第6話/複数の属性

「さてと、他に氷魔法使います? 詠唱必要なら待ちますよ? それとも、もう終わりなんですか?」


 圧倒的な力を前にゴーレムは形を保つことができずバラバラと音を立てて崩れる。

 

 本来ゴーレムの活動の中枢である核が壊れなければ動かなくなることは無い。しかしそれは一般的な話であり、その形を構成している魔力を乱してしまえば簡単に破壊可能なのだ。

 

 だがこの状況では、それを知っているものはシルヴィの他にはいない。故に自慢の【アイシクル・ゴーレム】をいともあっさり破壊されたことに焦りが生まれフレアは自分の髪を掻き乱していた。


 彼女がしっかりと警戒を怠らず相手を見極めていれば、シルヴィにとってフレアは厄介な相手になっていただろう。


 事実ゴーレムの攻撃を受け、押し返す自信はシルヴィにはなかった。なにせ生身で戦うことが久しく、今の体がどれほど衝撃に耐えられるか不安の山だったのだから。


 加えて万が一受け止めて押し返せられなかったら大怪我じゃすまないということは流石のシルヴィも予測できていた。それでも逃げなかったのは、逃げ道がなく不安により足がすくんでしまっていたからだ。


 そのためゴーレムの攻撃の直撃はシルヴィにとって痛い誤算だったのだが、ゴーレムが不完全な状態がためにシルヴィは無傷で、なおかつゴーレムを破壊してしまったのだ。


 最初の氷の檻【アイシクル・ケージ】からも、簡単に脱出解けていたのだから、シルヴィに一矢報いることが出来ない一番の要因はフレアの魔法精度不足である。



 


『ぉぉっとフレア一体どうした! ゴーレムを倒され俯いてからビクとも動いてないぞ! これは降参か!?』


 フレアの中で焦りと苛立ちが渦巻いていることなど知らない実況者はデリカシーのない言葉をつい放ってしまう。


 そしてその言葉は直ぐに観客に火がつき、フレアの逆転劇を望むもの達の声援で溢れかえり始めた。


「ここまできても貴女を応援するなんて、流石首席ですね〜」 




 フレアを見つめるシルヴィが急に笑みを浮かべ始める。何を考え余裕を見せているかはわからない。けれど今のフレアにとって、その笑みは今まで他人を嘲笑ってきた自分そのものにも見えていた。

 

 ついには何かが吹っ切れて今までにない以上に殺気を羽織り、溢れんばかりの苛立ちをタップリと詠唱に乗せる。


「まだ……まだよ! 漆黒の空を白夜に染めし時、彼の地を凍てつかんとするその声は、絶対なる極寒を連れてくる……来い――【凍龍コールドノア】!」


 自身が持つ現段階で最大の氷炎ひょうえん魔法。【コールドノア】。ゴーレムと似た魔法だが、何よりも複数の属性を組み合わせ、なおかつ詠唱し精度が増したことで、形が綺麗に整い大空を覆い隠すような大きな翼と、殺意に満ちた鋭い牙が生え揃った凶悪な顔を持つ龍を作る。


『まさかまさか! ここで私たちも知らない魔法が出てきたぁ! 【アイシクル・ゴーレム】とよく似ているけど作り出されたのはドラゴン! ……てこれ、私たち逃げた方が良くない? 絶対危ないよねあれ!?』


 その魔法を使うためにと、長らく封印していたの魔力を解き放ったフレア。その結果彼女の綺麗で鮮やかな赤色の髪の先端が、一転して霜が降ったように白銀に染まっていた。


 氷と炎の二つの属性を持つフレア。彼女の魔力量が同世代よりも多いのはその二つを主に使うことができるからだ。

 

 またどちらかを封じている間、それに伴って身体にも変化が起きていたのを中途半端に色が変わった髪が物語っている。


 しかし身体はまだ二つの属性を扱うことに順応していない。特に今の状態は体力も削られるため長く続かない。かといってそれを繰り返しても身体に負担がかかるため、である炎の魔力が身体への影響が少なく、封じていたのだ。


 そして今それを解き放って両方使うに至ったのは、シルヴィの実力を知ったからで、かつ使わなければ勝てないと判断したから。


 視界の前を遮る灼熱のような赤い髪をぐいっと上にかきあげピンで止めて、余裕の表情を浮かべるシルヴィを力強く睨む。


「……この私に、ここまで本気にさせたこと、光栄に思いなさい。そして、怒らせたことを後悔しなさい、シルヴィ」


「フレアさ――」


「「先生は口を出さないで」ください!」


 召喚した氷の龍は上位魔法であると知っている先生はもう流石に止めなければと叫ぶものの、二人は気にはしない。けれど漸く身体があったまったとも思える程、本気になってきたのだから先生を言葉の縄に縛り付ける。


 本来、先生という立場なのだから、生徒の言葉に怯まず止めるべきではある。けれど少女たちの気迫は、人ひとりの行動を押さえつけるほどに力があった。


 否。ルミナは優しくとも、そんな簡単に口を閉ざす人ではない。現に今まで耳にタコができる程、先生から怒りの言葉や、励ましの言葉を受けている。生徒思いなのは間違いなくて、だからこそフレアも暴走できる。


 ならばこそ先生が口を閉ざしたのは、紛れもなくシルヴィが何かしたとしか考えられないが、かといってそれが何かまではわかることはない。それでも戦闘中に感じたシルヴィの実力をもってすれば、人の言動を制御することなど容易いのだろうと確信していた。


 ふぅっとこちらを向いて一息を吐いたシルヴィが言う。


「さてと、そこまで見せてもらっては、私も少し本気を出すしかありませんね」


「本気を出す? 今まで本気じゃないとでも? 平民の分際で?」


「だってそもそもこれはですし、本気を出したら本当にやりあう時に対策されちゃうかもでしたし。でもそっちがその気なら、本気出さなきゃ失礼でしょう? もっともフレアさんの本気の魔法は、さっきよりは頑丈そうですが、まだ穴がありますけど……というかこれで本気なんですか」


「――ッ!黙れ、だまれだまれだまれだまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 意地悪な瞳がフレアの身体を突き刺し、心臓を痛いほど鳴らされ、脳を揺さぶり、苛立ちを沸かせる。


 ――圧倒的な実力差、これはフレアが勝つ。シルヴィは絶対負けるか死ぬ。なんて誰が言ったのか。目の前にいるのは化け物だ。この自信のある龍の魔法を前にしても怯まないなんて化け物だ。


 シルヴィの煽り文句に乗っかるべきではないとはわかっているフレア。けれど目の前の恐ろしい敵を前に、緊張とプレッシャーで煽られることしか選択肢になく、怒りの唸りを上げる。


 刹那、凍龍が主の声に応えよと空高く響く咆哮をあげ、翼を大きく羽ばたかせ風を煽ると、シルヴィの頭上に下降して鋭い爪を振り下ろす。恐ろしく早い煌めきの一閃を前に、シルヴィは逃げる気配はなく、凍龍の氷の腕が彼女の顔に被り、殆ど見えはしなかったが彼女の顔は確かに笑っていた。

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