気により強化された魔物を討伐して瘴気払いします」

 

「その、そもそも瘴気払いって」

 

「一部の魔物は瘴気によって生まれ、瘴気を蓄えることで強くなるんです。なので倒せる範囲で倒しておけば瘴気を減らせますし、こちらに害が及ぶことはないんです。さて来ますよ!」


 瘴気払いのことを聞いたところで隠れていた魔物が草むらから飛び出してきた。

 

 その見た目は黒くて見ずらいものの究極にまで丸く滑らかでぷるぷるとしており柔らかそうな見た目をしている。いわゆるスライムである。加えて両手サイズのため可愛らしいがそれに反して接した地面からは煙が出ており溶けている様子。もしも可愛さにつられてそれに触れてしまえばひとたまりもないだろう。

 

 また触れたものを溶かすのならば、接近戦型のシルヴィにとっては苦戦を強いられる相手になる。とはいえ単に距離を保って魔法で戦えばいいのだが、割と狭い場所での戦闘だ。接近戦に長けてる彼女だからこそフレンドリーファイアを考慮してしまう。

 

 ならばと少女は戦うことを選ばずフレアの後ろに立つ。


「え、シルヴィさんも戦うんですよ!?」

 

「そ、そうよシルヴィ! 何のためにここに来たと!」

 

 どうやら彼女の考えは二人には伝わっていないようで、思わず息を吐きつつその答えを示すように手を上へと突き上げると魔力を込めて魔法名をこう言い放った。

 

「瘴気耐性付与、酸耐性付与」

 

「ふ、付与魔法!? そんなものまで使えるのシルヴィ!?」

 

「魔法使いなら普通使えると思うんだけど……」

 

「付与魔法も使えるなんてやはりただ物じゃあないですね……」


 シルヴィが最前線で戦闘していた時は、他の魔法使いも付与魔法を使っており実際学校でも習っていたのだから珍しいものではないはずだ。なのにまるで古の物でも見たような驚きを見せる二人。また面倒が増えたと内心思いつつも今はただ魔物の無力化に専念するのだった。

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